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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第98回 世界平和と狂気なアイの告白

 侵入者をさがせ。


 ぼくやほのかたちがマオウ熱に感染していないのなら、エリカはどこから感染したのか。ぼくのこころのうちに炭酸のようにうかんだ疑問は水面にあらわれて、エリカの指令ではじけていった。


 侵入者をさがせ。


 だけど、いまは、その時間はない。ぼくは優先すべき事案を遠回しにしてしまった。火急に、迅速に、遅滞なく、速やかに、モンスター討伐に向かわなくちゃいけない。


 階段を下りる。


 そのとき、ゆっくりだけど、とんとんとん、とリズミカルに階段を上がる音がする。とんとんとん、そして、ふーっ、と息継ぎ、また、とんとんとん。だれかが階段を上がってくる。


 4階の踊り場についたときだった。


 くるりと体をひだりにひねると、足音の主が現れた。


 きゃあっ! と悲鳴をあげたのは、目の前にぼくがあらわれたことと、その勢いでからだがのけぞって階段を後ろに踏み外したせいだ。ぼくはとっさに右手で手すりをつかむと、左手でその女のひとのからだを抱きかかえた。


 荷物が、がたがたっと音をたてて階下へ転がっていく。


 あぶなかった。怪我をさせなくてよかった。からだを起こし、だいじょうぶですか? とたずねようとして、おどろいた。


 帽子まぶかにかぶり、薄いブラウンのサングラスをかけた怪しい身なりのその女性は、衝撃で目元が現れ、ぼくのよく見知ったひとがその場に現れた。どうして、ここに?


「まゆちゃん?」


 ぼくがそう呼ぶと、まゆちゃんもはっとしたように目をひらく。やがて驚きの表情がゆるやかにおだやかに……ううん、ひどく艶然にうつり変わる。まるで、散ってしまうようにこうべをたれながらも、あでやかな色をはなつように。


 まゆちゃんの肌は真っ白だ。エリカのような抜けるような白さではなく、陶器のようなあたたかみのある白さだ。その顔がくさりかけた花弁のように、赤くすうっと色づく。


 とたん、まゆちゃんは宙をさまよっていた腕をぼくの首元にまきつけると、ぼくの側頭部に鼻を押しあて、おおきく息を吸いこんだ。


「ああ、佐倉くん、無事だったんだね」


 ぼくのからだを、ふたたびまゆちゃんのあたたかい体温が包み込む。


 夏だ。外気温はうだるような暑さで、ただただ立っているだけでも汗がにじむ。対策本部を抜け出し、階段を一段飛ばしに駆け上り、駈け下り、ぼくは汗だくだ。ただひたすら、暑い。それでも、まゆちゃんのからだから伝わる温度はまるで冬場に感じるようなつつみこまれるような幸せなあたたかさがあった。


 だけど、それなのに。


 ぼくはぞっとした。


 ……なぜ?


 そんなのわからない。わかんないよ。ぜんぜん、わかんない。


 だからぼくはどぎまぎしながら、まゆちゃんの肩をつかむと、ぐいっとそのからだを押しのけた。自分でも信じられないけれど、まゆちゃんはもっと信じられないようにぼくの手と顔に視線を交互にはわせた。


「ま、まゆちゃん、どうしてここに?」


「先生が生徒のことを心配するのはとうぜんでしょう? 佐倉くんと連絡が取れなかったんだもの。なかにだれもいないし、なにかあったとおもうわ」


 モバイル端末は対策本部に置きっぱなしだ。隔離されてから先、外との連絡手段はなかった。海に行く前の日にまゆちゃんから連絡があって以降、連絡はとぎれていた。連絡がつかなくなった生徒がいれば心配になるのはとうぜんなんだろう。藤村のこともあるし、J国に疎開したみんなのこともある。小心もので心配性で、生徒想いなまゆちゃん先生なら、とうぜんの反応だろう。


 とうぜんの反応。


 その、はずだ。


 ぼくがまゆちゃんに声をかけようとしたそのときだった。クラクションがするどくなりひびいた。


「なにやっとんや、ユウタ! まずいことになってんで!」


 踊り場から身をのりだす。くるまの助手席の窓から、あけみさんが半身を出してさけんでいた。


「モンスターがふた手に進軍をはじめた。片っぽは北西にむかっている! せやけど、もう片方が……」


「もう片方が?」


「こっちのほうへ、このままなら、関三市へむかっている!」


 思わずこえがでた。


 関三市は、ここから3駅先の街、比較的被害がすくなくて医療機関がそろっている街、そして、ほのかのお兄さん、蛍さんが入院している病院のある街だ。


「あけみさん、その情報はどこから!」


「テレビや! 会社の記者から電話がはいった。報道がモンスター進行図を出したらしい」


 くそっ、きょうなんどめかの悪態をついた。情報がおそい。ナナミさんや対策本部と連携をしていれば、モンスターの進行情報はどんなときでもぼくの耳にとびこんでくる。でも、いまはスタンドアローンだ。すべてがおおやけになって、はじめて知る。そして、おおやけの情報はだれでも知れるんだよ、知って欲しくないひとにも。


