第64回 世界平和とたったひとつのウソのつきかた
目のまえには地図がある。「異世界生物との共存を考える会」のビラが投函されたエリアの地図だ。なぞの人物のすがたがわかったのだけれど、この地図がとても重要に思えてならなかった。それはぼくの考えを裏付けるための重要なことなんだ。
ものすごくシンプルにいえば、「ビラ」と「アイノースに送られた脅迫状」がおなじ発信者にかかれたものだってとても思えなかった。
最初にメイが見比べたときも、ふたつは内容は似ているけれど、言葉使いが違うような気がすると言っていた。
でも、そんな違いじゃない。あからさまに違っている。おなじ署名が入っていなければ、まったくの別と考えてもおかしくない。
いや、まったくの別、というより、どちらかがどちらかをマネたものじゃないか、というのがぼくの考えだ。
投函者も重要だけど、どっちが先か、のほうがいまは知りたい。
たとえば、ビラが先だったらどうだう? そのビラをうけたひとが「こいつはいいや」と拝借してアイノースへの脅迫をはじめたのかもしれない。
脅迫状が先だったらどうだろう? それなら、うけたひとたち、つまりアイノースの関係者が「これは使える」と思ってあのビラを配布しだしたのだろうか。
普通に考えれば、ふたつめの方が正しいような気がする。
それは「脅迫状のアリバイ」だ。
うん、使ってみたかったんだ、アリバイって言葉。
地図をにらめっこしていたとき、メイは3つのエリアを1日目、2日目、3日目っていっていた。ぼくのエリアは3日目、先週の月曜日になる。その2日前ならば土曜日だ。
武里ケイコの事件に脅迫状がからんでいる、とメイが推理をするんだったら、事件の起きる前に届いていなければおかしい。武里ケイコの事件はビラ配布の1日目、つまり土曜日より前、木曜日だ。だめだ。完ぺきにひとつめの案とは矛盾している。
でも、ぼくはどうしてもひとつめのアイデアが捨て切れなかった。メイの調べた範囲では3日分しかわからなかったけれど、もしかしたら、他のエリアでも配られていたものかもしれない。
?月??日(?) アイノース、武里教授への脅迫状
7月12日(木) 武里ケイコ事件
7月14日(土) ビラ投函1日目?
7月15日(日) ビラ投函2日目?
7月16日(月) ビラ投函3日目、ぼくのマンション
7月17日(火) メイ、脅迫状持参
このめちゃくちゃふんわりとしているけれど、「脅迫状のアリバイ」は火急でしらべなけくちゃ。でもいまはメイにも連絡がつかないし、どうしたらいいだろう? 念のためにメイに電話をしてみたけれど、やっぱりダメだった。つながらない。
ナナミさんたちなら、インクの乾き方とかでつくられてどれぐらいたったものとかわかるかな? ほら、炭素ナントカをつかって。だめか。
手詰まりだった。式はあるのに、解法がわからない。
それに、ぼくにはやらなくちゃいけないものもあった。
そのためにナナミさんたち復興対策本部のちからも借りているんだから。
※ ※ ※
ぼくが家につくと、となりのドアの影から、エリカがひょっこりと顔をのぞかせた。
「ユウタ! 見てみて、カギを取り替えてもらったよ」
そういって、キラキラとひかる真新しいカギを、うれしそうに見せた。「複製がしにくいカギらしいから、なくさない限りはだいじょうぶだってさ。こっちの技術はすごいね。なんかカギに丸い半円がぽつぽつ開いているよ。ふしぎ」
すっかり忘れていた。カギを取り替えをお願いしていたんだ。モバイル端末を立ち上げて履歴をみてみると、たしかに見覚えのない番号からの連絡があった。ばたばたしていて見落としていたけれど、ちょくせつ来てくれて、取り替えをしてくれたらしい。
「お金はだいじょうぶだった?」
「万が一のときのためのお金を使ったよ。おかげでいまはすっからかん! 貧乏貧乏。勇者様がきっとごはんをおごってくれると思ってずっと待ってたよ」
そういうと、まるでコントロールしているかのように、エリカのおなかがぐうーっとなった。ふつうなら恥ずかしそうにするところだけど「ほらね」となぜか自慢げだ。ひもじさと寒さと恋と比ぶれば恥ずかしながらひもじさが先、なんていうけれど、なにとくらべてもエリカはたべものが先なんだろう。わかりやくていい。
「それじゃあ、ごはんをたべにでいこうか? コンビニばっかりよりいいよ」
