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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第80回 世界平和と最悪の夏休みのスタート

 ぼくの夏休みは、こうして始まった。


 まじで最悪の始まりだ。


 まゆちゃんはなにごともなかったように振る舞う。通知表をわたすときだって「もっと勉強すべきよ」と耳のいたいことをにこやかにいう。


「短期間でなにを判断してこの評価なんですか?」


「短期間でもがんばる生徒とそうでない生徒を相対評価しているわ」


 納得できない。


「世界を救ってもゲタはナシか、英雄」


 うしろからヤジがとぶ。


「うるせえ……まゆちゃん、世界をすくっていて勉強に身がはいらなかったんです。もうちょっとまかりません?」


「過去の栄光にすがりつくな、ヒーロー」


 ぐうの音もでない。


 結局、あの日の真意を確認できず、ふたりのあいだにひと月というながい期間が横たわることになるのかとおもうと、こころはすっきりしない。高校2年の夏。きらびやかになるはずの季節はしょっぱなからしょっぱい曇天もようだ。


 ナナミさんも、已然行方はわかっていない。捜査は対策本部だけでなく、公安も警察もナナミさんの捜査にあたることが昨晩決定している。ぼくはその3者に事情の説明をもとめられているけれど、すこしでも彼女の捜査に役立つならば協力は惜しまないつもりだ。


 それにしても、ぼくのまわり、ひとが消えすぎじゃないかな。


※ ※ ※


 けたたましいさけび声が背後からきこえた。


 体をひねる。


 モンスターが左の腕をかすめる。ぴりっとした感触がある。アドレナリンのせいか、いたみは感じない。モンスターの背中に全体重を乗せ、手にもった武器で心臓をつらぬく。悲鳴。ガタガタとからだを揺すらせてしばらくすると、ぴたりと鼓動が止む。ゆっくりとからだを起こす。


「おつかれ」


 がれきの向こうから竹下さんが顔をのぞかせた。滝のようにながれるあせで頰にこびりついた緑色の液体がだらだらとながれ、首元をよごしている。戦闘まえにはちゃんと身にまとっていた服は方々がやぶれていたが、不思議と精悍さがにじんでいる。


「おつかれさまです」


「あいかわらずすさまじいな、きみのたたかいは。どうして腕一本でこんな化け物とわたりあえるんだ」


 そういって、ぼくの足元にあるモンスターを見下ろした。「それに原型をたもっているのがしんじられない。俺たちがたおしたモンスターは銃弾でハチの巣にして、ようやくとどめをさせたのに」


「ポイントがあるんですよ、ポイント。それがわかればかんたんです」


「かんたんね……とてもそうはおもえないけれど」


「そっちも完了ですか?」


「ああ。任務完了だ。わるいな、夏休みの最中に」


「そうおもうなら、呼びださないでくださいよ」


 そういってぐるりとまわりをみた。


 被害状況……もあったもんじゃない。


 誘導作戦は成功して、モンスターは廃墟に集められた。歩くと、がれきにつまずく。ときおり、くつが柔らかいものを踏む。ネズミ型の小さなモンスターだった。大群になると怖いけれど、駆除することは用意。ただ、とっても不快なだけ。


 今回の呼び出しは意外だった。あたりは廃墟ばかり。人の住んでいるところから、かなり離れたところだった。討伐に呼びだされるのはだいたい一般人に危害がおよぶ可能性がたかい場合だった。緊急性を問われるのだから、討伐の速度をあげるぼくが出向く必要がある。もしくは、難易度のたかいモンスターの場合だ。


 でも、今回はそこまでむずかしくない。こういった場合は対策本部のみで討伐にあたる。手練れだし、チームを組んでうごいているから、ケガはおおいけれど重症や死亡の例はほとんどない。だから、今回呼び出されるとはおもわなかった。


「前田本部長の意向さ。ナナミさんがいない状況で、キミとの連携をとれるかのシミュレーションもかねているんだ」


「首輪がなくても、ちゃんとはたらきますとつたえておいてください」


「見た目によらず、心配性なんだよ。しかたないさ」


 竹下さんは腰に巻きつけたバッグからタバコを引っ張り出すと、けむりをくゆらせた。吸うのははじめてみた。この前暴れたときにおったらしい鼻のケガのほうがよっぽど目についた。あいつはつよいんだ、という前田本部長のことばを思いだした。ぼくのみたかぎりでもほんとうだ。竹下さんはめちゃくちゃつよい。


 竹下さんはけむりを吐き出すと、ふぁああ、とおおきくあくびをする。土ほこりでよごれたそででめもとをごしごしをぬぐう。しごとに、たたかいに……ナナミさんの捜査。気のやすまるひまもないんだろう。


「報告はやっておくよ。今日はここでいい。前田さんにも許可は取っているからだいじょうぶ」


「ありがとうございます」


「いいえ、こちらこそ、だ。世界が平和になったんだ。ひさしぶりの夏休みを満喫しろよ。おとなになったら、夏休みなんてなくなるんだ」


 けけけ、と竹下さんは意地わるそうにわらい、またおおきく息をすってけむりを空に吹きあげた。


「そうさ、君らはおとなになれるんだよな」


「竹下さん?」


「なんでもないさ。なあ、夏休みはどっか行くのかい?」


「あした海に」


「だれと」


「クラスの連中と」


「女の子もいるのかい?」


「はい」


「いいね」


「でも」


「でも?」


「ナナミさんがこんな状況で、遊んでいていいのでしょうか?」


「きみがいたら解決するのかい?」


「いえ。ただ」


「世界をすくった、いまもモンスターを退治してくれている。それ以上になにをきみは責任をもつっていうんだ。おとなのしごとだ、これは。だからきみは海にいけばいい。ともだちと遊べばいい」


「そういうものでしょうか?」


「そういうものだ。ちなみにおっぱいがおおきくて美人な子はいるかい?」


「みんな美人ですよ、胸は……まあ」


「まあ?」


「そこそこ」


「そこそこ、か。そこそこ、ね」


 そういってくわえていたタバコの先端を指でもみ消し、吐きすてるようにいった。


「ちくしょう! 巨乳、女子高生、いいなー! 青春なんざ、くそくらえ。ばーかばーか!」


 荒涼としたディストピア的空間に、巨乳と女子高生とばーかのことばがひびきわたったのであります。

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