第9回 世界平和ととある新興宗教の話
転生というのだから、前の世界では倒されたのだ。
その噂は戦争が始まってすぐに流れた。
その論理は的確だ。実際魔王もインタビューでそう答えていた。世界の厄災は、決して倒せない存在ではなかった。ほんとうかよ、って疑いたくなるぐらいの強さだけど。
その言葉を頼りに、世界中で魔王と同じ世界から転生してきた人間を探す活動がはじまった。
最初は情報を得るためだった。
それが「転生してきた勇者を探す」にすり変わるのにあんまり時間は必要なかった。
そのほうが楽だもん。誰だって楽なほうを選ぶ。ぼくもそうでありたい。だけど、そういう安易に救いを何かに求めると、それは宗教っぽくなる。
その活動のなかで、勢力を伸ばした団体が「英雄教」だった。
世界を救う正義の活動だ。熱心に活動する人もめちゃくちゃ多かった。でも、熱心さが少しずつずれていき、過激さを増していった。魔王の悪逆卑劣な所業の裏で、このひとたちもずいぶん酷いことをしてきたんだ。正義の名前を盾にしてね。
そんな活動を、正義の味方かえでが許すはずがなかった。
魔王を倒す、世界を平和にする、という共通の目的があったし、協調できると思っていたんだ。それこそ最初のころは彼らもぼくらの活動を手助けしてくれた。それについては感謝している。でも彼らに必要だったのは、世界の救世主ではなくて、英雄教のための英雄だった。
彼らの、彼らによる、彼らのための英雄。
そのために、英雄は彼らを優先的に救わなければならなかったらしい。
東に襲われる信者あらば駆けつけ、西に住む家を破壊された信者あらば超パワーで修理してやり、北に子供を奪われた親があらば神秘のちからで魂を救済し、南に借金に苦しむひとあらば行って悪徳業者をぶちのめす、そんな英雄だ。
つまり、ぼくらは彼らが望む英雄ではなかった。
むしろぼくらは紛いものの英雄で、世界を混沌に陥れる存在だと指さされるようになるのに、時間はかからなかった。
数年前に設立された団体なのに金科玉条の聖典があり、さらに用意周到に、真の英雄の前に偽りの英雄が世界崩壊の一助をなすという項目があるというのだからおそれいる。
かえではそんな活動に烈火のごとく怒り、非人道的な活動を徹底的に鎮圧した。
ぼくも間違ったことを正すことには大賛成だ。それでも優先度はつけなければならない。
もし英雄教が、まったくとは言わなくても、せめてかえでの耳目に入らない程度の非人道的な活動をしていてくれれば、魔王との戦争はもしかしたらあと半年は早く終わっていたかもしれない。
結局、どんな危機的状況でも、全人類がこころをひとつにすることはとてつもなく難しいことなのです。