第55回 世界平和とたくさんのパズルの絵
状況は悪化の一途をたどっていた。
アイノース日本本社の対応はおそまつだったけれども、それに対する世間の攻撃はびっくりするくらいやり過ぎだった。
ちょっと引いてみればおかしいなって気づけるのに、まるでお祭りさわぎ、わっかに入ったら楽しまなきゃ、踊らにゃ損、というばかりの反応だった。
モンスターの不正売買はどんな手段で行われたかとテレビでは推理合戦が繰り広げられ、アイノースの食品関連ではモンスターの肉が使われていると悪評がたち、アイノース印のくすりを飲むとすさまじいぶっ飛び精神トリップが味わえると、文字通り飛ぶように売れた。
ただ、ぶきみなことに、アイノース全体の株価は下がらなかった。それどころか、じわりじわりと成長度合いのカーブを吊り上げている。まるで悪評までも食べて成長しているようだ。
むしゃむしゃ、ごっくん。ばりばり、ごっくん。
※ ※ ※
ぼくには、もういちど、状況の整理が必要だった。メイみたいな理解力はあいにくと、そなわっていない。だから授業中、ぼくはノートにペンをかまえて、ぐりぐりと知っていることを書きつけた。たくさん書けば、そこからもしかしたらなにか見えてくるかもしれないし、なにかがつながるかもしれない。
そう思ってしばらく取り組んでみた。でもけっきょく、さっぱりだった。紙の上ではぜんぶがぜんぶ、いっぴきおおかみのようにまとまってくれないし、なんにもつながらない。なんどもながめてみても、それは変わらなかった。
あーあ。ぼくはペンを放り投げた。だめだ、こりゃ。あらためてぼくは自分に探偵の才能がないことを知った。
たぶん、ぜんぶをつなげるピースがまだないんだ。でもそれを探す手立てはぼくにはない。こうなったら、妄想たくましく、はったりで一枚絵を作るかな。
そんなことを考えていたとき、急に脳みそがぐるん、と大きく回転したような気がした。目の前に放り投げたペンが、「英雄教」と「真壁先生」の名前の間にころがって、まるで壁のようになっていた。
壁。
そのとき、ぼくの頭のなかでなにかがささやいた。そう、壁だよ、佐倉ユウタ、って。
もしかして、ぼくはいろんなものをつなげすぎていたんじゃないかな。
リンカもいっていた。ふたつのパズルをごちゃまぜにして解いているって。
でも、その真実は、ふたつどころじゃないのかもしれない。
複数枚のパズルのピースをぜんぶ目の前にぶちまけて、ぼくらは一枚の絵を作ろうとしていたんじゃないだろうか?
もしかしたら、ちゃんとピースをわけたら、ものすごく簡単なパズルなんじゃないだろうか?
ばらばらと点在した要素と要素の間のぜんぶにペンで描いた線の壁を設けた。ほんとうにつながっているもの、目に見えているものだけでパズルのピースをまとめてみよう、そうぼくは思っていたときだった。
「佐倉くん」
顔をあげると、まゆちゃんがぼくの机の前に立っていた。あ、しまった、授業中だった。すっかり目の前のノートに夢中になっていた。あわてて周りをみると、でも、教室はすっかりと授業終わりの雰囲気で、ざわざわとしていた。
「佐倉くんに、警察のかたから話があるの」
「警察ですか?」
首をかしげた。終末戦争のときは、もちろん協力関係にあったけれど、不意に訪ねてこられたらだれだって、ぼくだってびっくりする。
「なんの用だろう?」
「藤村くんの件よ。おととい、わたしが相談したの、佐倉くんが1日待ってっていってたから」
ああ、もう! すっかり抜けていた。藤村、ごめん。
彼はあれきりずっといなかった。連絡もまだとれない。
