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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第93回 世界平和と新しい戦争の予感

 防護服をきる機会はそれなりにあった。有毒モンスターとのたたかいもすくなくかなったしね。でも、ウイルス対策できるのははじめてだ。まるでユーレイとたたかっているような気分だ。


 おちつかなかった。


 エリカがどこにいったのか。


 そして、対策本部がエリカの捜査をどこまですすめているのか。


 ぼくが軟禁されていた部屋はカギをあけられ、いつでもであるけるようになっていた。ちいさな空間でじっとしていても気がおちつかない。ぼくは防護服にみをつつみ、対策本部のなかをあるいた。


 対策本部のなかをウロウロしていいといわれても、なにも見るものもない。中にいる人はかぎられていたし、みんな個室になかば監禁されているようなものだった。窓という窓にはすべてカーテンがかけられていて、「ぜったいにあけるな」と釘をさされている。蛍光灯のあかりだけでは、なかは薄ぼんやりとして、重苦しい空気をよりいっそう重苦しくさせていた。


 唯一、気をはらすことができるとすると、それは最上階に置かれた司令室だ。テレビモニターやパソコンがおかれ、そとの状況を知ることができる。ただし、そとに連絡するには前田本部長の許可が必要だけどね。


 テレビは対策本部でおきているマオウ熱について取りあげている。ただ、情報管理が徹底しているのか、その回数は前のアイノースの事件ほどじゃなかった。なかでも特に取りあげられているのがJ国(って国?)と日本の首相との会談が調整されているという報道だ。


 J国って名前、たしかまゆちゃんがいっていたな。日本人が疎開をしていて、そして全員がいのちを落としたか、行方不明になったっていうあの国だ。テレビはマオウ熱のパンデミックよりも、そのJ国の王さま(……首相?)の高俊熙のことを熱心に報道していた。すがすがしいワルモノは見ていておもしろいし、見たいとおもわせる。それが最悪の厄災、魔王じゃなくて、ただのニンゲンならニンゲンの尺度で断罪できるしね。


 高俊熙というおとこは、ぱっと見たぐらいじゃぜんぜん冴えない。ちいさな目、ぐいっと上むき鼻。くちびるはひどく厚くて、写真ではあごを無理くり引いているのか、したの肉が三重にもかさなっている。髪の毛はオカッパのようだ。不恰好なクマのようにもみえるし、視点をかえれば、カッパみたい。


 でも、ふしぎと、いちどみたら、あたまからはなれない。


 これがカリスマってヤツなのかな。


ーー結局です、この高俊熙はどさくさにまぎれて無法者をあつめて、勝手に国だっていってるだけでしょう? なんでこんなヤツと日本政府は外交をしようとしているの?


 モニターのなかのコメンテーターが、高俊熙の写真とアナウンサーに視線を投げながら、腑におちないようにくちびるをとがらせる。


 それを聞いていた白髪のおじさんが眼鏡をくいくいっと押しあげながら、


ーーいや、外交ではありません。外交じゃない。外交は国と国がおこなうもので、そんなことをしたら、日本がこのJ国を国とみとめたことになる。そうなるとJ国を排除しようとしている中国と、それこそ外交問題になるわけで……


ーー言葉の定義はいいんですよ。かれらはテロリスト集団で、日本が会談をもうけるのはテロ行為に屈して、かれらのいいぶんをきこうってことなんでしょう?


 ですから……と暴走するコメンテーターをいなすように、白髪のおじさんはながながと説明をはじめた。テロップには国際政治学の教授だとかかれていたけれど、テレビになれていないみたいで、とにかくしどろもどろだ。コメンテーターのボルテージをどんどんあげるのにひと役もふた役もかっている。


「佐倉くん」


 ふりかえると、防護服姿の前田本部長がたっていた。歩きにくそうにしてぼくにちかづくと手にもったいくつかの紙をみせた。それはぼくがナナミさんにわたした脅迫状だった。


「これはきみあてにとどいたものだね?」


「はい。ナナミさんに預けていました」


「なかはみたかい?」


「ええ。でも、日本語じゃなかったんで、ぜんぜんよめませんでしたけど」


「真木村になにがかいてあるかを聞いたか?」


「かんたんにはですけど」


 ほんとうかい、と前田本部長はくいさがった。そうして、なかから1枚のメモを取りだした。それは中国語のものだった。


「これについては?」


「わかりません」


 こたえると、前田本部長は「ううむ」とひくくうなって、沈うつそうにテレビのほうに視線をむけた。


「可能性のはなしだが、この脅迫状と、そしてこのまえのおとこ。もしかしたらこのマオウ熱の感染と真木村の消息不明はJ国が関係しているかもしれない」


「なんです、J国って。テレビで説明されていましたけれど、さっぱりわかりませんし、そんな国のなまえ、知りませんでした」


「そうだろう、国といっても、自称しているだけだ。中国西部……新疆ウイグル自治区やチベット自治区あたりに、この高俊熙というおとこが占拠してつくった国だからね。中国にとっては、テロリスト集団だ」