「なにいっているんだよ。コンビニはすごい。ばかにしちゃいけない。あがめないと」
そういってエリカは柳眉をきりりと釣りあげたけれど、すぐにふにゃっとくずして「それでもたまには外のごはんもいいね。とにかくお腹すいたよ。ごはん、ごはん」
「なにがいい?」
「ざるそば!」
またか。
「ほかには?」
「天ざる!」
どうやらそばから離れたくないらしい。
「それじゃあ、すこし遠いけれど、ほのかたちといった蕎麦屋さんにしよう」
「ほんとう! 行こう! すぐ行こう!」
エリカはこおどりを始めんばかりに、ものすごくうれしそうだった。
最近、彼女はいっそうあかるくなった。ちょっと前までは毎日をたんたんとすごしていたけれど、学校がはじまってからは同い年の友達はもちろん、マンションからの行動範囲もひろげているようだ。エリカは順調に、この世界にとけこみはじめているんだ。
すこし遅い時間だったけれど蕎麦屋さんはまだ開いていた。なかにはお客さんはいなかった。メニュー表を見てエリカはうんうんとうなりながら考えていた。ぼくはカモせいろ、エリカはいくつものメニューに後ろ髪を引かれながら天ざるを選んだ。ちょっとふんぱつだ。でも、たまにはいいよね。
エリカは興味深々な様子で厨房のほうへと視線を投げている。そういえば、そば好きでもコンビニのおそばばかりだ。実際にどうやってつくるのかは知らないらしい。
「最近、帰りがおそいよね。ユウタは事件にかかわりすぎだよ」
「乗りかかった船なんだ、最後までやり通さないと気持ちがわるくてさ」
「いったいどれだけの船に乗りかかっているんだい。学校がおわっても、すぐにとんでいっちゃうしさ。わたくし様はごふまんですよ。ユウタといっしょに帰りたい」
木のいすの背もたれに寄っかかって、魔王様はごふまんそうにむくれてみせた。
「でもその代わり、ほのかとは仲良くやっているんだろう?」
「それとこれとはちがう。でも、ほのかはとっても、とーってもいい子だよ」
エリカの毎日の報告は大抵がほのかとのやりとりだった。年の近い同性の友達というのはエリカにとってははじめてだったんだろう。でも、聞いている限りはとんでも道中だ。もともとが王族だし、異世界人だ。生活力はもとより、いろんな常識がすっ飛ばされているのだから、ほのかもさぞやびっくりしているだろう。「エリカちゃんはどこかのお姫様?」と聞かれたことがあったそうだ。エリカはけらけら笑っていたけれど、それってけっこうまずい状況だったんじゃないだろうか。もうすこし、エリカのケアをしないと。
「そういえば、コンビニの店長さんから聞いた。ユウタに万引き犯の話をしたらすごく驚いていたって。悪いこと言っちゃったのかって気にしていたよ」
「そんなことないよ。むしろすごく助かった。復興対策本部と、アイノースの運命を左右する事件のカギを握っているんだ、異世界人との共存を考える会は」
がちゃん! とするどい音がした。
振り返ると若い女のひとの足元にはそばとどんぶりが落ちて散らばっていた。揚げたてのからりとした天ぷらやネギの青々しさ、かおり高いそばつゆが床にひろがって、ものすごくもったいない風景がそこにはあった。ああ、おそばが! とエリカは絶望にみちた声をあげていたけれど、それよりもなによりも、女のひとの蒼白な顔がぼくの目にはとまっていた。
「す、すみません。いま片付けますので。おけがはありませんか。おめしものはよごれていませんか」
奥から出てきたおじいさんがあわてた様子で話かける。ケガはないし、よごれてもない。強いていえばおなかはすいた。魔王様はおそばの残骸を目の当たりにしてきゅうっと目をまわすようなしぐさをみせた。あいかわらず大げさだ。
でもそれ以上に大げさだったのは、その若い女のひとだった。口元をかくしたてのひらはぶるぶるとふるえている。お皿を落としたからってそこまでふるえることはない。おじいさんは女のひとの腕をつかむと奥へとひっぱり込もうとする。でも、彼女は2、3歩よろめいただけで、それをふりほどいて、ぼくらへと話しかけた。
「それはほんとうですか?」
「え?」
「異世界人との共存を考える会のことがわかれば、復興対策本部に恩がうれるんですか?」
「おい、よさないか!」
おじいさんはもの間に入ろうとしていたけれど女の人は頑是ない子供みたいにいやいやと振りほどき、ぼくに問いかけた。
「どうなんですか、佐倉ユウタさん」
