第69回 世界平和と壺中の天
「確認だと?」
ぼくはうなずいた。できればもっと情報を集めたかった。でも、もうおそい。ぶつけるしかない。ぶつけて、長浜編集長の答えから、ほんとうを探る。あとはハッタリだ。得手不得手のあるやりかただけど、あとには引けない。
だって、ぼくの推理がただしければ、あの記事ががんらいハッタリなんだから。
「モンスター不正売買の記事は信ぴょう性がまるっきりないとおもっています。それはいちぶのマスコミも指摘しているのは、ご存知ですよね」
それは事実だ。
戦争犯罪の議論が加熱する前、マスコミ、ジャーナリストは記事自体がデタラメの可能性がある批判していた。時勢にのってアイノースの御用媒体なんて揶揄されていたけれど、冷静に考えればとうぜんだ。証拠は1枚の写真だけ。それでおしまい。だれだってくびをかしげたくなる。
もちろん、十分に疑惑を持たせるだけのものだった。なによりも決定づけたのは、武里教授の自死だ。じぶんが犯した罪の重さにたえきれずに命を絶った、というすじ書きが世間のひとたちには受け入れられた。だからほら、やっぱり現世界の記事は真実だったんだよ、ってね。
ほんとうだとおもう? 教授の本心は、いまとなってはわからない。ただ、死をもって世間からの疑念を確実にしてしまったんだ、きっと無念だろう。
でも、結局それは状況証拠でしかない。
「あの写真だけでは、アイノースや武里教授が不正売買にかかわっていた証拠にはなりません。記事では、ブローカーの過去の犯罪歴と、組織での役割について書いていますが、写真が不正売買の現場を押さえたものだっていう証拠はありませんよね」
「だからなんだ」
「え?」
「モンスターのブローカーと、日本におけるモンスター研究の第一人者の武里が密会をしていた。あの場所がどこかわかるか? へんぴなところにあるアイノースの倉庫の一角だ。いけばおのずとしれるが、関係者ですら、やすやすとはわからないような場所だ。ふたりの共通項、場所。証拠としては十二分だ。ちがうというなら、写真がなにをしめしていたか、おまえのほうこそ、説明できるのか?」
痛いところをつかれた。ぼくにはできない。
編集長がいっているのは、立証責任ってやつだ。
彼の答えは論点のすりかえではある。でも、写真が「不正売買の現場ではない」という証拠をぼくには持ち合わせていない。裁判だったらスゴスゴと引き下がらなければいけないんだろう。でもおあいにくさまだ。これは裁判なんかじゃない。ハッタリは有効だ。押し込むことがだいじだ。
「今のいいようだと、つまり、状況証拠しかないと認めたといえますね」
「ざんねんだな、ほかにも証拠はある」
「それを見ないかぎり、状況証拠だということはくつがえりません」
長浜編集長は声に出して高らかに笑った。「ここで出すわけがないだろう? 俺の切り札だ。出しどころは俺に決定権がある。ざんねんだな、名探偵」
取り逃がした。
それでも、盤面の空気はかわった。
確実にはにぎれなかったけれど、見立てはあながちはずれてはいない。このスクープは1枚の写真から長浜編集長が想像たくましくしてつくりあげた、おとぎ話の可能性が高い。
ただ、そうだとしても疑問がのこる。
「どうして、写真はここまでなんですか」
「ここまで?」
「なぜ追いかけなかったんですか。これだけのスクープなのに、詰めがあまいんじゃないですか?」
長浜編集長の言葉がつまった。「くだらねえざれ言だ」とうそぶくと、胸ポケットにつっこんでいたタバコをくわえ、くゆらせる、という一連の儀式に、ぼくの頭のなかでなにかがささやいた。
ここだ。考えろ、考えろ、考えるんだ! ぼくの脳みそがぐるぐると急激に回転をはじめた。仕事ぶりを否定されて、冷静でいられるタイプにはおもえない。なのに、ひょう然としているのは、これがひとつのネックなんだろう。
考えろ、なぜ、状況証拠だけで終わらせた? どちらかを追いかけたらいい。ブローカーのほうは海千山千でむずかしいかもしれない。でも武里教授はただの大学教授だ。追跡はたやすい。それにジュラルミンケースも彼がもっていった。尾行がセオリーだ。
でも、そうしなかった。
いや、できなかった?
