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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第二話 勇者さん、お断り
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第57回 世界平和と悪党悪筆悪戦てん末

 文字にはそのひとのくせが出る。筆跡鑑定なんて仕事があるくらいだ。ぼくらは文字のひとつひとつに、じぶんをきざみ出している。


 ぼくの字はすこし右肩上がりにつりあがっている。むかし、ほのかがなんかの本で調べて、あんたはこういう特徴のある人間らしいわよ、と教えてくれたけれど、最後にはげらげら笑いだしたから、きっと見当違いもたいがいだったんだろう。余計なお世話だよ。


 だから、悪筆なんていいかたも、本人からしたら「ほっといてくれ」って気分だろう。でも、すくなくともいまは困る。ぼくはなんとかして、この真壁先生が持っていたメモを読まなければいけない。このみみずののたくったうえに車にぺしゃんこにされたような文字になにが書いてあるか、ぼくは知りたい。

 もちろん筆跡鑑定のスペシャリストなんてぼくの知り合いにはいない。

 だからぼくが訪ねたのは、あけみさんだった。


 あけみさんは紙に視線を落として、むむむ、とうなった。


 近くのコンビニのコピー機に突っ込み、複写されたものに赤ペンでいくつか書き込みを入れていく。正味30分ぐらい試行錯誤をしていたけれど、組んでいたいた腕をぽーんっとちゅうに放り出した。


「あかんわ。うちじゃぜんぶ読めへん。きたなすぎるわ、この字」


「あけみさんでもだめですか。悪筆で有名な超大御所の手書き原稿なら読めるっていったじゃないですか」


「クセがわかればそこそこイケるんよ。あとは前後関係とかで読み解く。でも、こんなメモ書きじゃ、限界があるわ。そもそも、ユータもようこのふた文字が読めたね」


 そういって、あけみさんはコピーをとんとんとつついた。

 ぼくだってびっくりだ。あれからいそいであけみさんをたずねてきたのだけど、正直道の途中で、武里とマモノという文字が紙の上からぱっと消えてしまうような感覚もあって、自分でも疑心暗鬼だった。


 あけみさんに連絡を取ると、会社からすこし離れた喫茶店を指定された。いまは編集部はてんてこ舞いらしい。木曜日の発売でも、遅くても火曜日の朝には記事を完成させなければいけないタイミングなんだって。そんななかにぼくがふらふらと入っていったら、会社がパニックになる。なんかそんなこと、つい最近もいわれた気がするよ。


 待ち合わせの店でぼくが待っていると、30分遅れであけみさんがやってきた。

 彼女は席に着くやいなや、つっぷすように頭を下げた。

 なんか、ごん、ってすごい音もしたけど?


「すまん! ほんまにうちが悪かった!」


 今日はやたらひとに頭を下げられる日だ。

 ぼくはなんとか顔を上げさせようとしたけれど、ばしばしはたかれて、拒否される。けっきょくあけみさんは10分近く謝り続けた。お店のひとがものすごく奇異なものを見るような目でぼくらをみていて、ほんとうにこまる。


 やっと顔をあげてくれたあけみさんに、ぼくは真壁先生のメモのことを話した。すると、今度は体をのけぞらせるほどに、ぴんっと伸ばして、それはあかん! と叫んだ。


「だって、あんたを罠にはめたんやで? そんなんみられるわけがないやんか!」


 もうさっぱり話が前に進まない。

 普段は遠慮をどこかに捨ててきたようにずばすばと聞くくせに、今日は、あかん、すまん、のふたことばかりがあけみさんの口から飛び出してくる。


「あけみさんのちからが必要なんです」


 ぼくは声のトーンを落として伝えた。


「あけみさんの会社にとってはマイナスかもだけど、ぼくは真壁先生の無実をはらしたいんだ。そのためにはこのメモを読まなくちゃいけない。頼みます、あけみさん」


 ぼくはそういって、ひとつ頭をさげた。

 あけみさんはしばらく考えをまとめるようにうなって、わかった、とうなずいた。


「あんたがあたしを信用してくれるなら、それに答えなあかんな。安心してや。このことは編集部には伝えへん」


 うん、ありがとう。


 ぼくがそういうと、有能な編集者はなんだか居心地がわるそうにもぞもぞとしながら、はよ、見せや、とてのひらをひらひらふってみせた。


 でも、やっぱりダメだったようだ。いくつかは見当がついたけれど、それきり。もしかしたら、ただの線なのかもしれない。インクの出がわるいから、ぐしゃぐしゃと紙の上に走らせたのかもしれない。それでも、メモはなにかを訴えるように不規則にぐねぐねと書かれていた。


