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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第二話 勇者さん、お断り
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第56回 世界平和と月の影の静かなたくらみ

 あけみさんから、あの記者の行動状況がちくいち送られてくる。せめてものつぐない、という気持ちなのかもしれない。でも、こんなことをしてだいじょうぶなのかな。それだけが心配だった。


 もちろん、とってもありがたい。


 あけみさんの会社が刊行する週刊誌は毎週木曜日の発売だ。日曜日に緊急の編集会議が開かれ、次号の特集記事として掲載すると決まったと教えてくれた。結果がすぐに情報が入るよう、あけみさんは編集部にきっちり根回しをしていたらしい。


 はっきりいえば、怪しいネタもとの証言だけだったら、ガセネタだって一蹴されてそれきりだっただろう。でも、くやしいけれど、あの記者が仕掛けた罠にまんまとはまり、ぼくが真壁先生を連行しているような写真をレンズにおさめられてしまった。

 魔王を倒したやつと、アイノースへの暴動デモで捕まり、さらに焼け落ちる疑惑の武里教授宅から逃げ出したという目撃情報のある真壁教諭。

 写真に写ったふたりを見れば掲載するには十分すぎた。


 ぼくには止める手立てもなにもない。記者は写真を、きっとこう紹介する。佐倉ユウタが容疑者を連行しているところである。

 それをみて、読者はどうみるだろう?

 名誉棄損どころか、ヒーローがヒーローらしい行動をとったんだ。もしかしたら、あっぱれとか、でかしたと賞賛してくれるのかもしれない。まるっきり週刊誌が作ったウソなのに、だ。


「あんたは正しいことをしている。俺はそれをみんなに知らせる手伝いをしようってんだ」


 そう思うひとがきっと多いだろう。こずるく、頭の切れるひとっているよね。あの記者はぼくを表向きには敵にしない手はずをとっていた。それに、仮にどうころんでも、負傷者を佐倉ユウタが救ったときの写真として最低限の使い勝手はある。真壁先生の大けがですら、あの男にとっては幸運にはたらいているんだ。なんだかすごく胸くそが悪い。


 それでも、だ。

 この写真を公開させないってことはできない。だったら、佐倉ユウタがけが人を助けたということにするしかない。スクープを、ただのいい話にするしかない。


 目撃者に証言を撤回させるのがはやいかもしれない。でも、真壁先生が燃え上がる武里教授宅から出てきたのは、きっとほんとうだ。いちじ的には回避できるかもしれないけれど、根本的な解決にはならない。


 だったら、残された手立ては、あの現場にはいたけれど、真壁先生は無実であると完ぺきな証明をするしかないんだ。


 そのためには真壁先生がどうしてあの夜に武里教授の家を訪れなければいけなかったのか。

 ぼくはそれをさぐらなくちゃいけない。


 もういちど、先生が入院をしている病院へ向かう必要がどうしてもあった。

 それも、いますぐにでも。


※ ※ ※


 いまさらに気づいたのだけれど、真壁先生の入院先は、ほのかのお兄さんである蛍さんがいる病院だった。ばたばたしていたし、夜間診療の受付から入ったから、ふたつがむすびつかなかった。ほぼ満床の病院で、面会謝絶の対応がとれる病室に入れたんだ、とても運がいい。


 先生の病室の前には土曜日と変わらず、面会謝絶の紙が貼ってあった。

 2日ではぺろりと剥がれるようにやけどやケガは治らないよね。それでも少しは話ができるんじゃないかと期待をしていたのは、やっぱり甘かったみたいだ。

 目の前で待っていても、スーパーの特売のように紙がはられたり、はがされたりするわけもない。しかたない。蛍さんのおみまいでもして帰ろうと、来たろうかをもどろうとしたときだった。


「あの、佐倉ユウタくん、だよね?」


 脇のベンチにすわっていた男の子がぼくに声をかけてきた。

 年のころだと、ぼくと同じくらいだろうか。面長だけれど、すずしげな目もとの精かんな顔立ちをしている。


 はい、とぼくが答えると「ああ、やっぱり」といって、ぺこっと頭をさげた。


「真壁正義の息子で、悠斗といいます。父を助けてくれて、ありがとうございます」


 えっ、真壁先生の息子さん? ぼくは驚いた。

 先生は40歳くらいだったから、まさか教え子と同い年ぐらいの子供がいるなんて。


 そういえば、どことなく、先生のおもかげがある。


 びっくりがてら、まじまじと悠斗くんの顔をみたから、ガンでもつけられたと誤解させてしまったんだろう、彼はあわててまた頭をさげた。


「父が迷惑をかけてしまっていることは、ほんとうにごめんなさい。むかしはあんなじゃなかったんだけど、戦争がはじまってから、ひとが変わってしまったんだ。きみたちにはとっても迷惑をかけたよね、ほんとうにごめん」