まゆちゃんの話によると、先週の金曜日に警察へ相談をしたあと、お巡りさんたちは藤村の住んでいるはずの家にいってみた。それから方々で藤村について聞きまわったそうだけれど、所在は掴めなかった。こっちに戻ってくる前の沖縄へ、藤村の家族のことも含めて問い合わせをしているらしい。それと並行して、土曜日には学校の関係者、クラスメイトにも事情を聞いたらしい。ぼくは2日間、学校にはいってなかった。モンスター討伐にいそがしかったからね。だから、週があけたきょう、警察は学校まで出張って来てくれたんだろう。
ぼくはまゆちゃんに連れられて応接室へと向かった。なかにはふたり、背広を着た刑事らしきひとが待っていた。
「やあ、君が佐倉ユウタくんか、はじめまして」
そう最初に口を開いたのは年長らしい刑事さんだった。柔和な雰囲気のあるひとだった。もうひとりのほうはまだ若いのかもしれない。目をぱちくりとまたたかせながら、応接間に入ってきたぼくを不思議そうに見ていた。
「はじめまして、佐倉ユウタです」
「お噂はかねがね。世界を救ってくれてありがとうございます」
「そんな。やめてください」
「いやいや、いわせてください。そうでないと次のことを頼みにくくて。実は息子があなたのファンでしてね、ほんとうはだめなんだけど、サインをもらえないかなと思っています」
あ、ずるい! と隣の刑事さんが声をあげた。
ときどきこんなことを頼まれるけれど、サインなんて用意がない。あけみさんからは作るようにいわれたけれど、ひとりでサインの練習なんて想像するだけでぞっとしない。ただ、むげに断ることもしていないから、ぼくは差し出されたノートの切れはしに、普通に名前を書いて手渡した。こんなのもらって嬉しいのかな?
「ありがとうございます。ま、これは内密に願いますよ」
年長の刑事さんは照れたように笑っていった。なので、ここでもふたりの名前は書かないことにしておこう。念のためにね。
「今日うかがったのは、お友達の藤村誠くんのことです。なんでも、いなくなった当日朝、佐倉さんと藤村くんは一緒に登校をしたそうですね」
「はい」
「そのとき、おかしな点はありましたか?」
ぼくはあったできごとを簡単に説明した。隠すこともない。いくつかの質問にもとんとんと答えた。
年長の刑事さんは手帳にメモを取りつつ、前のページもためつすがめつ、ぼくの話を吟味していた。
いちばん反応を示したのは、台湾襲撃のところだった。藤村がどんな反応をして、その後どうだったのか、詳しく聞かれた。大志摩タエさんとの対峙はいっしゅんだったし、それからの藤村はほとんどだんまりだったから、けっきょくおんなじことの繰り返しになっちゃったけれど。それでも年長の刑事さんは納得顔でうんうん、とうなずいた。
「その大志摩さんという子が持っていたチラシを佐倉さんは持っていますか?」
「いえ、ちょっとほかのところにあります。でもいちおう画像はあります」
ぼくはモバイル端末に保存しておいたチラシの画像を見せた。ほんものは復興対策本部に預けてある。年長の刑事さんは画面を四苦八苦しながら見つめ、途中で諦めたように若い刑事さんにわたした。若い刑事さんはちらりと画面をいちべつして、
「佐倉さん、この画像をこのアドレスに送ってもらえませんか? 証拠として押さえておきたいんです」
そういって、自分の名刺を取り出した。刑事さんも名刺なんて持っているんだ、とぼくはしみじみと感心しながら、書かれていたアドレスへデータを送った。
年長の刑事さんはしばらく手帳をみつめ、聞き逃しがないことを確認するように、指でひとつひとつの項目をなぞってから、おおきくうなずいてみせた。
「ありがとうございます、佐倉さん。今日はこれでだいじょうぶです。なにか思い出したことなんかがありましたら、そこの名刺の連絡先へ連絡してください」
「わかりました。でも、刑事さんも名刺を持っているんですね」
「もちろんです。捜査に協力をしてくれるかたが、なにか気づいたときに毎回110番ではあんまり効率的ではないですからね。それにこうして顔を合わせて、名刺を渡せば、身近に感じてもらえるものです」
