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世界平和に不都合なぼくたち 作者:さんかく

第二話 勇者さん、お断り

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第54回 世界平和と「お願い、お願い、ヒーロー」

「ごめん、ユータ、ほんまにごめん」

 あけみさんは電話越しにあやまった。でもぼくに彼女を責められるわけはない。その理由はあるかもしれないけれど、ぼくにはできっこない。

 あけみさんだって、編集部の一員なんだ。会社員であって、組織のひとりなんだ。世界が崩壊しなかったこの世界で、彼女は4年前のように会社の利益のために働かなくちゃいけない。アイノースに解雇された英雄教のひとじゃないけど、こんな時代だもん、優秀な編集者でもうかうかしていられない。書く様子もないやつをだいじにするよりも、いま売れるネタのほうがよっぽどだいじにしなければいけない。

 うん、だいじょうぶ、とぼくは答えた。
 答えて、でも、こっそりとぼくは悲しかった。

 ぼくははじめて、あけみさんの涙声というのを聞いた。

 でも、泣かないでよ、あけみさんは悪くないよって、あいてを気づかうことをいえるほどには、ぼくはまだ大人じゃなかったんだ。このときほどに大人になりたいって思ったことは、いままでなかった。

※ ※ ※

 真壁先生はそのまま入院となった。怪我ももちろんだけれど、それよりも憔悴のほうがはげしかった。

 車のなかで先生はひと言もしゃべらなかった。
 フロントミラー越しに見えるその顔は痛みの苦痛よりも、たましいを悪魔に持っていかれたようにほうけていた。その悪魔が、ぼくの隣で運転をしていた男なのかはわからない。けれど、ぼくらの前に突如として現れたこのひとは、病院に向かう道すがら、陽気に鼻歌を歌っていた。ぼくが彼を悪魔と思っても仕方なくない?

 お医者さんはすぐさまに真壁先生に対して面会謝絶の処置を取った。
 男は最初は不満そうだったけど、情報源がほかに漏れないと思ったのか、くるりと機嫌を持ち直して、真壁先生の症状が落ち着いたらすぐに連絡をするようにと、名刺を渡した。

 お医者さんは名刺を怪訝そうにながめて 「患者のご親族ですか?」とたずねた。

「いいえ、通りすがりの善意の人間です。それでも彼の容態が気になるんです」

 そう、うそぶいた。

 男はぼくにちらりと視線を向けると、口端をにいっと釣り上げた。

「そうだ、きみにも俺の連絡先を教えておくよ。なんかあったら、遠慮なく連絡して頂戴な。スクープネタなら、なお歓迎。これからもよしなにお願いしますよ、ヒーロー」

 かばんに突っ込んでいて、四方が丸くなってしまった名刺をひょいっとぼくの手元に渡すと、じゃーねーと、ひらひらと手を振って、病室を出ていった。
 男の名前も、連絡先も、正直どうでもよかった。忘れたいくらいだ。
 ただ、ぼくは手もとに残った名刺の社名を見てひどく気落ちした。そうであって欲しくない企業名がそこにあったからだ。あけみさんの出版社の名前がそこには書いてあった。
 やっぱり。
 ぼくのこころのなかに、べったりとした、いいえもしない感情がこびりついたのだった。

 武里ケイコの事件に、真壁先生が関わっていたのか? それはまだわかんない。
 武里哲郎の死に真壁先生は関わっていたのか? それすらぼくにはまだわからないんだ。
 でも、ぼくはたしかにひとつのステップを踏んだ。望んでいなかったステップを、ね。

 事件は推理なんて必要なくて、時間とか運命とか、ぼくらにはどうしようもない強力なベクトルに引っ張られて、解決を提示した。もう飽きたんだよ、お前の七転八倒は。運命の神様はきっとあくびをかみしめて、コントローラーをいじくっているのだろう。

 キャラクターは悪態くらいついていいよね、運命の神様って名前のへたくそやプレイヤーにはさ。クソったれ、くたばってしめえ。

 そうして、目の前までにせまった真実の姿は、白い扉に掲げられた「面会謝絶」の文字の前に静かに閉ざされた。解決編を引き延ばされるミステリー小説なんて、ぼくはきらいだ。

