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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第二話 勇者さん、お断り
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第53回 世界平和と仕掛けられた報道

「真壁先生、電気をつけてもらってもいいですか? まっくらだと、話づらいです」


「このままでいい。お前の顔をまじまじと見たいとは思わん。それに、すぐにここから出て行ってもらわないといけない」


 懐中電灯のあかりが、くいっくいっと、横に走る。出て行け、という意思表示なんだろう。でも悪いけれど、ああそうですか、としたがうわけにもいかない。入るのもかなりたいへんだったんだし、目的は果たしたい。


「ここに見られては困るものがあるんですか?」


「そんな話ではない。お前はこの世界のやっかいものだ。ここにも、どこにも、世界中でお前の居場所はない。それだけの話だ」


 いちおうは元教え子なのになんてことをいうんだろう。ぼくだって腹ぐらいたつ。でも、そんなことで怒っていても、しかたがない。


 ぼくは一歩、前にでた。

 先生の手もとがびくっとゆれる。

 もう一歩、ゆっくりと踏み出した。ぼくは先生の顔の位置に見当をつけたまま、視線をゆるがせない。懐中電灯のあかりが細かくゆれる。

 正直、ふつうのひとにこわがられるのはいやだけれど、こんなときは上手に使わないといけないよね。


「さっきもいいましたけど、ぼくは先生に話を聞きたくてここに来たんです。べつにこの部屋には興味はありません」


「……なに?」


 先生の声はあからさまに動揺していた。


「先生はおとといの早朝、どこにいましたか?」


「おとといだと? それがお前になんの関係がある」


「先生が警察に押さえつけられているのをみました。翌日には解放されていたんですよね。その夜から翌日の早朝まで、どこにいましたか?」


「家にいた。警察署に不当に連れて行かれたんだ、解放されてから泥のように眠っていた」


「それを証明するひとはいますか?」


「お前はなにをいいたいんだ、佐倉」


「武里教授の家にいたんじゃないですか、真壁先生」


 ひゅっ、と息をするどく吸い込む音が聞こえた。先生の手に握られた懐中電灯がいっそう激しくゆれる。「な、なにを言っているんだ」という声の動揺は、もう完全にかくせていない。ビンゴだ。あけみさんの情報は正しかった。先生はあの日、武里教授の家にいた。アイノースの主任研究員がみずからいのちを絶った、あの現場に。


 だけれど、ぼくの肩のちからはすこんと抜けてしまった。


 やっぱりこころのどこかでは先生が事件に関わっていてほしくなかった、そんな思いがぼくのなかにはあったんだと思う。きらいな先生だけれども、英雄教の施設にまで乗り込んできたのは、事件を解決にまでみちびこうという思いより、先生は事件と無関係だと確認したかったからだ。


 ぼくがもうひとつ探していたのは、魔術用の道具だった。先生の証言か、もしくはその道具があれば、武里教授の事件とが関連づけられる。なければ、無関係だと証明ができる。だけど、もう必要ない。


「あの日、武里教授の家から先生が飛び出してきたところを見たひとがいたんです」


 ぼくは一歩、また一歩と先生のほうへと向かう。


「うそだ。そんな証言はでたらめだ」


「燃え上がるあの家から、出てきたひとをみて、すぐにわかったそうです。だって、その前には先生はテレビカメラにばっちりと顔が映されていました。英雄教の信者ってことで。そう証言をするひとがいるんです」


「ち、ちかづくな、佐倉!」


 ぼくは手のひらにモバイル端末を持つと、ディスプレイの光量を最大にあげた。

 右腕を肩まであげて、先生の顔を照らすと、先生は「ひいっ」とちいさく悲鳴をあげ、両腕で顔を隠した。でも、もう遅かった。その場から逃げ出せば良かったのかもしれない。でもいまの先生には無理だった。


 モバイル端末のひかりに浮かび上がったのは、顔や腕にまざまざときざまれた真っ赤なやけどのあとだった。その怪我には、なぜかまったく治療のあとがされていなかった。先生のからだは右に少しかしいでいた。右足にも負傷があったんだろう。ぼくの目の前にあらわれたのは、テレビカメラの前で怒声をあげていた姿とはすっかり様子の変わった真壁先生だった。


