第46回 世界平和と英雄教対談その1
※※市支部は、駅から徒歩で20分のところにある。
終末戦争勃発後に発足した英雄教が有する施設は、なにかの建物跡や、信者個人の家だったりとさまざまだ。戦争中に新しい建物を作る余裕なんてないからだろう。なかには混乱のさなかをいいことに居座っているところもあるらしい。※※市支部は、倉庫街にあった。4階建ての少し年季の入ったオフィスビルで、それでも、戦火を直接は浴びていないようだ。
入り口には廃材木で作られた看板に、英雄教のシンボルマークが刻まれている。剣と盾、それに二重の円で描かれたそれは、剣と盾が勇者を表し、二重の円が地球と異世界を表しているらしい。よく知らないけれど。
ただ、実際に戦っているのは、勇者というよりも、教団員だ。そして相手も魔王ではなくて、いまはもう政治や、世間からの揶揄らしい。入り口付近には、横断幕や大きな旗、ヘルメットにメガホン、それにバリケードのためなんだろう、取っ手のついた木の板が転がっている。駐車スペースに置かれている小型トラックや、大型のバンは、へこみやゆがみがとてつもなくひどく、窓ガラスには黒い液体っぽいものもへばりついている。
宗教団体というよりも、過激派組織の様体です。
その建物の前にメイド姿の女の子と、高校生男子が立っているのは、わきから見たら違和感がぬぐえないでしょう。
うん、ぼくとメイのことです。
電話の翌朝には、メッセージが届いた。学校が終わったら、※※市の駅前に集合しましょう。詳しい時間は書いていなかったけれど、ぼくの学校終わりで良いらしい。いったいどんなアポイントの仕方をしたのだろう。方法はわからないけれど、メイだけは怒らせちゃいけない気がする。
藤村は翌日も登校しなかった。ぼくともほのかともさっぱり連絡がつかない。他のクラスメイトも藤村との音信はない、誰も彼の家を知らない。それはまゆちゃんもだった。
学校が始まって少し経ったころ、生徒全員に、自分のいま住んでいる場所を学校に提出するよう指示があった。緊急連絡用だ。もちろん、ぼくも出した。藤村もおなじように記入して提出をしているのだけれど、それは終末戦争の前に住んでいた家の住所だった。残念ながら、その家は戦火のなかで焼けてしまって、いまはない。それをまゆちゃんが知らなかったのはしかたない。いうかどうかを考えた末に、ぼくはそのことを伝えた。
「藤村くんとは連絡がとれないの、佐倉くん?」
「はい、昨日から」
まゆちゃんの顔が真っ青になった。「どうしましょう、お家の電話番号も不通だわ。藤村くんはどこにいっちゃったの……警察に相談すべきよね?」
「まゆちゃん、もう1日待ってください。休校前だって、あいつはけっこうずる休みをするやつだったじゃん。新商品の発売日とか、何日も徹夜でならぶようなやつだったし。けろっと出てくるかもしれない」
ずる休みが多かったことは事実だけれど、昨日のテレビのことは言えなかった。
まゆちゃんはべつに偏見を持ってものごとにあたるひとではないけれど、ことがことだし、相手が相手だ。きちんとわかるまで、黙っていたほうがいい。
幸い、ほのかはすっかりと藤村の行方不明に気持ちが持って行かれているようで、ぼくとエリカのことは聞かれなかった。だから、学校の定時終わり、ぼくはメイと※※市駅で落合い、英雄教の支部へとやってきたのだ。
メイが「ごめんください」と声をあげると、ややあって、ガラスのドアにあかりが灯り、なかから男のひとが出てきた。40歳ぐらいだろうか、日に焼けた黒い顔で、目がぎょろりと動き、ひどく充血していた。
メイのなりと、ぼくの姿をしばらくいぶかしげに見て、こちらへどうぞ、となかへと案内をしてくれた。
1階は広い会議室になっている。入り口の真正面には簡易のステージがあり、後ろにはホワイトボードが立てられていた。めいいっぱいつめれば、200人くらいは入りそうだ。
すでに5人が、会議室の中央に、折りたたみ式のテーブルを前にして座っていた。
足元には入り口で見たような武器が置いてある。