※ ※ ※

 日曜日、ぼくはぐったりとしていた。からだの疲れよりも、なんだか気持ちのほうがへとへとだった。エリカはちらちらと顔をのぞきこんで、心配そうにだいじょうぶ? と声をかけてくれた。

 うん、だいじょうぶだよ。

 ぼくが生返事をかえすけれど、心配はまったく収まらないようだ。

 おととい、きのうは学校はどうだった? とぼくが聞くと、エリカはぼくが寝転がっているソファーのそばにちょこんと座って、学校での出来事を楽しそうに話してくれた。そのおかげで、いってもいない学校の様子がまるわかりだった。
 エリカの説明はほんとうにていねいだ。まるで何度も思い返しているかのように、話がまとまっている。ただ、途中、それでね……とエリカは言いかけて、ぴたりと口を閉ざした。

「どうかしたの? なにかあった?」

「ううん、なんでもない。そうそう、明日学校いったら、先生から話かけられるかもね」

 まゆちゃんから? いったいなんだろう。ぼくはぼんやりと考えていたけれど、だんだんとエリカの話を聞きながら、ぼくはすっかりと眠ってしまっていた。

 目を覚ましたのは、モバイル端末からのメッセージ着信音だった。

 あたりはすっかり夜になってしまっていて、部屋のなかは真っ暗だった。エリカもどこかへ出かけてしまったのか、姿がみえない。

 ぼくは寝ぼけ眼に、モバイル端末を見ると、メイからのメッセージがずらりとならんでいた。

メイ:連絡が取れずで、すみません。
メイ:まだ投函者はみつかりません。
メイ:わたしはだいじょうぶです。
メイ:でも、どうか、お嬢様を支えて下さい。
メイ:助けてあげて下さい。
メイ:お願いします、ヒーロー。
メイ:わたしたちは無実なのです。

 ぼくになにができるっていうんだ、メイ? モバイル端末に浮かぶ黒い電子文字はぼくの頭のなかにぴたっと張り付いて、チラチラとまたたく。無実だ。そう主張することは簡単だ。でたらめだと主張することも簡単だ。

 でも、どうやって証明する?
 でも、どうやって信じさせる?

 どんなに頑張っても、どんなに目の前で訴えても、それを聞く側が受け入れる姿勢がないとなんにも意味がないんだ。ぼくもかえでも、ずーっとそうだった。

 ぼくはもしかしたら、あきらめちゃっているのかもしれない。

 魔王は、たったひとりだった。たったひとりを倒せば世界は平和になるってものすごくシンプルな答えがあった。

 いっぽうでぼくらのいまいる世界はなんて複雑なんだろう、なんて難しいんだろう。

 魔王は悪いやつ=みんなであいつを倒せ=そうすれば世界は平和、っていう式をぼくらはいのちがけで解いた。でも「世界は平和」という解は、とつぜん幾千、幾万の式に変身してみせた。あるひとは希望っていうかもしれない。平和だから希望が生まれる。あるひとは秩序っていうかもしれない。ばく大なコストをかけて手に入れた平和を手放さないための方法として。でもあるひとにしてみれば、利益のためかもしれない。めちゃくちゃになった平和な世界は、あたらしいビジネスのチャンスなんだ、と。

 みんながたくさんの式を抱えてあっちこっちで走り回っている。
 ときにはお互いが譲れないことだってあるはずだ。
 ぼくらの世界はこんなにも複雑で、とても難しい。

 でもさ、たったひとつだけ、いえることがある。

 古今東西、どんな物語でも男の子ががんばる理由なんて、すごくシンプルだ。ヒーローになるそのきっかけなんて頭のわるいほどに単純だ。世の中がどんなにたくさんの式をもっていたって、どんなに難しくたって、決まりきっている。

 女の子に頼まれたら、がんばって、ヒーロー然としなきゃ、うそじゃない?

 だいじょうぶだよ、あけみさん。あなたは悪くない。
 だいじょうぶだよ、メイ。リンカはぼくが助けてみせる。

 名探偵では、ざんねんながら、ぼくはなかったけれど、ぼくだって、男だ。
 運命の神様がぼくの七転八倒にあきたとしても、最後まであがいてやるだけさ。
 そうでしょう?
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