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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第二話 勇者さん、お断り
73/153

第73回 世界平和に不都合なメイ

「ユウタさん、このたびはほんとうにお世話になりました。ありがとうございます」


 記者会見から1週間たった日の夕方、メイから連絡はとつぜんだった。

 学校のあとにお会いしたいのです。

 ことわる理由なんてない。授業の終わりを連絡をすると、それではお待ちしておりますというメッセージといっしょに地図が届いた。


 待ち合わせはちいさな公園だった。

 モバイル端末の地図からも見落とされている、避難場所にもならない街角の緑地帯というのがただしいかもしれない。

 雑踏はとおく、行きすぎるひとたちもほとんどいない。

 ぽつんと世界からおいていけぼりにされているような場所だった。


 彼女はいつもの格好じゃなかった。こざっぱりとした夏らしい服装で、ほそい腕がふたつの肩からするりとのび、おへそのあたりでちょこんと組まれている所作をのぞけば、メイドであるようすはこれっぽちもない。

 たった7日だ。

 それなのに、ずいぶん久しぶりにあったような気持ちになった。


 あの日から、リンカともメイとも連絡をとっていなかった。

 この1週間のアイノースはてんてこ舞いの忙しさだったからという理由もある。

 世界は戦争犯罪のスクープをもてはやした。権威ある報道賞もまちがいなしの評判も聞こえてくる。現世界の虚偽報道なんてすっかりと忘れられていた。ひとつの愚行を忘れるのに十分な善行であったのだろう。

 でも、世間の高評とはうらはら、あれきり長浜編集長はおもてにでてきていない。


 会見のあの日、ぼくは魔法でマヒしたからだをうごかそうと四苦八苦していたけれど、歩けるようになるのに50分もかかった。

 魔王エリカの魔法だ。ほんきだったら、解けないようにすることもできたんだろう。

 たぶん、エリカはちからをセーブしていた。意図はわからないけれど、彼女はぼくに、会見の最後はみるべきだとおもったのかもしれない。

 ぼくは頬に涙のあとをのこしてふかい眠りについていたメイをなんとか部屋にはこび、しびれののこるまま会場とむかった。


 でも遅かった。

 会見はすでに終わっていた。

 そのころには嵐は会場から媒体のうえに場所を変えて、ますますの暴風域をひろげていった。


 後から知ったリンカの会見はとても立派だった。

 事実をかくさずにはなし、誹謗とも中傷ともとれる質問には毅然として向きあい、事件の解決を約束しながら、さいごに、じぶんがつくりあげたアイノース航空隊の即時解体を宣言した。


 くしくも世界が崩壊の危機をまぬがれて9か月目に入った日だった。


 それは、リンカの終戦宣言だった。

 ながいあいだ身を投じ、魔王との終末戦争とイコールだった航空隊の解体で、世界の女王はその終わりに向けて、一歩を踏み出した。

 でもひと筋縄にいくことはない。

 最後のおおきな爪痕の始末だもの、ながいながい時間がかかる。

 泥もたくさんかぶるだろう。

 それでも彼女は顔を背けなかった。


「解体して責任を放棄するってことはにげるんですか?」


 そんな質問が最後にあった。


 彼女はいった。


「にげません。誇るべきアイノース航空隊の名誉のためにも、わたしは逃げません」


 冷静に考えれば、最適な受け答えじゃない。なのに、反感を買うことがわかっていても、リンカはその一点、アイノース航空隊の名誉だけはゆるぐことなく擁護をしつづけた。


 彼女の発言は切り刻まれ、編集され、コメンテーターの言葉に彩られ、様々なかたちで全世界へ配信をされた。

 こいねがわくば、そのなかのひとりでも、リンカのことばをちゃんと受け止めてくれるひとがいればいいのだけれど。


 けっきょく、ぼくはこの一連の事件でいくつかは結果をしめすことができたけれど、そのほとんどはすべての演目が終わったあとに登場する評論家のようなことしかできなかった。それに、まだ演目の途中のものもある。だから、メイにありがとうなんていわれるようなことはしていない。


 ぼくはゆるゆると首をふった。


 夏の日差しに、ぼくの首元には汗が浮かび上がる。 


「ありがとうもないよ。ぼくはなにもやっていないじゃん。アイノースへの非難はますますひどくなっただけだし」


「それは仕方のないことです。前にもお伝えしたとおり、アイノースの責任です。ユウタさんはできることをしっかりやってくれました。なによりも、お嬢様を支えてくれました」


 支えた? ぼくが?