「あ、いや、そんなことじゃないんです。真壁先生のお子さんって聞いてびっくりしただけです。ええと、それに、悠斗くんが気にすることじゃないし!」


 今度はぼくがあわてて悠斗くんに顔をあげるようにうながした。

 はたからみたら、ぼくが悪者みたいだ。

 うん、と悠斗くんは顔を上げ、にっこりと笑顔をうかべた。


「でも、ここで会えて、ほんとうによかった。お医者さんからは、佐倉くんと雑誌記者のひとが、父をここまで運んでくれたって聞いていたんだけれど。連絡先もわからないから、お礼もいえなくてさ」


 なるほど。お医者さんはあの記者の連絡先を教えなったらしい。あの男に連絡を取ったら、いさんで取材に来たにちがいない。たぶん、あの名刺にきな臭さを感じていたんだろう。先生、かっこいいです。


 ただ、ここで悠斗くんに会えたのは、ぼくにとっても幸運だ。

 真壁先生の容態について聞いてみた。でも、その回答はかんばしいものではなかった。意識が戻らない。怪我の度合いもひどい。怪我をしてまる1日意識を保っていたのだったら、それは奇跡だと驚かれるぐらいだったらしい。あらためて聞くと、ほんとうにぎりぎりのタイミングだったんだと痛感した。

 でも、なんで英雄教のひとたちは、先生をどこかの病院へつれていかなかったんだろう。


 怪我の度合いといっしょに、いまもなお先生から話を聞くことはまったくできないこともわかった。ぼくは口元をゆがめた。真壁先生からの証言をとれないんだったら、別のやり方を考えなくちゃいけない。


 あのニュースは水曜日の夜にはマスコミ各社のあいだを飛びかうだろう。

 悠斗くんや家族は、もしかしたらその日のうちに知ることになる。さらされることになる。感謝をされたいわけじゃないけれど、お父さんのいのちを助けたふたりが、ほんとうは社会的に殺そうとしていたなんて知ったらどれだけ悲しむだろう。それがたとえ誤解だったとしても、悠斗くんのこころの傷はふかく、根元までに達してしまうんじゃないだろうか。


 ずんっ、とぼくの肩になにかとてつもない重いものが乗っかってきた。

 リンカ、メイ、それに真壁先生。さらにくわえて悠斗くん。紙の砲弾にさらされた4人をどうにかするなんて、ぼくにはとてつもなく重いことだった。

 ましてや片方にはタイムリミットもある。

 いったいどうしたらいいんだろう?


 とにかく、なにか、次につながるものを探さなければいけない。きっかけになるなにかを。


 ぼくは真壁先生がアイノースへのデモ抗議に向かい前までのことを聞いた。でも残念ながら、悠斗くんは知らなった。


「父さんと母さんは別居しているんだ。ぼくは母さん……母のほうにいるから、父の最近のことは全然わからないんだ」


 これも空振りか。


 ぼくはそっとため息をついた。


 すると悠斗くんはしばらく思案したあとに「佐倉くんは、なにか父に話を聞きたかったの? 重要なこと?」と聞いた。


「うん。真壁先生なら知っているだろうってことを、ね。でも、いまは無理だし」


「なら、これはなにかの役に立つかな」


 そういってベンチにおいたカバンから1枚のノートの切れ端を取り出した。ものすごくぐちゃぐちゃとしているけれど、なにかのメモ書きのようだ。


「父のズボンの中に入っていたんだ。いつも神経質にきれいな字を書く父なのに、こんなメモを書いて持っているなんて珍しいから。なにかきっと意味があるんじゃないかな」


 真壁先生のメモ!

 ぼくはそれを受け取るとじっと見つめた。線ががたがたと揺れ、ところどころにペン圧で穴が空いている。でこぼことしたものの上で走り書いたんだろう。でも、ぼくには全然読めなかった。


「これ、借りてもいいかな? ちゃんと返すよ」


 もちろん! そう悠斗くんは晴れやかな笑顔で快諾してくれた。まったくもって、あの真壁先生の子どもとは思えなかった。


 ぼくは悠斗くんにお礼をいって、病院をあとにした。


 夏の日差しは夕魔が時でもなおじりじりとアスファルトの道路を焼き、ぼくらを照り焼きつくそうとばかりだった。ここしばらく、太陽はなにかの目的があるようにそのひかりを強めていた。まるで、おてんとうさまが許しませんよ! と昼日中を照らしているようだ。でも、いろんな事件は太陽をさけ、お月さまのしたでこっそりと進んでいる。


 ぼくは病院の前のベンチに座り、悠斗くんから受け取ったメモを見つめた。

 ものすごい悪筆だ。まったく読めない。

 真壁先生は黒板に書く字はとんでもなくきれいだった。この文字をほんとうに真壁先生が書いたかどうかもあやしい。でも、きっと何か意味がある。デモの逮捕で先生の手荷物は検査をされたはずだ。こんなみょうちくりんなメモを持っていたら、警察だって怪しむ。だとすると、釈放されて以降に書いたものなんだろう。


 ぼくはぐいっと腕を伸ばし、すこし遠目に眺めた。すると、西日に紙が透けて、なぜかその一部のペンのインキがぐうんっと飛び出してきたように感じた。まるで悪事を照りつけるように。ほうら、ここだとばかりに。


 武里。


 マモノ。


 そのメモのいちぶには、そう書いてあった。

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