第6回 世界平和とそれでも残る不安の材料
そのあと、学校は一時騒然とした。
校内放送で教室から出ないように指示が流れ、校内は水をうったように静まり返った。恐る恐る窓の外の様子を眺めている。職員室から数人の教師がさすまたを片手に男の子を取り囲み、なにやら話をしている。
男の子はひどくおびえていた。声変わりも始まっていないのだろう、いまにも泣き出しそうな甲高い声が聞こえてきた。
だけど、怖がっているのは男の子だけじゃない。ひと回りからだの大きい先生たちも、男の子の一挙一動足に過敏な反応をしていた。
転生したひとに対して抱く気持ちは、どうしようもない。だって、その結果が世界をこんなにめちゃくちゃにしてしまったんだから。
「ユウタ、行かなくていいの?」
ほのかが僕にきいた。クラスメイトの視線がぼくに向けられた。その目には期待も込められていた。
君ならなんとかできるでしょう?
その目はそういっていたし、たぶん、できる。でもそれが正解ではないとぼくは思っていた。ぼくは首を振って見せた。
「いまは行かないほうがいいと思う」
「なんで? もしあいつが暴れたら、また」
誰かが「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。だけど、それにつられて騒ぎ出す生徒はいなかった。4年間の世界危機に、みんなの反応は過敏に、だけど慎重になっていた。
藤村が興味深そうに校舎裏の様子を見ていた。
「おれ、やつらを生でみるの初めてだ」
「あたしは2回目。秋田でも同じようなことがあったよ」
「まじ? で、どうなった?」
「自治体の大人たちがその人取り囲んでてさ、でも誰も手出ししないの。ちょうどいまの先生たちみたいに。で、政府のひとだったか警察の人だったかわからないけれど、そのひとたちが転生したひとを連れて行った」
それが正しい対処方法だ。
彼らとの接触は極力避ける。もしそれらしい人物が現れたら、警察や近くの”特対転”事務局に連絡をする。特別対策転生本部が正式名称だ。それが、世界崩壊の危機以降で取り決められた方法だ。
先生たちはきちんとした対応をしている。遠くからサイレンの音が聞こえてくる。警察に連絡をしたのだろう。それが正解だ。
間違っているとしたら、彼を取り囲んでいることだ。下手な刺激はしないほうがいい。彼がどこから転生してきたのか、そしてどんな能力を持っているのか、わからないのだから。
遠くからサイレンの音がだんだんと近づき、ぴたりと止まった。しばらくしてばたばたと5、6人の警察官が教師たちに代わって男の子を取り囲んだ。しかし彼らもプロだ。手順を踏み、時間をかけて男の子の警戒心を解くと、そのままパトカーに乗せて走り去った。
そのあとに、彼がどうなるのか。
ぼくにもわからない。知らないことはたくさんある。知らなくてもいいこともそこにはきっとある。無責任かもしれないけれど、たぶんいまの世の中でぼくは活躍してはいけないのだと思う。
そんなことをしたら、きっとまた戦いが起きる。
それは降って湧いた厄災ではなくて、政治的なただの戦争として、ね。