写真の場所はくわしくしらない。聞く限りはへんぴな場所なんだろう。だったら車でいくのがふつうだ。移動手段はあった。もしくは、妨害された? それも違う。それなら、かっこうのネタだ。
現世界がこの写真を撮影した場合、考えれば考えるほど彼らの行動と、写真の存在には矛盾があった。
なら、考えられることはひとつだ。写真は別の誰かが撮影した。それが長浜編集長、ひいて週刊現世界にわたったということだ。
タレコミ。それも匿名の。
でも、おかしいのは写真の扱いだ。タレコミならふつうウラを取る。あやしげな情報ならなおさらだ。でも、できなかった。相手がわからなかったからだ。それでもなお、この写真は魅力的すぎた。会ってはならない正体の知れたふたりの写真は、スクープを渇望する彼へ雄弁に妄想を語りはじめたんだろう。思わず耳をかたむけたくなるような、悪魔の、甘美なささやきだ。
「質問を訂正します。追いかけなかったんじゃない。提供されたのがこれしかなかった。違いますか?」
長浜編集長は答えなかったが、表情にかたさがうかがい知れる。
「この写真は、現世界に持ち込まれたタレコミ情報なんですよね。それも匿名の。ふだんならネタもとのわからないものなんて、捨ておく。だけど写真を前にして、その魅力に身もだえた。使いかたをまちがえなければ、大スクープ確実だ。あなたは証拠をつかむためにがむしゃらに取材したのでしょう。それでも、なにもつかめなかった」
「この世界にはある話だ」
「認めるんですね?」
「ずっと、ちがうとはいっていない」
隠せなくなったように、口調にいらだちをにじませはじめた。「おい、英雄。いいたいことははっきりいえ。てきとうな御託をならべて、なんの関係がある?」
「てきとうじゃありません。重要なことです」
すぐに切り返す。自信ありげに、だ。もちろんてきとうで突破できる相手じゃないことぐらいじゅうぶんにわかっている。ぼくのリズムにのせなければ、しくじる。でまかせでも十二分に注意を払うべきだ。
「証拠をつかめなかったら、どうしますか?」
「よくできたでまかせだとあきらめるさ」
「それはウソです」
「なに?」
「ふつうの週刊誌記者ならあきらめずにときを待つんじゃないでしょうか? でも、ふつうじゃない、特ダネを希求する記者は、とっぴょうしもないことをする」
ぼくの脳裏にうかんでいたのは、あの記者のことだ。優秀な編集者が、いちるののぞみのために手を出したあのやり方だ。
罠をはる。
火事だとウソをついて、あいてがかくした秘密を持ちださせる、そんな罠だ。つまり。
「武里教授に脅迫状をおくりつけたのはあなたですね、長浜編集長。あなたは異世界生物との共存を考える会をよそおって、悪事をバラすという内容で、ゆさぶりをかけた」
メイが、おもわずぼくに視線をむけた。まるで奇妙な現象を目の当たりにしているようだ。そのいっぽうで、長浜編集長は答えない。ぼくの持っている弾丸を探るように、顔をわずかにふせ、うわ目にぼくの顔をのぞき込む。
「脅迫状だと? なんのことだ」
「これです」
そういってぼくはモバイル端末に保存したアイノース宛ての脅迫状をみせた。
「あなたはこの団体をいつわってアイノースに送った。違いますか」
「御託は、もうたくさんだ」
編集長はとつぜん立ちあがり、怒りに燃える目で、ぼくらを見下ろした。「妄想を聞いている時間はない。さあ、帰れ!」
ぼくは、あえてその激昂に反応しなかった。確信があったからだ。
ビラと脅迫状をなんども見比べた。内容の過激さはいずれもかわらない。でも、違和感があった。なぜ異世界生物との共存を考える会はビラで広い範囲に自説を訴えるかたわら、企業を脅迫したのか。どうしてもそこの論理がつかなかった。その違和感に、答えが潜んでいる。そう、おもっていた。
動かなかった。
ただ静かに彼を見つめるだけ。
それだけでじゅうぶんだ。
彼の想像力とイメージは、むくむくと目の前にいるぼくを肥大化させていく。暴力におびやかされた時代にいただれも彼もが、いまでも、暴力という恐怖にさいなまれている。編集長がみているのは、人類最強といわれたぼくの影だ。卑怯だろうけれど、ぼくは、ぼくに与えられた呪いともいえる強烈な武器を使っている。使えるものは使わなければ…………心臓が、痛い。
まただ。
時々、心臓をまるでなにかがぐにゃりと遠慮もなくつかむ感覚がある。
ぼくは痛みを誤魔化すように、少し前かがみになって、目の前にいる、武器やちからを使わないでたおさなければいけない相手をねめつけた。
「違うんですか?」
ぼくの押した問いかけに、強烈なイメージの暗い檻から抜け出した長浜編集長は、ほんとうのすがたにとまどうように、はげしくまたたきを繰り返した。
「あ、あたりまえだ! ば、ばかばかしい。なにを根拠にいっているんだ」
「しびれを切らせたあなたは、武里教授に動きがあることを期待して、脅迫状をおくった。ぼくはそう考えています」