 あけみさんは逡巡するようにモバイル端末をいじりながら、意を決したように、「なあ、このメモを読めるひとがひとりおるかもしれへん」


「ひとり? ほかのひとですか?」


「あ、勘違いせえへんでな? 持ち帰ろうってわけやない。うちにいたちょー敏腕編集者なんや。魔王との戦いの前にはフリーの編集者になってしもたんや、すっぱり会社とも切れとる。そしてなにより、うちの師匠でもある」


 その編集者さんはそれほど離れたところにいるわけではないらしい。モバイル端末で連絡をとってみると、まだ仕事を十全には始めておらず、すぐにでもこっちに顔を出してくれるという話だった。正直、わらにもすがりたい気分だった。それがあけみさんが信頼する師匠さんなら、すがる先としてはこれよりはない。


 待っているあいだ、考えたことを話してみた。

 いろいろな糸がないまぜになっていて、ほんとうの色がわからなくなってしまっている。だから紐とくことがなによりも重要なんじゃないかって。とにかくこみいった事件だ。話の糸がちぎれないように、授業中に書きおこしたノートを使ってひとつひとつを説明した。


 あけみさんは遠慮のないしゃべり屋だけれど、一流の編集者が本流だ。ポケットにつっこんでおいたせいで複雑にからんでしまったイヤホンのコードをほどくように、ぼくの説明に的確な質問を挟むことで、事件の概要はシンプルにまとめることができた。


 ぼくのノートには、それぞれの出来事からいくつもの線がのびて、それぞれにくっつくべき出来事とむすびついている。

 そうして気づいたのだけれど、英雄教というおさわがせ教団が関わっているものはずいぶんとすくなかった。

 いでたちや行動がハデハデしいから目がくらんでしまっていたけれど、ぼくが実際に確認しているものは、武里ケイコの葬式での騒ぎとアイノースの暴動デモだけだ。真壁先生はもちろん英雄教の一員だけれど、連動をしているとは思えない、とあけみさんはぼくの話から推理した。


「違和感があるんは真壁先生のけがや。なんで英雄教は真壁先生のけがをそのままにしていたんやろ?」


「先生の怪我を隠したかったとか」


「じゃあ、なんで隠したかった?」


「武里教授の家にいたことを隠したかった……事件に英雄教が関わっていたから?」


「筋は通っている。でも、うちの考えはちょっと違う」


「違う?」


「仮に武里教授の家で、なんかしらの悪だくみをたくらんだとして、たったひとりでいくことはないと思わへん? けったいな魔法陣をこしらえるんやし、あんな組織や、複数でいくのが当然。へたしたらひとひとり殺そうとしていたんや。ましてやひと殺しだけならともかく、あんなん、めっちゃ骨折れるわ」


「複数でいっていたかもしれないよ」


「そこでまたさいしょの疑問。複数人でいったのなら、あんなけがをした先生を病院につれていかなかったのか。隠すにしても、でっかい組織や、息のかかった病院のひとつやふたつはあるはずやろ」


「ごめん。あけみさんがいいたいことがよくわからない。つまり?」


「シンプルだよ。真壁先生は英雄教のやつらにも、自分がけがをしたことを知らせずに教団施設にいた……というよりも隠れていたんや」


 あ、と思わず声が出た。

 すとんとなにかがお腹のなかに落ちる感覚があった。


 ぼくが忍び込んだとき、先生は懐中電灯をつかっていた。不審者がいるなら電気を先につけるべきだ。そうすれば侵入者はあわてて逃げ出す。捕まえようとこっそり近くために懐中電灯をつかったのならわかるけれど、あのけがだもの、無理だ。だったら追い出そうとするほうが得策だ。


 それなのに懐中電灯を使った。

 電気のひかりがそとに漏れないようにしていたんじゃないだろうか。

 車がいなくなって時間は経っていたけど、ほかの教団員がやってくることも考えられる。先生は教団員から隠れていた。でも怪我をする前日にはデモに参加をしている。つまり、釈放から武里教授宅侵入までのあいだになにかがあったんだ。


 ぼくは考えを聞いたあけみさんは、ちいさくうなずいた。


 英雄教と真壁先生はこの事件において、2本線で描かれるイコールではなくて、1本の細い関係線だけで結ばれるものだった。


 じゃあ、どうして、真壁先生は英雄教から隠れるような行動をとっていたのか。どうして家に帰らず、隠れるべき英雄教※※支部にいたのか。それを読み解いてくれる可能性のあるひとが、狙っていたかのようなタイミングでぼくらに話しかけてきた。


「ひさしぶりだな、あけみ」

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