「そういえば、中国の西部に、魔王軍のモンスターをしりぞけた軍隊があるって聞いたがあります。しかも、たしかロシア戦線のときにもその軍隊の援護があったと聞いています」


 前田本部長はうなづいた。


「その軍隊がJ国の母体だ。ロシア戦線南西の作戦はかれらの援護がなければ失敗に終わっていただろう。中国、ロシア……もちろん対魔王戦争の視点においても、英雄だといえるだろう」


 ただし、と前田本部長はつづけた。


 後世に英名をのこすには、かれらの背景はあまりにくろい。


「高俊熙はすぐれた指揮官だ。しかし、戦争の末期にはそれがあやうさをはらんできていた。むろん、中国は国土の問題だ。かれらを野放しにはできない。それに終結したいま、国際的な視線をむけたとき、かれら、そして高俊熙の指揮は独裁者のそれだった」


 ロシア戦線は、魔王軍とのたたかいのキモだった。おおくの国、おおくのひとが参戦し、おおくのいのちを賭して、からくも勝利をつかんだ。ぼくとかえでだってけっこうなダメージをうけた。そんななかで、戦線南部に戦力を割かずにすんだのだから、作戦にとってとても重要だったのはまちがいない。


 だからってその軍の悪行に目をつぶられるわけじゃない。それはアイノースの件でも証明されている。


「でも、そのJ国と今回の件がむすびついているってどうしておもうんですか?」


「それは、佐倉くんとかえでくんのふたりが関係している」


「ぼくらが? なぜ?」


「先日、ある新聞に中国政府高官とかえでくんが対談をしたという記事があった。国際的にはグレーだ、政治利用だともいえるから。そのなかで、中国とかえでくんが協力し合うと読みとれる箇所があった……J国は、それは看過できないものだったのだろう。なにせ、J国は中国との戦争間近な状態だ。世界最強のかえでくんが中国に与するならば、彼らにとって最悪の事態だ。彼女がかかわるなら、佐倉くん、きみもサポートするんじゃないかと勘ぐるのはとうぜんだろう。脅迫状に双頭の龍という文言がある。中国語圏内で、きみらふたりを指すことばだ。脅迫状にはこうある、双頭の龍を中国に近づけるな。中国がきみらに近づいてこまる、中国語圏でいえば、J国が最筆頭だ」


 頭痛がする。


 かえで、あれだけ気をつけろっていっておいたのにな。


 だけど……。


「マオウ熱のパンデミックと、ナナミさんの誘拐にいったい何の意味があるのでしょうか」


「わからない」


 前田本部長はかぶりを振った。「そこのつながりが不透明だ。だから、まだ可能性のはなしだ。復興省経由で外務省にさぐりをいれてもらっている。しかし、すぐに答えがでるかはわからん」


 テレビ報道は高俊熙の顔をふたたびアップにした。そのしたにはテロップで、こう記されていた。


 高俊熙の真意は!? 消えた日本人疎開者と、消えたキーマン。


「前田さん」


「どうした」


「エリカの件はどうなっていますか」


「鋭意捜索中だ」


 前田本部長は間髪をいれずにこたえた……不自然なくらいに。


「ぼくのマオウ熱の検査結果はどうなんですか」


「まだ時間がかかっている」


「アイノースの片桐メイに連絡をとらせてくれませんか?」


「なぜだい?」


「エリカの捜索を依頼したいんです。彼女たちなら……きっとすぐに見つけてくれるとおもいます」


「それは、無理だ」


 無理? ぼくは聞き返した。なぜです?


「アイノースには、いま、公安の捜査が入っている。片桐メイは重要参考人として引っ張られている」


 ぐらり、と目の前がゆれた。


 メイが重要参考人に? なぜ? ぼくの問いに、前田本部長は首を振った。「わからん。わたしのもとにも情報は入っていない」


「リンカはどうなんですか」


「彼女はアメリカ本国にいる。公安から出頭要請も出ているようだ」


 その時だった。


 けたたましいサイレンが本部の静まった空気を激しく揺らした。


ーー緊急、緊急! ◼️◼️地区にモンスター出現! ◼️◼️地区にモンスター出現! 数は20! 繰り返す、◼️◼️地区にモンスター出現! 数は20!……


 前田本部長の顔から血の気が失せた。


 サイアクの状況だ。


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