 しばらく色々考えて、でもぜんぜんわからなかった。

 それはないよとぼくがかぶりを振ろうとすると、その頰にすっとつめたい手のひらがかさねられた。まるで冷蔵庫からとりだしたばかりのようにひんやりとした気持ちのいい手のひらだった。


「あなたにはお嬢様をたすけていただきました。あの方にはこころのなかを吐きだすひとが必要なんです」


「それはメイにできることじゃない?」


「まあ。ほんきでいっています?」


 メイは目をまるくして、それからコロコロと笑い出した。


「ユウタさんはほんとうにおんなごころが分かってらっしゃらないのですね」


「なぞかけはたくさんだよ。お腹いっぱい」


 ぼくは大げさに肩をすくめてみせた。


 そう、お腹いっぱいだ。

 そりゃあ、だれもがみんなわかりやすいなんてこれっぽちもおもっていないけれど、ぼくらの世界にはたくさんの秘密がある。秘密まみれだ。

 そしてみんな、ウソがうまい。

 なかにはじぶん自身すらだまくらかしてしまうひともいる。


 それは、ぼくの目の前にいるこのロリっ娘メイドもそうなんだ。ぼくは解きあかさなくちゃいけないものはさっぱり見落としてしまうのに、余計なことばかりに気が取られる。


「メイ」


「はい」


「知っていたんだね、英雄教が消失事件の犯人だって」


 メイはにっこりと笑った。


「ユウタさんはほんとうにすごいですね。名探偵の素質があります」


 びっくりだよ、ワトソンくん。まるでそういうように名探偵はそのたたずまいをくずすことなく、いつものようにこやかに笑った。

 ああ、やっぱりこの子を怒らせちゃいけない。絶対に、だ。


「いつからわかっていたんだ?」


 うーん、とこくびをかしげ、それから満面の笑みを浮かべた。


「わかっていたというのは語弊がありますね。疑っていた、というのがほんとうです。いつからって質問も、ユウタさんには簡単に見当がついているのではないですか?」


 この問題はどうだい、簡単だろう、ワトソンくん。ため息をついた。簡単なもんか。どんだけみじめに走りまわったとおもうんだ。このとんでもなくあつい夏のさなかにさ。夏が苦手なのに。


「今井さんの解雇。それで見当はついていたんじゃないかな?」


「ご明察です」


 メイはふんわりとした笑顔を向けた。


「もちろん、解雇事由はちがいますし、わたしは人事にたずさわることはありません。ただ、調べるうちに見えてきたんです。でも、確証はありませんでした」


 ナナミさんとの話のあと、メイは会社の関連をさぐった。そのときに気づくことがあったんだろう。ただ、確証がなかった。だから、確証を得ようと行動した。


「あの日、ぼくといっしょに英雄教に行くっていったのはこれをかれらに渡すためだったんだね」


 カバンから英雄教※※支部から回収してきたアイノース宛ての脅迫状のコピーを取り出した。さすがにおどろくかなと思ったけれど、メイは冷静に視線をおろしていた。


「真壁先生を保護したときにひろったんですね。ユウタさんはわたしのこそくな罠をみごとに見抜かれますね」


「偶然だよ。こんなものを残しておいちゃいけないって思って持ってきた。でも、ふつうに考えればおかしい。こんなのほかのひとにみせないし、ましてや回収しないなんてもってのほかだ。しかもバチバチやっているところだ。弱味なんてみせるのもいやなのに」


「そうですね」


「だから、気になった。で、もういちどこれを読んでみて、違和感があったんだ。全体の雰囲気もだけれど、いちばんは内容。最初に見せてもらった脅迫状をぼくは画像で持っていたんだ。見比べてみると、文面のいちぶが違っていることに気づいた。ここだ」


 ぼくはコピーの該当する部分を指でなぞった。


 そこには、「武里教授が魔法に傾倒をしており、魔術的なアプローチを試みるためにモンスターの生態について調べ、違法な実験を行っている。その被検体を収集するために、モンスターを盗んでいる」と、書いてあった。ぎっしり詰め込まれたうちのいちぶだけど、明確に異なる。


「きみはあらかじめこの文面を用意していた。英雄教に渡して読ませることが目的だった。もし疑いがアイノースに向いていて、それを焦って否定しようとしている姿を見せれば、ぼろを出す。そう考えていたんじゃないか」


 あの若い刑事さんが名刺の裏にぼく宛の感謝の気持ちを書いておいたように、事前にメッセージを忍ばせる。

 メイはこのばくだんをおしこむために、英雄教のアポとりにぼくを口実にしたんだろう。

 あのとき、メイはぼくにいったんだ。

 ごめんなさい、ユウタさんを利用してしまいました、と。


 古川さんは浮き足立っただろう、疑惑の目はアイノースに向いている。それに、アイノースの使いっ走りは明後日の方向の推理を披露している。まだまだもうけることができる。そう思ったんだろう。だから、あの後も出動をした。慎重になることを放棄したんだ。


 英雄教はまんまとメイの罠にはまった。油断は慎重さを欠く。その次で疑いを決定的にした。そして、ぼくらが敷いた罠にすっぽりとはまって逮捕となった。


 でも、メイ。きみのトラップに引っかかったのは犯人だけじゃない。ぼくはもう一枚のメモを差し出した。きたない文字だ。さっぱり読めないだろう。


 ぼくは彼女に書いてある内容をつたえ、そして誰が書いたかも伝えた。


 メイは目がこぼれおちてしまうぐらいにおおきく広げ、そのメモを見つめた。


「真壁先生は、このメモを読んで武里教授のところへ?」


「きみの書いた内容とメモはおなじだった。これを読んで、先生はあの場所へと向かったんだ。これが動機で事件を起こしたのか、巻き込まれただけなのかは、わからない」


 メイはじっと押し黙った。


 目の前にあるメモが信じられない、といった面持ちだ。


 ひとつ、ぼくは思い違いをしていた。

 アイノースっていう牢獄に押しこめられていたのはリンカじゃない。

 メイのほうだ。

 ぼくらはどんなにすごいことをしていたって、子どもだ。ぼくらの4年なんて永遠にもちかい。そんな永遠ともいえる時間、ふつうの世界でふつうのメイドさんをやっていたら、メイだっていまとは違う女の子になっていたのかもしれない。


 でも、現実はちがう。


 4年のあいだ、メイはかげとしてアイノース、そしてリンカのために生きてきた。策略と計略と奸計と暗躍にまみれ、もともとの素質もあったんだろうけれど、十分以上に仕事をこなした。それは、ひいては世界平和にもつながっていた。認められ、存在に価値を見出された。それがメイのすべてだった。アイノースが世界のすべてであり、意味だった。


 だから、世界が平和になったいまでもメイの戦争は終わっていない。終わるわけなんてないじゃないか。打ち切りのマンガじゃないけれど、真実、彼女の戦いはこれからだった。


 彼女の相手はモンスター以上に面倒で手ごわい。アイノースをおとしいれて、リンカを傷つける、どこにでもいる、ふつうのひとたちなんだ。

 獄中のホームズは怒り狂った。

 暴力以外の方法で解決をするため、あらん限りのやり方で、降りそそぐ厄災を払おうとしていた。

 でも、ぜんぶがうまくいくわけなんてないよね。

 彼女の目論見は成功もしたし、ただただひとを不幸にさせることもあった。


 リンカは4年という歳月を費やした航空隊の解散させることで、彼女の戦争をほんとうに終わらせる第一歩をふみだした。


 メイはそうじゃない。航空隊と、メイ自身の戦争はまったくおんなじじゃない。

 だけれど、関係のない人間を巻き込んでしまったその事実が、メイの眼前の壁に大きなひびを入れた。


 それをどう思っているだろうか?


 しばらく彼女は押し黙っていた。陽は少しずつかげり、関南市からとおくそびれる山間にその身を沈めつつあった。日中でもっとも幻想的な太陽のいろどりのなか、彼女はいった。


「警察に行ってきます」


「警察?」


「事情をお話するべきでしょう。罪に問われるなら、わたしはそれに従わねばなりません」


 たぶん、それはただしいんだろう。メイの意志もかたそうだ。


 でもそれは同じ轍を踏ませることになる。

 すべてはアイノースとリンカのため。

 それがルールで決められた意志じゃなきゃ、ぼくだって否定はしない。だけど、彼女はただただベルトコンベヤーではこばれながら、イエスとノーの選択肢で進路を決めている。

 立ち止まって、とまどって、疑うこともない。

 自分がおかれた世界のことわりにしたがって進むばかりだった。


 あの会見のとき、前島さんがぼくをメイのところに案内したのは、最悪ともいえる選択肢を突き進んでいるこの女の子を、無理やりにでも引きずり出してほしいと思ったからなんだろう。

 きっとあのひとはぼくを待っていた。

 連絡先もわからないし、来るかもわからない。だけど、あのドアのそばでぼくをまっていたんだ。

 会ってやってください。そして、彼女を救ってやってください。


 今度こそぼくは間違えてはいけない。

 ぼくは彼女の手を掴んだ。

 つめたくほっそりとしていて、わずかな重さでも折れてしまうかのような、そんな手だ。


 掴んで、ぼくはじぶんでびっくりした。

 次になにをいうのか、さっぱり決めていなかったからだ。

 なさけないなあ。

 このものすごく暑い気温のさなか、ぼくの手のひらはもちろん緊張もあってべったりと汗に濡れているだろう。でも、メイはそれを嫌がるでもなく、じっとぼくの手のひらと顔を交互に見つめた。


 ようやっとぼくの口をついたのは、たった一言だった。


「行っちゃだめだ」


 うん、もうちょっと格好のいい言葉を見つけられたらよかったんだけれど。でも、それがいまのぼくの口をつく、すべての言葉だった。


 メイは視線をそらせた。


 わずかに彼女の手のひらにちからがこもる。


「……その言葉を、なんでリンカ様にむけてあげなかったんですか?」


 口もとからまるでぽろっとこぼれるように、メイはいった。


「どうしてあのとき、リンカ様にいってくれなかったんですか? あのときユウタさんがあの部屋にいないで、必死にリンカ様をさがしてくれさえすれば、リンカ様が会見の槍玉になんかあがらなかった! 行っちゃだめだって、ほんとうにいって欲しかったのはあのひとなのに! なんであなたはバカなんですか? バカ! ほんとうにバカです!」


 メイは自分の手に覆いかぶさった手を振り払おうとしたけれど、ぼくはそれをこばむように強く握り返した。


「バカはきみだ、メイ! どうしてわかってあげないんだ?」


「わたしはお嬢様のことを、ぜんぶわかっています! わかっていないのはあなたです!」


「じゃあ、きみがリンカを苦しめていたこともわかっているんだね」


 そのひとことは、メイを大きく動揺させた。目をぱちくりとさせ、正面からぼくのことを見据える。


「わ、わたしが、お嬢様を……く、苦しめていた?」


 ああ、そうだとも、メイ。


 邸宅から抜けだし、身を隠し、あんなに憎んでいた魔法のちからを借りてでも会見場に押し入る。テロみたいなやりかたをしてでも、リンカはきみを守りたかった。そして、自分の責任も果たしたかった。リンカは苦しんだ。苦しんで、悩んで、感情がばくはつしそうだったから、ぼくに電話をかけてきた。


 世界から、おまえなんかいらないといわれたって、リンカにはそんなに気にしないんじゃないだろうか。だけど、彼女はたったひとりだけ、じぶんの背中をまもってくれたもうひとりの勇者にすら、じぶんをわかってもらえていなかったことに、傷ついた。


「メイ、君はリンカを守っていたつもりかもしれない。でも、ほんとうはリンカを縛りつけていたんだ。きみはアイノースと、リンカによっかかって、その腕で縛りつけていた。きみがその腕をはなさないかぎり、君の戦争も、リンカの戦争も終わらないんだ」


「いい加減にして!」


 メイの腕が、ムチのようにしなり、ぼくの頰をばちりとはった。重い音だった。目に星が散る。彼女のほそい腕からこんなにも強烈なびんたがくるとは思わなかった。それでも、星の消えた視界に映ったのは、ぼくがこれまでみたことのない、小さな女の子の姿だった。世界はオレンジ色に染まり、マジックアワーというわずかな時間帯のなかで、彼女はアイノースという囚われの魔法から、解き放たれたようだった。


 ぼくはそこで初めて、片桐メイという女の子と出会ったような気がした。堅牢な小さな世界をやぶって、じぶんの感情をあらわにしたその姿こそが、たぶん、ほんとうのメイだ。


「あなたになにがわかるっていうの? リンカさまが苦しんで、傷ついて、そうしてまもったこの世界から、あんたたちはいらないんだっていわれるこの気持ちがわかるの? リンカ様はいまだって復興に向けて頑張っている。それなのに、それなのに……! ねえ、わかる? ほんとうにわかる? リンカ様が槍玉にあがって、アイノース航空隊の解散が決定したとたん、アイノースの株がまたぐんぐんと伸びたの。ねえ、わかる? あんなに必死にまもったこの世界は、戦争がおわった途端にくるりとてのひらを返して、お前はいらないっていうだけじゃなくて、じぶんたちの利益のことだけしか考えていないんだよ。わたしの腕でも抱え込めてしまうあんな華奢なひとを、この世界はいけにえにしたがっているの! わたしがあのひとから腕をほどけると思っているの?」


 メイの目から、とめどなく涙が溢れる。


 ぬぐうこともしない。


 その言葉も涙も、だって、意味がある。


 あー。あーあーあー。


 メイは泣いた。言葉にもならない感情を吐き出すように、ちからのいっぱい、泣き続けた。


 太陽はかんぜんに山の端にすがたを隠し、赤紫にそまっていた世界はくらい夜のとばりに包み込まれた。戦争のせいで灯りはずいぶんとなくなり、こんな街中でも、星はさんぜんとまたたいた。この星空がふたたび見えなくなったときが、ぼくらの復興のあかしになるんだろうか。太陽によって魔法がとかれたメイは、月と星のやさしいひかりのなかで、ただただ感情を吐き出しつづけ、ぼくはそれを聞きつづけた。


 メイはしゃべった。しゃべって、しゃべって、ただただひたすらにしゃべりまくって、そのことばが怒りから悲しみになり、そして優しさに変わるその一連のメイの言葉を、ぼくはずうっと聞きつづけた。


 そのあいだ、ただのひとことも挟むこともなかった。


 そんな必要、どこにある?


 やがて涙がとまり、ベンチに座ったメイは、ひとつ、おおきく息をすいこんだ。


 涙とともにすこしずつ小さくなっていった彼女の体が、すっとのびあがり、ぼくを見つめる目にはちからが浮かんでいた。


「ごめんなさい、ユウタさん」


 謝ることなんてないよ。

 そう、ぼくは答えた。


「いいえ。謝罪は受け取ってください。そして、ありがとうございます。正直にいえば、あなたの言葉をかんぜんに受け止めきれてはいません。あなたの言葉が間違っているとも思います。だって、それを納得してしまったら、いろいろなものがわたしから消えてしまう気がするからです。でも、否定できないじぶんが、ここにいます」


 メイはゆっくりとぼくの手をほどき、涙にぬれた自分の顔を拭った。みっともないところをみせてしまいましたね、と手のひらから現れたメイの顔は元の笑顔だった。


「警察にいくのは、保留にします。それは、うん、ユウタさんに引き止められたからです。だから、おまわりさんにおこられたら、ユウタさんの責任にします」


 そういって、いたずらっ子のように、ふふふ、と笑った。


「ユウタさん。今日、あなたをお呼びしたのは、調査を手伝いたいからです」


「調査?」


「まだまだ未解決の事件はたくさんありますよね。わたしも真実が知りたい。武里教授の事件、佐倉さんのお友達のこと、そして真壁先生の件。なんでこんなことが起きているのか、それをわたしはしりたい」


 メイは自分のてのひらに視線を落とし、握ってはひらくという作業を続けた。


「終戦後、みんなが怒っている様子を間近で見てきました。もしかしたら、怒っているというよりは、怖がっているだけなのかもしれません。戦争なんて2度と経験したくありませんから。でも、いま起きている事件はそれとは違う気がします。勘ですが、その後ろ側に別のなにかが潜んでいるような気がするのです。もともと調査は手伝うつもりでした。いまはそれだけじゃありません。思いっきり泣いてしゃべって、いまのわたしの感情のタンクはすっかりからっぽです。だから、ひとの感情のことも受け入れられるような気が、いまはしています」


 それに、とメイは続けた。


「真壁先生が、わたしのせいであの事件に巻き込まれたなら、わたしは償いをしなければなりません。そのためにもじぶんの手で解明したい。ユウタさん、協力させてください」


 もちろんだ。2週間に起きた事件のおおくはまだ解決していない。メイのちからを借りられるなら、それは願ったりかなったりだ。


 その言葉を聞くと、彼女は嬉しそうに顔をほころばせた。でも、そのあと、「うーん」とひとつうなった。


 どうしたの?

 そう聞くと、メイは恥ずかしそうにいった。


「ひとつ交換条件です。協力をするので、泣いたことは黙っておいてくださいね」


 女の子は花のかんばせに、恥ずかしそうに笑顔を浮かべ、ぼくに顔をぐいっと近づけた。


 これは勇者のお話だ。リンカと、そして、メイのふたりの勇者の。

 そしてふたりは勇者ではなくて、これからふつうのひととして暮らしていくことになる。ふつうのひとになるための、そんな前日談だ。

今回で、長く続いた「勇者さん、お断り」は終了で、次は第3話「独裁者さん、お断り」になります。


物語の合間に作者が出てきて、あーだこーだというのは横紙破りな気もしますが、ちょっと解説がてらで書かせて頂きます(物語には関係のないので、興味がなければ、もちろん、読み飛ばしてくださいね)。


本作は全部で4話を考えています。起承転結で申し上げれば、この話は「承」にあたります。小説に複数のテーマを盛り込むのはいかがかとも思いますが、大きなテーマのための伏線をばら撒きました。第2話で取り上げながら回収をしなかったいくつかは、以降で絡めていく予定となります。


全4話、と申し上げましたが、もっと大きな枠で言えば、前半と後半の2つにわかれます。前半、つまり、「魔王さん、お断り」と「勇者さん、お断り」は、主人公たち英雄の終戦の話を意図していました。どちらもハッピーエンドではないので、お気に召すものではないかもしれません。ただ、お話を考えていく途中、彼らの英雄的な要素を排除しなければ、彼らが幸せになれないのではないか。そんな思いにいたり、彼らに手痛い思いをしながらも、今と向き合ってもらおうというのが、執筆の意図でもあります。


では後半はどうなるのか。バトンタッチです。佐倉ユウタ視点は変わりませんが、本質的な主役たちは変わります。戦争が終わってもいつまでも英雄たちが主役なはずはありません。彼らに守られ、終戦後は辛く当たってきた普通の人たちが主役になります。復興に前向きに進む人たち、過去に囚われて踏み出せないで思い悩む人たち、過去にしか生きられない人たち。そんな人たちを中心に、終末戦争後の世界をこつこつと書こうと思っています。

おいおい、そんな風呂敷を広げて大丈夫なのかと自分でも突っ込みたくはなりますが、宣言をしないと、ふわふわしそうなので。


ついでに、第2話の言い訳もしておきたいと思います。すさまじい数の事件が起こり、みなさんを大混乱させたことでしょう。正直、作者自身も意図していない登場人物の行動、事件がたくさんおきました。なかでも想定をまったくしていなかったのが、メイです。作家笠井潔は推理小説は議論には最適である、ということをおっしゃっていましたが、私はメイに主人公との議論をさせるための登場人物として登壇をさせました。


しかし、回を増すにつれ、彼女について、語らないという選択肢がなくなっていきました。リンカだけの締めであれば、72回の「世界平和に不都合なリンカ」はある程度、構想に沿った形になったのですが、しかし、メイはそれでは終われません。執筆で苦しんだのは、このメイのお話をどうするかでした。そしてこのキャラクターこそ、一筋縄ではいかなかったのです。彼女はいささか歪んでいます。そして彼女が戦っていたのは魔王軍だけではない。だから、完全に終戦を迎えることのできていません。結局、この第2話のなかで彼女がほんとうの意味で彼女の終戦を迎えることはできませんでした。しかし、それはひとつのよいとっかかりにもなったような気もします。


第3話以降はもうすこしお話はシンプルに進みます。そして、この「世界平和に不都合なぼくたち」の物語が完結したときに、ようやくメイの終戦となるような気も、作者にはあります。なので、彼女は残りの半分の物語、佐倉ユウタの議論の相手として、登場をしてもらうことになるでしょう。


さて、第3話は独裁者をテーマにしています。戦後の混乱期に独裁者が現れることはままあります。これがどのようなかたちになるのか。構成はできているのですが、どうにもまた、ほうぼうに話が飛びそうです。よし、執筆頑張るぞ!


次にこのあとがきでだらだらと書くのは、きっと第4話が終了したときでしょう。

この駄文も含めて、お読みいただき、ありがとうございます!

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