「ちょ、ちょっと待ってください。恩を売るとか、いったいなんの話ですか?」
「考える会のことがわかれば、復興対策本部とアイノースの運命を左右するんですよね。かれらを救うことができるんですよね」
おい、いい加減にしないか! とおじいさんは怒鳴りつけた。
それでも女のひとの瞳にはするどく、熱いひかりが照っていた。
「あなたは、なにかご存知なんですか?」
「その前に答えてください。彼らではなくてもいい、あなたでもいいんです。わたしたちを助けてくれるのであれば。勇者様」
助けるって、そんな。そう、ぼくが答えようとしたときだった。ユウタ、とエリカがぼくを呼んだ。エリカはぼくの顔をみつめて、ゆっくりとうなずいた。まじかよ。ひと助けをすすめる魔王様なんて、聞いたことがないよ。でも、うん。
「……わかりました。でもぜったいとはいえません。それだけはわかってください」
ぼくのことばを聞くと、おじいさんがふらふらと、反対側の席に座りこんだ。てのひらで顔をおおい、深くため息をつく。女のひとはひとつ頭をさげてから、話しはじめた。
「あなたのことはニュースでお見かけします。あなたが転生者に差別的な態度をとらないことも聞いています。考える会はあなたのことを応援していました」
「考える会が、ぼくを?」
「わたしは転生者です。2年前に転生してきました。そして考える会のメンバーでした」
どういうことだ? ほのかは彼女のことをおじいさんの孫だといっていた。聞き間違いってこともある。でも、もしそうではなくて身分を黙っていたとしたら。
「もしかして、あなたは未登録者なんですか?」
若いおんなのひとは、すこしあいだをおいてから、うなずいた。
異世界転生登録、というのがある。
ものすごく正式なものだ。パスポートみたいなもので、これがないと異世界転生者は日本での権利が保証されない。エリカも前の騒動のあとに登録した。そうすれば日本では修学も就業もできる。手続きは大変だけれどね。だから、復興対策本部のナナミさんには修学のために協力をお願いしたんだ。
ただ、この法律には罠がある。ほとんど知られていないのに、未所持で逮捕されることも少なくないということだ。
そんな重要な法律がなんで知られていないのか。
立法手続きは正式にふんでいるし、法律書にも書いてある。でも立法はマスコミに取り上げられない限り、各省庁の出先機関などで販売されている冊子に掲載されていれば告知されたものになるらしい。たったそれだけで新しい法律ができたっていえるし、告知義務もはたせているんだって。もちろん政府がお金をつかって告知なんかしない。それに、マスコミもあえて取り上げようとしない。
はっきりいってしまえば、政府が世論に押されて作ってしまったいくつかある悪法のひとつだった。
知られていない理由は、悪意だ。善意の団体やひとたちが登録呼びかけの張り紙をしてもいつの間にかはがされている。あえて違法状態の転生者をそのままにして、逮捕させようとするひとがすくなからずいるんだ。
告知義務の声もあがっているけれど、いまの臨時政府にちからはないんだ。
この制度は静かに、異世界転生者のあしもとにしのびよって、がぶりと食らいつく。
「でも、申請すればすむ話です。なぜ、しないんですか?」
「この子は孫の生まれ変わりなんです」
店主のおじいさんがぼくらの席の反対にぐったりと腰を下ろし、女のひとの横顔をみつめながら話した。
「わたしの娘夫婦は台湾襲撃に巻き込まれました。音信がとぎれ、わたしは単身台湾に乗りこんでさがしました。運よくみつけましたよ、なきがらを。あんな惨劇です。見つかっただけでも幸運でしょう。荼毘にふすこともできました。そんなときにこの子に偶然であったのです。ほんとう、孫娘にうりふたつでした」
ぼたり、とおじいさんの目から涙がこぼれ落ちた。ぼたり。とめどなく、ぼたりぼたりとこぼれてそのひざを濡らした。
「思わず話しかけました。あっちこっちケガをしていましてね、病院につれていきがてら話をしたんですが、もう支離滅裂でした。でも、言葉はつうじた。異国の地で困っているだろうから台湾にいる限りはサポートをしようと思ったんです。でも、聞いているうちにわかったんです。魔王とおなじ転生者なんだって。だとしたら、娘夫婦を殺したやつらのひとりなんじゃないかと」
