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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第75回 世界平和と背中に伝わる熱い温度

 夏休みを中止にしようか。


 そんな議論が喧々諤々、学校の職員会議では行われていたらしい。


 再開してまだひと月だ。こんな短期間で長期の休みになるのはよくないんじゃないか、っていう意見が出ていたらしい。教育熱心な先生だ。


 この2年弱、学校は休みだったようなものだった。


 でも、それとこれとは話が違う。春夏冬の長期の休みはぼくらにとって宝物だ。そこのところを忘れてもらっては困る。


 そんな声が届いたのかはわからないけれど、ぼくらの学校は8月1日から夏休みになることに決まった。


 ふたを開けてみれば、生徒の要望というより施設的な問題だった。


 冷房も完全じゃないし、プールなんてもっての他。健康的な状況も鑑みて、総合的な判断に基づいて、とか校長先生はいっていたけれど、ほんとうのところはシンプルだ。


 先生たちだってこんな中で授業するのはうんざりだってことらしい。


 太陽はますます盛んに暑さを振りまき、復興作業中のひとたちが熱中症で運ばれて行くこともけっこうあるらしい。


 ああ、もう、とにかく暑い!


 冷房は節電の煽りもうけてとろとろと弱い冷気を送風口から垂れ流しているだけだ。だれもがノートや教科書でうちわ代わりにバサバサとあおぎ、うだるような熱気に包まれつつ、ぼくらの意識はあと数日に迫った、ひさしぶりの夏休みという甘美な響きに飛んで行っていた。


 ただひとり、涼しげな顔のエリカだけれど、ぼくは知っている。


 水と氷の魔女はこっそりと冷気を身にまとっていた。


 休み時間に近くに寄ると、ものすごくひんやりとする。


 魔法って便利だな。使い方さえ間違わなければ、とっても省エネだし。ぼくも習おうかしらん。


 教壇には熱心に授業をするまゆちゃん先生が、汗でずり落ちる眼鏡と格闘しながら、黒板にせっせと文字を刻んでいる。


 世界史の先生であるまゆちゃんは、詰め込み教育反対の姿勢らしい。


 授業の半分は歴史の雑談がほとんどだ。だから半分はノルマを達成させるためにほとんど無言の板書が進む。


 新任というにはちょっと憚れるけれど、どうにもこの授業のバランスをとるのは苦手らしい。


 ぼくらは前半は楽しんで聞いているけれど、後半はノートも取らず、先生の板書をぼんやりとながめながら、モバイル端末で最後にぱしゃり、と収めるだけ。


 中にはモバイル端末を構えてずーっとまゆちゃんを動画で撮影しているアホもいる。


 熱血漢まゆちゃんはそんなぼくらにご不満の様子だけど、授業のアンバランスさを恥じて何にも言わない。


 今に見ていろ、凄腕教師にあたしはなるんだ! とひそかにメラメラと意欲を掻き立てている姿を、実は結構たくさんの生徒が知っているのであった。


 壁に掛けられた時計にせかされるようにまゆちゃんの板書はカッカッカと小気味よく速度を上げていく。

 57、58、59、と秒針が進み、ぴたりと頂点を指した。

 チャイムの音にかき消されるように、まゆちゃんは書ききった板書を背に教室をぐるりと見渡した。


「……ということで、今日の授業はここまで。みんな、お疲れ様でした」


「まゆちゃん、そこに立たれると撮れないよー」


 そう、教室の後ろから飛んできた声に、「あ、ごめんね」と資料を取りまとめてそそくさと教室の外に出ていく。


 いや、そこは怒っていいと思うよ、先生。


 まあ、それができていればとっくにそうしているだろう。いい先生なんだけどな。強く出られないらしい。


 カシャ、カシャと方々で撮影する音が聞こえ、その音がやんだのを確認して日直がチョークの跡をぐりぐりと拭っていく。


 何はともあれ、日常の授業風景は、世界崩壊の前のようにゆるりともとに戻った……といいたいところだけど、これって授業崩壊なんじゃないかな。そんなことないか。


 クラスは全部で21人。休校前は34人いたから代替6割ぐらいが復学している。疎開先にそのまま転校してしまったひともいるし、行方が分かっていないひともいる。


 もちろん戦争でいのちを落としたひともいる。ぼくらのクラスは復学している人間が多いほうだ。


 それがいいとか、悪いとかは言わない。ただただ、事実として、そうあるだけだ。


 でも、戦争という時代から抜け出した後は、神様はぼくらに人生をまるっと放り渡したのと同じだ。努力しなくちゃいけないし、起きることはすべて自分たちの責任なのだ。


「佐倉くん、ちょっといい?」


 放課後、荷物をまとめているときに、まゆちゃん先生が覗き込むようにして話しかけて来た。割と小柄で、そんな仕草をされると、同じ学年のような錯覚も覚える。ふわっと化粧品の匂いがはなをくすぐると、年頃の男子としてはどぎまぎしてしまって普通だろう。