そういうものなんですね、とぼくは関心した。
刑事さんたちは用事をすませたように、それでは、と立ち上がろうとしていたけれど、ぼくも聞きたいことがある。あの、と呼びかけて、引きとどめた。
「藤村のこと、なにかわかりましたか?」
「まだ進展はありません。佐倉さんにはお伝えをしてもよいかもしれませんが、藤村誠くんがこっちに戻ってきて、どこに住んでいるのかがさっぱりわからないのです。それはご家族もそうです」
家族も。なんとなくいやな予感はしていたけれど、あらためて警察のひとからその話を聞くとこころが落ち着かなかった。まゆちゃんも家族との連絡がとれない、といっていた。藤村一家がまるでまぼろしのように、ふわりと立ち消えてしまっている。
「いま、藤村くん家族が疎開をしていた沖縄に確認をしています。それとともに、台湾へも依頼をしています。ただ、後者は希望が薄いです。台湾襲撃の余波はひどい。自国のひとたちの情報もめちゃくちゃになっているのですから、ましてや日本から避難してきたひとの情報なんて、かなり厳しいと思います」
そうですか、とぼくはいった。厄災当時、台湾へ避難をした日本人がどれだけいるかはわからない。だけれど、少なくはない、とナナミさんはいっていた。つまり、けっこうな被害が出ていたんだ。そこから日本に戻ってこれたひとがどれだけいたんだろう? 大志摩タエさんが藤村とばったりと会ったのはほんとうに奇跡のようなものなんだろう。
「その、大志摩タエさんとは、話をきくことができたんですか?」
すると、ふたりの刑事さんは急に黙りこんでしまった。若い刑事さんは視線を年配のひとに向けている。「大志摩タエ、という女の子とはまだ連絡がとれていないんです。所在もつかめていません。わたしたちもなるべく早く、そのひとに話を聞きたいと思っています」
※ ※ ※
警察のひととの話が終わると、まゆちゃんがすぐに応接室に入ってきた。テーブルに置かれた麦茶のコップをおぼんにのせて片付けながら、だいじょうぶだった? と聞いた。
もちろん、だいじょうぶだよ。
「藤村くんのこと、なにかわかった?」
「ぜんぜんわからないらしい。でも、だいじょうぶだよ、藤村は」
「そうね。うん、そうよね。藤村くんは事件になんて巻き込まれてないよね」
まゆちゃんは、柳眉をきゅっとしぼり、視線を落とした。
終末戦争で、学校の生徒もたくさんの被害にあった。いのちを落としたひともいる。平和になったといっても、まだ8ヶ月目だ。1年も経っていない。情報はこれからちゃんと伝達がされるのだろう。
でも、きっと頭のなかをよぎったのは、武里ケイコの事件だろう。殺人事件だ。戦争の被害者ではない。そんなぶきみな事件が起きたばかりだからこそ、とつぜんと姿をくらませた藤村の身に、同じことがあったと心配が先にたつのは当然なんだ。
まゆちゃんは、ぼくのほうへ少し手を伸ばそうとして、ぴたりと止めた。
先生の目に、ほんの少しだけ、涙が浮かんでいた。
すぐさまくるりと向きなおっておぼんを持ち上げて、「佐倉くんもはやく帰りなさいね」というと、すたすたと応接室を出ていった。
どうしたんだろう、まゆちゃん。
ぼくはテーブルに残された刑事さんの名刺をひょいっと手に取ると、何気なく後ろをひっくり返してみた。すると、そこには、「世界を救ってくれてありがとう、勇者くん」とボールペンで書かれた文字があった。
きっとあの若い刑事さんが、ここに来る前に裏に走りがいたものなんだろう。ぼくに会う、ということで、きっと彼はこのことを伝えたかったんだと思う。
こういうほうが、こころに残るものだよね。
名刺をポケットにしまい、時計をみた。
時間はある。
ぼくはまだ、帰れない。