転生者に対して、そう思うひとは少なくない。それが、身内をなくしたひとなら、なおさらだ。それが真実ではなくても、ひとはどうしようもなくだれかを責めなければ壊れてしまうこころしか、持ち合わせていない。
「すぐに違うことがわかりましたよ。とても心の優しい子だった。でも、この悲劇のあとでは転生者というだけで、どんな目に合うかはわからない。だから、この子をわたしの孫として日本に連れ帰ったんです。幸い、女房もこの子を孫の生まれ変わりだと喜んで、この子をかくまったんです」
なりかわり。身分の偽装。これはいったいなんの罪に問われるのだろう。
異世界転生登録の未登録や不携帯は提出をもとめられ、提出ができなければはじめて違法になる。問われる前に持っていればいいんだ。だから今からでも遅くはない。でも身分をなりすましていたら、悪意を持って登録をしなかったという心証をもたれるだろう。きっと重い罪になる。
そしてもうひとつ。転生者は転生した国の法にのっとってその処遇は決定される。この女のひとは日本ではなく、台湾の法手続きを受けなければいけない。国際規定で人権が保証されているとはいえ、大惨劇のあった土地での転生者の処遇は、目もあてられない。
やさしさと希望のためについた嘘が、このひとたちをがんじがらめにしている。
「最初、佐倉さんがこの店に来たとき、戸籍の話をしていましたよね。警告なんだろう。そう思っていました。あれからずっと生きたここちがしませんでした。ようやく平和になっても、わたしらはついてきたウソでずうっと苦しまなければいけない」
「でも、それはいやなんです!」
女のひとは、おじいさんのことばをさえぎった。「わたしはおふたりに助けられました。2年間、しあわせでした。いまではほんとうの両親のようにも思っています。でも、わたしのせいでふたりを苦しめてもいる。最初のボタンの掛け違いで。たったそれだけで。だから佐倉さん、お願いです。取引です。わたしは考える会のことをお話します。その代わり、対策本部にお話してもらえませんか? わたしはただおふたりとこのお店で静かに暮らしていきたい。世界に受け入れてほしい。それだけなんです」
受け入れて欲しかった。
その言葉はエリカもいっていた言葉だ。
エリカのような強大な魔法のちからをもっていなくても、転生者ってことでいまの世界には受け入れられないことがおおい。戦いが終わって8ヶ月目だからだろうか? それとも人間はなにかを排除して、自分たちのコミュニティの強化を図っているからだろうか? それはぼくにはちっともわからない。でも、すくなくとも、ぼくの知っているひとたちだけでもなんとかしたいと思うのはわがままなんだろうか。
あの若い刑事さんのように、自分の感情だけで動いてもいいんじゃないだろうか。
「わかりました」
ぼくは答えた。「ただ、取引なら、考える会のことを教えてください。そのかわり、ぼくは復興対策本部にあなたのことを交渉します」
女のひとは小さく頷いた。
でも、そこで我慢の限界だったのだろう。目から大粒の涙がほおをとめどなく伝っては落ちていく。ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます。そうなんども彼女は繰り返した。
とたん、前の席からぐううっ、という大きなおなかの音がひびいた。みんなの視線がエリカに向く。さすがにばつの悪そうな顔をしていたけれど、「だって、おなかがすいたんだもん」とふてくされるようにいった。
空気がふわりと、軽くなった。
「すみません、いま、おそば作り直します。どうか、この子の話を聞いてやってください」
そういっておじいさんは厨房へと戻っていった。
女のひとはぼくの向かいに座り、ひとつひとつ、確かめるように話を始めた。
そのなかで飛び出してきたひとつの名前に、ぼくは驚いた。改変された資料のなかの空白を埋めるその名前はとてつもなく大きなものだった。頭のなかのノートではふたつの事項が線でむすびついた。しかし、それでも、その線の間にはあの脅迫状のアリバイが横たわる。
あと少し。あと少しでいくつかの事件が収束を迎える。
そしてそのうちのひとつは、今晩、大きく動き出す。
タイトル引用:たったひとつの冴えたやりかた(ハヤカワSF文庫)ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア




