第70回 世界平和とただの脅迫者
蕎麦屋さんの女のひとからえた異世界人との共存を考える会の情報は、ふたつある。どっちも重要だ。とくに創立者の名前はいくつものできごとを結びつけるかぎだった。武里優子さんの名前が、復興対策本部の資料からことごとくけされてしまったのかはわからない。でも、考える会と武里家が優子さんというかぎでイコールになると、ぐーんと存在感を増すのが週刊現世界だった。
考える会から情報をもらってぐんぐんと急成長を果たした。
その大恩ある会代表の配偶者、武里哲郎教授のスクープをすっぱ抜いた。
あいだにあるのは、武里優子さんの失踪だ。前後になにがあったのかを考えれば、おのずとひとつの可能性が出てくる。現世界のあせりだ。
でも、ネタもとを失っただけでそんなにあわてるのだろうか。長浜編集長がアイノースの戦争犯罪のネタをいつ、どこで手にいたのかはわからない。でも、すくなくとも、つぎに戦うあいてはみつかりつつあった。
だったら、それでいいじゃない。
なのに、なんで脅迫状をおくったんだろう。
もちろん、なにか行動を起こさせて、証拠をつかむためのさそい水なんじゃないかとかんがえていた。でも、なにか違う。なんかおかしい。そんなことで、脅迫状なんておくるのだろうか? ほかにもスマートな方法はいくらでもあるとおもう。
そんなぼくの疑問をひもといたのが、あの女のひとから聞いたもうひとつの情報だった。それこそが、現世界の評価を根底からひっくりかえす、最後の一手になる。
※ ※ ※
武里優子の名前を聞いてから、長浜編集長はかんぜんに落ち着きをなくしていた。
佐倉ユウタ、おまえはなにを知っているんだ?
きっとそう聞きたいだろう。でも、その質問を口にして、これまでひたかくしにしてきた事実をつまびらかにされることを、彼は恐れている。すべてがくずれおちてしまうことを恐れている。亡き父親が築き上げた「週刊現世界」という会社を、じぶんがなくしてしまうことをなによりも恥じて、恐れている。
世界は崩壊しなかった。
魔王という存在は消えた。
でも、長浜編集長の半径10メートルもない、このちいさな世界は、いままさに崩壊しようとしていた。
世界を救った英雄が、じぶんのくびもとにてのひらを押し付けてくるなんておもっていなかっただろう。
彼にとって、これは終末戦争だった。自分で構想して、ペンをとって仕掛けた。でも、おかしいな、その登場人物に佐倉ユウタはいなかったはずだ。なんでお前がここにいる? なんで俺の目の前に座っている? 長浜編集長の頭のなかではきっとそんな思いがいったりきたりしていることだろう。
ぼくだってわからない。いや……それはウソだ。ぼくにはわかっていた、ここいる理由が。
かれの沈黙は肯定だ。
それにみとめようがみとめまいが、武里優子さんが異世界人との共存を考える会の創立者で代表だったことは事実だ。ただ、それは最後のオセロのコマをひっくり返すきっかけでしかない。
白から黒へ。
ぼくは最後のコマへと手をかけた。
「なぜ、大恩のある異世界人との共存を考える会に、脅迫状という形をとったのか。なぜアイノース単独ではなくて、武里教授に脅迫状を送ったのか。それはあなたの保身、現世界の保身のためだったんですよね」
「保身」
かれはぽつりとつぶやいた。
「俺が作ってきた雑誌の、保身?」
「はい。長浜さん、現世界が続けてきた異世界人Aの手記、あれは途中からすべて創作だった。そしてひもづくように、異世界人関連の情報ソースは、考える会ではなくなり、その多くがでまかせになっていた。そうですね?」
「ちがう! で、でまかせなんかじゃない! あれは、俺たちの取材の結果だ。取材をしてかき集めたネタなんだ!」
「あなたは、おそれたんだ。考える会と関係が途切れ、いつの日か、この事実が明るみにでることを。でも、会は解散、情報がもれることもなかった。安心したことでしょう。なのに目の前に、異世界生物との共存を考える会が現れた。さらにこの復興対策本部の悪行をうったえるビラをばらまいていた。もしあの会の後継団体だったら? 武里優子が戻ってきたなら? 週刊現世界のほんとうをばらされるんじゃないか。そう考えてもおかしくない。だから、脅迫状を送った。ビラとおなじ名前で。武里優子さんが後継団体に関わっているならわかる。写真という担保もある。口止めになる。もし彼女がいなくても、ただの過激な書面ですておかれるだろう。もし、なにか行動がおきたら、めっけもんだ」
ぼくはいっきにまくし立てた。編集長は魂がぬけおちたように、ぼくへ虚ろな視線をむけていた。
「違いますか、長浜編集長」
「証拠は?」
彼はか細く、肺にわずかにのこった空気をしぼりだすような声で訴えた。
「証拠はあるのか?」
「証言者がいます。異世界人との共存を考える会の関係者です」
「モンスター不正売買の件、それに脅迫状をおれが送ったという証拠は?」
「ありません」
「なら、おまえの推理はほとんどがでまかせだ。世間はきっと信用しない」
くっくっく、と長浜編集長は無理やりに笑おうと声を発した。
「残念だったな、名探偵さんよ。証拠がない情報をだれがしんじる? 仮にその関係者の証言があっても、異世界人がらみの記事のソースが、関係者の声ではなく、地道な取材によるものだったといってしまえば、それで終わりだ。ちがうか?」
「そのとおりです」
「残念だったな。最後の最後であんたの手から、俺はするりと抜け落ちたんだ、ざまあみやがれ、佐倉ユウタ!」
そう、そのとおりだ。ぼくには証拠がない。状況証拠と、たくましくふくらませた想像力だけなんだ。法治国家である日本で、証拠もなにもないのに、立証できる? そんなの無理だ。法治の名のもとに、想像力だけではひとはさばけない。でも、法のもとにどれだけさばかけるきっかけがあるとおもう?
ぼくも、かえでも、エリカも、リンカも、メイも、わかっている。世の中が、うわさとイメージという社会の名前のもとにさばかれていることを。
そう、だからこそ、ハッタリだ。ぼくはホームズじゃない。むしろ次の一手で、ワトソン博士の立場でもなくなるのかもしれない。
それでも、仕方ない。
「証拠はありません。でも、あなたは終わりです」
「なんだと?」
「この情報は、もう拡散する準備ができています」
ぼくはモバイル端末を取り出した。
「この端末のボタンを押せば、知り合いの編集者にこれまでの話しが届きます。そのひとから、各種マスコミに情報を流すよう、すでに指示もしています」
「そんなことを誰が信じる? だれが信じるというんだ、ええ?」
「情報の発信者を、佐倉ユウタとして出します」
このときの、編集長の顔をどう表現していいのだろうか。ぼくにはわからない。いっしゅん、彼の思考はぴたりと止まったと思う。佐倉ユウタとして出す。その情報がうまく把握できなかったんだろう。あんぐりと口を開き、ぼくの顔を刺すように見つめ続けた。
「おまえ、それは、本気なのか?」
「ええ。本気です」
「ただのおどしだ。お前にそんなことが……」
しかし、彼は次の言葉をつづけられなかった。覚悟を決めた人間の顔を見誤るようなひとじゃない。すくなくとも、ぼくに迷いはなかった。長浜編集長は、精神力を使い果たしてしまったかのようだ。急に体の重さにたえきれなくり、ソファーの背もたれに体を沈めた。
「英雄、おまえは現世界の記事はでまかせだと知らしめて、アイノースを救おうとしているのかもしれない。ただな、お前の目の前にあるその記事はほんものだ。アイノース航空隊は犯罪行為をした。その事実すら、けむに巻こうとしているのか? おまえの正義は、それでいいのか?」
彼の言葉は、うん、この記事を読んでから、ぼくのこころを去来していたことだ。
この事実はメイも認めたことだ。アイノースとして、正式な判断が下される。まだ公開されていない雑誌ではあるけれど、アイノースもすでにこのことと覚悟を決めていた。だから幕僚長の会見をひらく。そのタイミングで、ぼく名義でこのニュースを流すことにどんな意味があるのか。
それも、わかっている。
ぼくはやかましい音楽に合わせて踊っていた。
名探偵になれると思って、夢中になってこの2週間、狂騒の音楽に合わせて踊っていた。
がんばったよ。ものすごくがんばった。
でも、がんばればがんばるほど、がんじがらめになっていった。そしていまやったことは探偵の役割じゃない。ただの脅迫者だ。ぼくのなかをあけみさんの言葉がめぐる。「なんでもできると思ったらあかん。ひとには役割がある。それを見つけて責任まっとうすることも難しい」言葉が、めぐる、めぐる、めぐる。
だったら、ぼくはどうしたらよかったと、おもう?
ぼくは長浜編集長の問いかけに、答えることができなかった。
メイはそんなぼくの横顔を、無表情にみつめていた。