「話があるの」


「話?」


「うん」まゆちゃんは視線をわずかにそらせて、もういちど言った。「話があるの」


 エリカをほのかに任せて魅惑の女教師について行くと、期待していたような場所(体育倉庫とか、保健室とか)ではなくて、ただただ蒸し暑い職員室の日の当たる窓際だった。夏の日差しが容赦なくぼくの背中を焼く。


「藤村くんのことなんだけど」


「藤村? 藤村のことがなにかわかったんですか?」


「ううん、逆。むしろわたしが聞きたかったの。佐倉くん、あれから藤村くんのこと、なにかわかった?」


「ちっとも」


「そう。君ならなにかわかるかなって思ってさ。でも、うん、ごめんね。ほんとうなら先生たちが率先して探さないといけないんだけれど」


 そういってまゆちゃんは口元を小さく歪め、なにかを言い淀むように視線を泳がせた。鈍感には定評があるぼくにもわかるぐらいだ。聞いてほしいのか、それとも吐き出したいくらい重い話なのだろう。


「まゆちゃん、何があったの?」


 ぼくがそう話しかけると、まゆちゃんは少し困ったような表情を見せたけれど、迷いを捨てるように顔を上げた。


「君なら、近いうちに聞くことになると思う。でも、これから話すことは学校の生徒には秘密にしてほしいの」


「うん」


「うちのクラス……ううん、学校全体でもだけれど、生徒とその家族が戦時中移住していたJ国から公式の発表が政府にあったの」


 J国。

 ぼくは頭のなかのページをぺらぺらとめくった。

 もともと地理はものすごく苦手ではあるけれど、さっぱりと聞いたことのない国だ。


「それ、どこなんですか?」


「国、というよりは、地域って言った方が正しいかも。中国の西側にあるとされる地域よ。もっとも、国として成り立っているわけじゃなくて、できたのも、この終末戦争が起きてからよ」


 あるとされる、という表現がやけにへんてこだ。


「その外交官から日本政府に宛てた公式発表によると、避難していた日本人は全員、終末戦争の最中にいのちを落としたか、あるいは行方が不明になったって」


 全員? そんなばかな。ひとりぐらいは生き残っているんじゃないのか?


「いま日本政府がJ国に事実確認をしているけれど、まだちゃんとした回答がないみたい。うちのクラスの生徒も4人、含まれているわ」


 信じられない、というのが本当だ。あんまりにも雑な回答だ。うのみにできるものじゃない。


「みんなへの話は政府からの回答を待ってから。でもクラスの子達は藤村くんのことで動揺しているから、彼が無事に見つかれば、すこしでもみんなのショックを和らげるかなって思ったの」


「でも、政府からの連絡の前に漏れてしまうかもしれない。マスコミが嗅ぎつけるかも」


「わかっているわ。でも、これが学校の決定なの」


 まゆちゃんの体がみるみると小さくなっていくような、そんな錯覚があった。


「……用はそれだけ、ごめんね、こんな話し、本当はきみにもするべきじゃないわ。お願いね、黙っていてちょうだい。今日は……もういいわ」


「まゆちゃん、なにか僕ができることがあったら言って。いつでも助けるよ」


 でもまゆちゃんは困ったように小さく首を振った。


 先生だ、いくらぼくが英雄と呼ばれていても、生徒の前で弱みもなにも見せられないのも本当なんだろう。失礼します、とそう声をかけて、ぼくは先生に背中を向け、立ち去ろうとした。


 その時だった。


「ユウタくん」


 先生の細い腕がぼくの腕と体を包んだ。その力は最初は弱く、だんだんと強くなった。


「ごめんね、今日だけ。ごめんね、でもやっぱり、わたしの気持ちは昔と変わんない。ごめんね、これ、離したら振り向かないで職員室を出て行って。お願い」


 ぼくの背中を焼き付けたのは、太陽のひかりだけではなかった。

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