「英雄がくだらない御託をいけしゃあしゃあとよくいえるな!」
「ええ。証拠隠しに走らせるために、おくっただけなら、ただのくだらないことです。でもあなたのもう
ひとつの目的は、もっともっとくだらない」
「……なんだと?」
「脅迫状を送った理由はもうひとつあった」
現世界のいちばんの武器であり、いちばんの弱みがその理由だ。「異世界人との共存を考える会。週刊現世界にとって、もっとも重要な情報源です」
ひゅっと、おおきく息をすう音が聞こえた。伏しがちだったかんばせをあげ、長浜編集長の視線は問いかけるようにぼくへと注がれた。なぜ、それを? そんなことをいいたそうな様子だ。ぼくはかまわず、つづけた。
「会の代表は終末戦争のさなか、行方不明になった。いまはたぶん、異世界人との窓口はなくなって情報がとれないんじゃないですか? やっきになって接触しようとした。でも、だめだった」
長浜編集長の視線がせわしなく、左右に揺れはじめた。異世界人との共存を考える会の名前を聞いてからこっち、ずっと、そうだ。
現世界の状況はよくない。ぼくはそう思っていた。
いちじはもてはやされたし、その効果はいまでもある。でも、終末戦争っていう危機のなかだから存在できたうつろな存在は変わらなかった。
魔王なんて冗談ような厄災がしりぞかれ、秩序と政治の世界では、ただ粗末な思想を振りかざす言論雑誌でしかない。
時代を読むちからはだいじだ。
でも現世界にそんなちからはない。意図せず、波に乗ってしまった。
むかし、ぼくがうまれるずっと前、冷戦時代というものがあったらしい。ものすごくいびつなたたかいだ。ふたつの大きな国が、直接たたかったら大変だから、かわりにいろんな国のたたかいにちょっかいをだしては、覇権をあらそっていたんだって。めいわくな話だ。ほかの国はふたつの大国との距離をたもって、そろりそろりとわたり合っていた。そんなときに活躍したジャーナリストもいた。憎悪と主権をあらそうごちゃごちゃの世界を、物語のなかで表現した作家もいた。
じゃあ、冷戦が終わったら、彼らは行先を失ったのだろうか。もちろん、そんなひともいたらしいけれど、おおくのひとはあたらしい問題に向き合ってたたかった。いっぽんのペンで、変えられる未来があるって知っているからだ。
でも、現世界はちがう。
戦っていたつもりが、しきりに送られる拍手の音にあおられて、彼らの雑誌は壺中の天にぷかぷかと浮かんで空中ブランコを披露していた。
ほうら、ごろうじろ。
それでも終わりはやってくる。戦争の終わりが、かれらのつぼを粉々にくだいた。万雷の拍手を支えていたパートナーはいつのまにかすがたをくらませた。つぼのなかよりも広い世界のなかに、現世界はぽつねんと放り出された。そして、あの満員御礼のサーカスの幻影をいつまでも惜しがった。
演目が終わって日常へと帰ろうとするお客さんをおんなじステージに呼びこもう、熱狂させよう。その思いにとりつかれた。
だからかれは思わず叫んだ。
ショーの花形だった巨象をまっぷたつにしてみせましょうって。
象だってびっくりだ。まじ? ごほうびのご飯は?
でも、象には言葉がないし、団長兼マジシャンは冷静さなんてどこかにおきわすれてしまっていた。長浜マジシャンは、じつはもう、狂気に蝕まれながら、ぎらぎらと笑っていた。
ごらんください、象がまっぷたつに!
そう叫ぶフロントガラス越しの彼の顔は、あの編集者とまったく同じだった。
そんな狂気の喧伝のなかで、かれのてもとに届いたものがあった。
「ある日、1枚のビラをみつけた。そこには異世界生物との共存を考える会とあった」
ぼくはカバンからマンションに投函されたビラを取りだした。いちばん下にかかれた名前をゆびさす。
「ふつうの名前です。きっとふつうのひとはいちど聞いたくらいじゃ記憶にも残らない。でも、あなたはそうじゃなかった。意識をそらすにはあまりにに過ぎているし、まるきりわすれてしまうにはあまりに惜しい名前だった。あなたは考えた。考える会が別名で活動をはじめた。彼女がもどってきたんじゃないか、って。それはあなたにとって、吉報でもあり、凶報でもあった。だから、武里家に脅迫状を出した」
サーカスのパートナーが、自分の知らないところで、別の名前で活動をはじめた。けっしてサーカスを邪魔しようとしているのでもない。でも、そのパートナーには、自分の秘密がにぎられている。そんな状況で、平静でいられる?
指にはさんだタバコは身を灰に変え、口元からたれ下がった。
それははじめてみる、長浜編集長の驚愕の顔だった。
おまえ、知っているのか? まるでそういわんばかりの、表情だ。
うなずいた。
知っている。
ぼくがひっくり返したオセロのコマには、こんな名前が書いてあったんだ。
「異世界人との共存を考える会の代表は、武里教授の奥様で、行方不明になっている、武里優子さんですよね?」




