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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第92回 アイノースメイド業務日誌:政府高官との会談

「これが高俊熙導師の経歴です」


 政府高官から渡された資料は数十枚でした。日本政府が集めたJ国の情報の一部には導師と呼ばれた高俊熙の経歴も記載されていました。しかし、そこに書かれているのはありふれたデータでした。


 きっと日本政府が持っている情報はもっと深度のあるものでしょう。


 ですが、自国のインテリジェンスを一介の外資本企業に提示するほどの状況ではありません。開示資料から日本政府に対するアイノースへの信頼度合いが図れました。


 政府高官からふたたびアイノースへコンタクトがあったのはふたつの理由からです。


 ひとつは高俊熙とリンカお嬢様との会合の依頼……その事前ブリーフィングの時間を欲しいというものでした。お受けしたものではないと伝えても、政府は譲りませんでした。


 もうひとつはいま巻き起こっているマオウ熱の対策についてです。アイノースのモンスター研究所は、その研究の一端としてマオウ熱の研究も進めています。対策のワクチンはまだ開発がされていません。しかし、検査薬は即時性と精度の両方が高いものができています。それの大量受給の依頼です。


 いずれも急を要するというのが、政府からのメッセージでした。


「事前にお伝えしましたとおり、アイノースは日本とJ国の外交に関与することはありません。これが回答です」


 小娘が。


 政府高官の顔には、そう書いてありました。


 無理もありません。親子ほどに年齢が離れているのですから。


 ですが、口と態度に出さなければ、交渉には問題ありません。交渉は双方が出し得るものこそがすべてだからです。


「政府としてはJ国との対話が必須の要件となっています。ぜひ、アイノースとリンカ・アイノースさんのご協力を願いたいのです」


「今しがたの内容がすべてです。わたしにはそれ以上の発言は出来かねます」


「では、より具体的な話をするために、それができる方にお繋ぎいただけないでしょうか?」


 伝書鳩には用はない、イエスを言う奴を寄越せ。


 そうなるでしょう。もしかしたら、わたしが彼と同じ年齢になって、わたしのような子どもがやってきたら、きっと同じことを考えていうことでしょう。


「残念ながら」わたしは続けました。「リンカ・アイノースの個人秘書として、彼女の意向をお伝えするのはわたし以外におりません」


 事実です。政府高官はブラフと取ったことでしょう。ですが、構いません。ノーを言い続けるだけのこともできますが、こういう方々には逃げ道を作っておかなければいけません。時間の無為な浪費。これも日本のお役人の大事な仕事のひとつだと認識しています。


 わたしは携帯端末の画面に視線を落としました。


 会談の開始から1時間弱が経ちました。切り上げとしては良いタイミングです。


 本日は有意義な意見の交換が出来、ありがとうございました。わたしがいいます。


 いいえ、と政府高官は答えます。「貴重なお時間を頂き、感謝いたします」


 わたしは高俊熙の資料を彼に返すと、手元のカバンをすくい上げました。


「そういえば、アイノースのあの件は、おちつきましたか」


 視線をあげます。政府高官の顔を正面からみつめます。


 あの件とはアイノース航空隊の事件のことを指しているのでしょう。しかし、いま、ここで、なぜ?


「わたしたちはあの事件のことを重く受け止め、真摯に対応を進めております。落ち着くということはありません。被害者の皆様、世間の皆様に対して向き合わせていただいております」


「ご立派なことです。危機対応はどんな場合でも難しい。事実は様々な面を持っていますから」


「失礼、ご発言の意図が読み取れません」


「いえいえ、なに、ただの雑談です」


 それでは、と政府高官は頭をさげた。ご検討を、ではなく、それでは、と。


 わたしは政府機関から外にでると、携帯端末を立ち上げ、日本政府と向き合うロビイストさんに電話をかけました。


「彼の発言の真意を探ってください、早急に」


 はい、とロビイストさんは答えました。優秀なかたです。すぐに動いて、回答をしてくれるでしょう……しかし、それよりも早く、事態は動きました。


 アイノース航空隊事件の家宅捜索が入ったのです。


 それは、被害者に日本人がいたという事実からでした。

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