第7回 世界平和と奇妙に残った世界のルール
世界はいろいろなものが壊れた。
有形無形問わずだ。
世界崩壊が免れて、そのなかで真っ先に対応の手はずが整ったのが、転生による異世界からの来訪者への対応方法だ。
とはいっても一般のひとのやることはシンプルだ。なるべく近づかない。関与しない。転生のおそれがある人物が現れたら、即座に政府、警察に通報する。これだけだ。あとはその人たちに任せておく。
そうして忘れることだ。何事もなかったように、日常を続けることがとても大事だ。
転生が発覚したのはもう十年も前になる。
きっかけはとある発明家だった。天才的な工業デザイナーで、彼が作り出した商品は人類の文明レベルを百年早めたという評価をされていた。設立した会社はあっという間に世界屈指の企業に成長した。彼の作った商品は、毎年必ずブームになるほどのすごいひとだ。
でも、ある日、テレビ出演の時に突然、こういった。
「わたしはこの世界の人間ではないのです」
勿論、冗談だとだれもが思った。でもそれから彼は繰り返して「異世界からきた」「転生をした」「私は特別ではない」と話すのだから、これはよからぬ宗教にでもはまったか、精神的な疾患か、と世間で話題になった。
そりゃあ、そうだろう。その時小学生で、ファンタジーが大好きだったぼくでも変なひとだと思っていたんだから、大人から見たら滑稽だろう。
でも彼は熱心に「以前の世界」について語った。奇妙な言語も操った。不思議なことに、その全てが一貫していて、話す言語についても規則性があった。
奇特な言語学者が調べたら、世界のいずれにも存在はしないけれど、文法や単語は極めて精緻であることが判明らしい。
それでも世間は一種の都市伝説としか見ていなかった。天才という言葉はとても便利だ。ダヴィンチだって、鏡文字を使っていたじゃない? 彼はそのもっとすごいバージョンなんだって。
けれども、それは何の嘘も偽りもなかった。
そのうち世界中で「ぼくも、わたしもそうだ」と声を上げ始めたのだ。
それがにわかに真実味を帯びたのは、とある発展途上国の少年がこの発明家と同じ言語を話し、同じような歴史を語り出したからだ。それも発明家の国と争った別の国の視点で。合致の度合いが高いから、世界中は転生の話題で持ちきりになった。
どこかの国では神様みたいに扱われたし、どこかの国では転生者の血を吸うと自分も転生できるというぞっとしないうわさも流れた。虚実入り混じった出来事が続き、いっときの流行りではなく論議を巻き起こしていた。
それがある時、突然と病名が付けられ、世間の関心はぴたりと治った。
「病気に苦しんでいるひとがいるのに、面白おかしく騒ぎたててはいけない」
きっとそんな意識が働いたのだろう。もしかしたら、政府が作為的に操作していたのかもしれない。政府陰謀説がもしかしたら、ほんとうなのかもしれない。なぜならその3年後、転生が事実ということは最悪の形で世の中の常識となったからだ。
魔王がこの世界に転生してきたんだ。