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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第89回 アイノースメイド業務日誌:お嬢様との定期報告会

 ぼんやりと白い部屋のなかで画面が浮かび上がっております。


「メイ、問題なくて?」


 お嬢様が私をカメラ越しに見つめます。そのお顔は、ほかの人からみれば普段となにも変わらないでしょう。ですが、わたしにはわかります。お嬢様はわたしを心配してくださっている。嬉しくも、とても申し訳なく思います。


「申し訳ありません、お嬢様、ご心配をおかけしまして」


「答えになっていないわ」


「問題ありません。検査では陰性とのことです」


「そう。重畳よ」


 お嬢様はまぶたを閉じると、細く息を吐いたようです。最近のマイクの性能はすばらしい。お嬢様のかすかな衣擦れの音、息づかい、身振りで空を切る音もわたしは聞くことができます。まるで、目の前にお嬢様がいらっしゃるようです。


 佐倉ユウタさんからマオウ熱の連絡が入ったときには、わたしはすでに検査をうけておりました。


 日本の対策本部でマオウ熱の感染が確認されたこと、パンデミックの恐れがあると連絡があったからです。すぐに返信をすべきでしたが、わたしは外部との連絡手段を遮断されてしまっていました。アイノースのお嬢様に近い人間に感染の恐れがあるとなると、一層大きな問題になりかねないからです。


「お嬢様は、体調におかわりはありませんか?」


「ええ。こっちは大丈夫」


「しかしマオウ熱の感染は突然ですから、ご注意ください」


 ありがとう、とお嬢様はおっしゃると、視線を手元に落とします。「日本の対策本部は混乱しているわね……」


 はい。


 そう、わたしは答えました。


 対策本部において、マオウ熱のパンデミックが発生した当初は、マスコミが本部前に集まって報道は過熱しました。


 ですが、佐倉ユウタさんに感染の疑いがあると情報が出回りますと、報道各社は自社、そして契約するジャーナリストやカメラマンたちの稼働を制限しました。


 世界的英雄が病に倒れた……そうなれば、さまざまな思惑が動き出します。だからこそ、政府からマスコミ各社に箝口令が敷かれたのでしょう。


 政府の対応は素早いものでした。復興対策本部を隔離し、半径1キロメートル内を立ち入り禁止区域とし、近隣住民のマオウ熱検査を徹底。その上で、感染ルートの完全なる断絶により、これ以上の拡大の恐れはないことを繰り返し伝えました。それに効果があるかはわかりませんが。


 佐倉ユウタさんは、いま、復興対策本部のなかで隔離されているとのことです。わたしが仮に携帯端末を持っていても、彼と連絡はできないでしょう。


「メイ」


「はい」


「わたしはしばらく日本に戻ることはできません。復興対策本部の件は、ゆゆしき事態。逐次……報告して頂戴」


 佐倉ユウタさんのことを、という言葉を、お嬢様ははぐらかしたようです。かすかに視線をそらし、短く息をはく……ほんとうに、最近のマイクは性能が素晴らしい。憎らしいほど。


 それと、とお嬢様は言いました。


「J国のこと、これは面倒ね」


 わたしの顔がおもわず、眉をひそめていなければいいのですが。


 提示報告の一環として、もちろんJ国・高俊熙のことは報告をしていました。数多あるお嬢様をはじめとしたアイノースに関する事案でしたが、やはり日本国の「相談」である以上、一介のメイドが判断を下すことなどできません。でも、やっぱり本心はお嬢様に読み流して欲しかったのです。


「高俊熙はお嬢様との会談を希望しています」


「ええ。でもなんでかしら? わたしと高俊熙につながりはありません。アイノースとの交渉ならわかりますが。メイ、思い当たる節はある?」


「ありません」


 あるわけがありません。


「しかるべきルートから日本へは回答をするわ。それと、こっちで彼の身辺調査を行います。あなたは日本と高俊熙……J国のことをしらべてください」


「はい」


「任せました。緊急がなければ、三日後の定時報告で会いましょう」


「はい」


「メイ」


「はい、お嬢様」


「J国、高俊熙、マオウ熱も重要。でも、一番は佐倉ユウタよ。彼の身になにかがあったら、世界のパワーバランスが崩壊するわ」


 お嬢様は、すっと目を細めました。「かえでと連絡を取れる状態にしておいて」

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