「まゆちゃん、携帯ある!?」


 まゆちゃんはがくがくとうなずくと、階下にころがっていったバッグから携帯電話をとりだした。


「ほのかに連絡を取って、いまどこにいるかをきいて!」


 まゆちゃんはモバイル端末をタップして、ほのかの連絡先を呼びだす。ややあって、血の気のうせた顔でぼくを見上げる。


「つながんないわ。呼びだしているけど、つながらない!」


 ぼくはいのった。


 たのむから、ほのかがテレビを見てないことを! お兄ちゃん大好きなほのかだ、関三市へモンスターがむかったって聞いたら、なにを放り出しても向かうのは火をみるよりあきらかだ


 あたまのなかの図面を引っぱりおこす。モンスターのいち群は東北支部がこっちへむかう筋にぶつかる。東北支部隊はそこで足止めを食らうだろう。巨竜型とたたかって、戦力をふたつに分散させる余裕なんてない。


「あけみさん、関三市にむかう! 情報のキャッチアップを! すぐに出る! まゆちゃんは、ほのかに……」


 そういいかけながら、階段をおりようとした、そのときだ。ぼくのからだをふたたびまゆちゃんが抱きとめた。意外に強く、だけれど、ひどく不器用に。まるで抱きしめ方を戸惑うように、それでも、それはまるで……まるで?


「だめ、佐倉くん。きみは、行っちゃダメ」


「まゆちゃん?」


「きみはわたしと一緒にいて。2度と離れないでください。お願い、お願いよ、お願いします」


 そう。


 それはまるで、とある感情が激情となって、激情がからだの全てを支配して、とりこんで、突き動かすようなそんな抱擁だった。


 はげしくて強烈でくるおしくてブレーキをバカにさせちゃう感情は、まゆちゃん先生のくちから、声となってあらわれた。


「きみのことが好き。愛しているわ。佐倉ユウタくん。きみに、2度と危険なところにはいってほしくない、いのちをかけるようなことはしてほしく、ない」


 やっぱり気持ちは昔と変わんない。


 夏休みの前のあの日、あえてその言葉をくちにしなかった。だからぼくはごまかして、あいまいにして、あんなことがあった後でもまゆちゃんは普段通りにふるまっていたなんて、じぶんのせいじゃないようにうそぶいていた。


 ちからませに、振り切ることなんてかんたんだ。


 モンスターをいいわけに、振り切ることなんてかんたんだ。


 傷つかないことなんて、かんたんだ。


 でも、傷つけることはむずかしい。


 傷つくこともむずかしい。


 どうすればいいのさ?


 ぼくにはそんなこと、わからない。わかんないんだよ。だれか、おしえてください。


「まゆちゃん、あなたは、ぼくを離さなくちゃいけない……そうでしょう?」


 からだせんぶの毛が逆立つような、そんないやな感情が電流のように足元からあたまへとかけあがる。まゆちゃんは、びくっとからだをふるわせると、ちからがぬけおちたように、ぼくのくびもとに巻いた腕を解いた。


 信じられないように、ぼくの顔を見つめながら、まゆちゃんはぼたり、ぼたりと涙をこぼした。


「……まゆちゃん、あなたは無事でいて。ここから、離れなくちゃいけないんだ」


 また、びりびりっと先生はからだをふるわせた。


 まゆちゃんのくちがきつくむすび、ことばのかわりに大つぶの涙がほおをとめどなくつたう。


 ぼくはにげた。にげたとしか表現できない。まゆちゃんのくちがもういちどひらいてしまうまえに。そのことばがぼくをとらえてしまうまえに。


 階段を駆け下りる。くるまに飛びのる。あけみさんがなにかをいっていた。おそいとか、そんなことばなんだろう。でもそのときのぼくにはなんにも聞こえなかった。あけみさんはしばらくぼくの顔に視線をむけたあと、運転席をみて、なにかをつぶやいた。


 くるまがゆれる。


 景色がながれる。


 ぼくは振り返らなかった。無理やり前を、ぼくがやらなくちゃいけないことへと思考をむける。


 でもわかっていた。


 もうひとりのぼくがゆびをさしてののしる。


 サイテーだって。


 ぼくは、サイテーだった。


 心臓が、いたい。

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