第83回 世界平和と約束の地
……コンビニの店員さんと掴みあって。
そんな状態でよくもまあ、そんな笑顔を浮かべられるものだ。
正直、気づかなかったら、スルーしたかった。
気づかれなかったら、スルーしてた。
でもダメだ。コンビニの店員さんもぼくを見て、なんだこいつは、この女の仲間か? とぎらぎらと目を向けてくる。素知らぬふりしてコンビニで麦茶を買うことなんて出来ない。
こう着状態だった掴み合いに、ぼくというノイズが入って隙が生まれたのか、大志摩さんはくるりと体を返して掴み合いから逃れ、身ごなし軽やかに2間半ほど距離を取ると、ファイティングポーズのまま、
「お久しぶりですね、佐倉ユウタさん!」
どうしよう。
全力で絡みたくない。
このまま麦茶だけ買って帰れないかな。時間も限られているんだし。
コンビニの店員さんは新たに現れたぼくを敵か味方か、海のものか山のものか探りあぐねているようだった。ぼくは両手を上げて無抵抗を標榜する。
つーか、いったいどんな状況なんだ、これ。
改めてあたりを見ると、一面に大志摩さんの手作りビラがばら撒かれている。ぼくの目に最初に飛び込んで来た赤い魔法陣が施されたビラだ。雑然としているけれど、アスファルトの上に散りばめられたそれは、完ぺきに怪しい儀式の最中でしかない。
「あんた、こいつの知り合いか?」
「いいえ!」
猛烈にかぶりを振る。知り合いの定義はわかんないけれど、ぼくのなかでは知り合いのカテゴリじゃない。
「でも、あんたを知っているようだが……」
「それは当然ですよ、コンビニの店員さん! この人は何を隠そう、あの英雄佐倉ユウタさんなんですから!」
英雄ぅ? と疑わしげに投げられた視線の先のぼくの顔と、彼の記憶がぴたりと合うのにややあって、
「おい、マジもんのヒーローじゃねえか!」
「そうですよ! 気づかなかったんですか、あなたは!」
何故か煽るな、大志摩さん……!
「彼は私の活動を応援してくれているのです! ほうら、だから怪しげなんてことはひとつもないのです、これは救いなのですから!」
そう言うと、恍惚とした表情で合掌して、天を仰ぐ。
「真の勇者様は、間もなく、間もなく降臨するのです。ああ、勇者様、魔王の再臨も近いのです。それまで、どうかわたしたちを約束された地でお匿いください……!」
彼女の視線は巨大な魔法陣に向けられた。
そしてすがりつくように右手を悪魔の口に差し伸べる。何度もなんども口のふちを撫でるように手を滑らせる。
店員さんが不安そうに視線をぼくに向ける。
いや、ぼくもどうしていいかわからないよ。
「救済はもう行われているんです。救済はすでに身近に! ああ、でもわたしは罪深く、まだ約束の地へお導きいただけていない! 佐倉ユウタさん、あなたは真の勇者様につながる方。ぜひ私も約束の地へ導かれるよう、お伝えいただけませんか?」
真の勇者様……救済……約束の地。
「大志摩さん、ぼくには何のことだかさっぱりわからないんだ」
「そんな!」
大志摩さんは目をくるりと回すと、再び艶然とした笑顔でこう言った。
「だってあなたの周りの人たちのなかにも、約束の地へ導かれた方がいるじゃないですか!」
……え?
「みなさん、約束の地に導かれたんですよ、佐倉ユウタさん。みなさんは!」
藤村、ナナミさん……もしかして、まゆちゃん先生も?
「あなたは、いったい、何を?」
「け、警察呼びましたからね!」
「ユウタ、遅い!」
店の中から別の店員さんが飛び出してくる。
ぼくの後ろからはエリカが。
ぼくらの視線が一瞬介入者ふたりに向けられた隙に、大志摩さんは手持ちの荷物を手早くまとめ、逃げ出して行った。
逃げるのに、まるで慣れているようだ。
「ユウタ、今のって……」
逃げ出した不可解な少女と、たぶん呆然としていたのだろう、ぼくの顔を見て、エリカはさっと右手を突き出した。
シュルルルル、と何かが渦巻く音がする。ぼくは慌ててそれを止めた。
「いいんだ、エリカ。ストップ」
「でも」
「いいんだ」
魔法を使わせるわけにも、魔法を他人に見られることもだめだ。
でも、大志摩タエさんはいったい何の話をしていたんだ。
約束の地。
消えた3人。
まさかそんな安易につながるわけない。
まさか、ね。
まゆちゃんのメッセージは……未読のまま。