「先生、一緒に来てください。それに、その怪我はちゃんと治療しなきゃだめです」


 先生はうーっ、とうなって、よろよろと壁にもたれかかった。


※ ※ ※


 ぼくは先生の体を抱えるようにして、英雄教の施設を出た。


 するととたん、ぱしゃっ、となにかがまたたく音と、鋭いひかりが目の前を照らした。その光源の先を探しているうちにそれが数度繰り返された。


 英雄教の施設の前に、その正体があった。カメラを構えたひとがいるようだ。シャッターは10回瞬いたあとにぴたりと止まった。


「佐倉ユウタくん、容疑者の逮捕、お疲れ様」


 暗がりから男のひとの声が聞こえてきた。知らない声だ。もっともぼくはあんまり記憶力のいいほうじゃないから、もしかしたら知り合いかもしれない。でも、とつぜんカメラを向けて断りも遠慮もない撮影をするようなひとを知り合いには持ちたくないな。


「真壁センセ、もっと顔をあげてくださいよ。ほら、こっちこっち」


 男は調子に乗ったようにもういちど、カメラのシャッターを切った。


「なんですか、あなたは。撮影をしないでください」


 ぼくはつかつかと歩みより、カメラに手を伸ばそうとすると、男のひとはひょいっと体をかわした。


「おっと、だめだよ、佐倉くん。暴力はいけない。君は世界最強なんだ、こんなおじさんを痛めつけたら、あとがどうなるかわかるよね」


 伸ばした腕をぼくは下ろした。


 彼のいうとおりだ。ぼくはひとを攻撃してはいけない。たとえそれが軽くであろうと、怪我をさせまいと、それはやってはいけないのだ。ましてや、このひとみたいに、悪意をもって挑発をするひとに腕を振りかざせば、その代償はぼくや、ぼくの周りのひとにふりかかる。


 男のひとは、ひっひっと引き笑った。


「べつにいいだろう、ヒーロー。あんたは正しいことをしている。俺はそれをみんなに知らせる手伝いをしようってんだ。そんな悪人のことを気にすることはないぜ?」


「真壁先生は怪我をしているから、病院に連れていくだけです。あなたはなんか勘違いをしていますよ」


 ひっひっ、と男は神経質に笑った。


「なら、俺が撮ったのは、世界的ヒーローの人命救助のシーンってわけだ。だったら余計に消さなくてもいいだろう? それにセンセの足で駅まで歩かせるのは酷だぜ? 車で送ってやるよ。行き先が病院か、警察かは、あんたが決めることだ、佐倉ユウタくん」


 たしかに、男のいう通りだった。車はない。途中で乗せてもらうにしても、そこまで先生を連れていくのは得策ではなかった。先生は毅然として男の声のほうに視線を投げかけるけれど、体が弱っているんだ、無理をさせることはできない。


 不承不承にうなずき、男にしたがった。


 やけどの程度がひどいのだろう、寝かせるとひどく痛がる。座らせる形で乗せ、シートベルトはさせなかった。


 ぼくは助手席に座ると、車内ライトに照らされた男の顔をみた。30代半ばくらい、こざっぱりとしたなりはしているが、ぎらぎらとしたひかりを目にたたえて、ひどく落ち着かない様子だ。


「まずは感謝します、先生を病院に連れていくのを手伝ってもらって」


「おや、病院でいいのか? 警察じゃなくて?」


「病院です」


「オーケー、オーケー。そう怖い顔しないでくれよ。俺だってあんたを敵にするような間抜けはしたくないんだ」


「ぼくをつけて来たんですか?」


 はち合わせるにしても、あまりにピンポイント過ぎた。そう聞くと、男はまたひっひっと笑ってみせた。


「つけるなんてことはしてないぜ。ずっとここにいたんだ。張り込んでいたんだ。あんたなら、すぐにでもここに来るって踏んでいたからな」


「え?」


 男はぐるりと後部座席を振り向き、真壁先生を声をかけた。


「あんたがあの焼けた家から飛び出したって証言者を俺は囲っている。先生、あんたに逃げ場はないぜ。観念するんだな」


 それから、ぼくのほうにも視線を向けた。


「そして、佐倉ユウタ、あんたはまんまと俺に踊らされたってわけだ。渦中のなか非業の死を遂げた武里教授、燃え上がる邸宅から逃げ出したテレビを騒がせた英雄教教徒の元教師は、世界的ヒーロー佐倉ユウタの担任。そしてヒーローは恩師の犯罪を暴いて単身逮捕へ向かう……! このド級スクープは俺のもんだ! ひっひっひっひっ!」

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