事前にメイが友好的な話し合いである旨は伝えているにもかかわらず、この警戒心だ。何も言わずに訪れていたら、会話にもならなかったかもしれない。
その中央に座っている男のひとには見覚えがあった。武里ケイコの葬儀に出席をしていたひとだ。
「本日はお時間をいただきまして、ありがとうございます。わたしはアイノース家でメイドを務めております、片倉メイと申します。お忙しいなか、御快諾いただき、厚く御礼申し上げます」
「昨日、電話で対応をいたしました、古川です。あなたからの連絡には驚きました。正直にいえば、とてもじゃないですが、このような形でお会いをしたくない。ましてや、佐倉ユウタさんもご同席なら、なおさらです」
ぼくもちゃんと自己紹介をしたほうがいのかな、と思ったけれど、やめておいた。その必要はなさそうだし、必要以上にぼくがしゃべると、揉め事につながりそうだ。しばらくはメイに任せるのが得策だと思う。
「わたしも佐倉ユウタさんも、あなたがたに危害を加えるつもりはありません。今回はみなさんのご協力を賜りたく、お時間を頂戴しました」
「それを願いましょう。で、ご用件は?」
「まずはわたくしの用件からお伝えさせていただきます。みなさまは、異世界生物との共存を考える会、という団体をご存知でしょうか?」
「異世界生物との共存を考える会?」
古川さんは顎に手を当て、しばらく頭のなかで考えている様子だった。
「いいえ、知りません。少なくとも教団の活動ではないと思います。わたしたちは、モンスターたちの排除を望んでいる。多くの信者が、モンスターの犠牲になっています。わたしたちは世界崩壊戦争前の地球生命体に戻るべきだと強く願っています」
ほかの4人も、同じように頷いた。
英雄教の信者の多くは、モンスターの襲撃によって家族をなくしたひとたちだ。
教団の活動は犠牲者ケアという大きな部分を担っていて、それが復興対策本部ですら英雄教に手出しできない理由でもある。行政機関では、メンタルケアまで担うことがまだできない。だから暴力行為を除けば、宗教の自由という名目を盾に、彼らの活動を黙認しているのがほんとうだ。
「そうですか。実はその団体が我々の関連企業に送った意見書と、みなさまが我々に下さった意見書がいちぶで極めて似ており、もしかしたら相互関係にあるのかと思いまして」
「それはあんたたちの自業自得ってもんじゃないの!」
右端に座った女の人が大声で遮った。古川さんはその女性を制するような仕草をみせたけれど、まわりの人たちも口々にアイノースへの憤りをぶちまけ始めた。
いちど着火した怒りは押しとどめることは難しい。
しばらく吐き出させることが鎮火には早い。
メイも古川さんも他の英雄教のひとたちが落ち着くのをしばらく待った。
アイノースという看板を持って訪れたとはいえ、メイはまだ15歳、ぼくと同じ歳だ。
そんな子供に対してまで、大人である英雄教のひとたちは怒りを口端に覗かせざるをえないのだ。
その一方的で直情的な口撃がひと段落をしたのを見届けて、古川さんは続けた。
「片桐さんがおっしゃる会と我々は関係がない。しかし、仮に意見に同一性が見られるならば、それは世間一般のアイノースに対する評価であるだけです。自社に下されている評価を真摯に受け止め、それを改善することがあなたがたに必要なことではないでしょうか?」
「ご意見、痛み入ります。わたくしどもも、みなさまに支えられて今日まで至る企業体でございますので、善処をさせていただきたく思います。ただ、ことは世界の秩序維持に関わることですので、ご不快とは思いますが、続けさせていただきます。これは、わたくしどもへ送られてきた、共存を考える会への脅迫状のコピーです」
メイは意見書という言葉をやめ、脅迫状と言い換えた。
部屋の空気がぴんっと張り詰めた。
古川さんはコピーを受け取ると、その内容に目を落とした。
「その宛先は私ども……正確に申し上げれば、アイノースバイオテクノロジーの主席研究員である武里教授宛てに届いたものです。モンスターを使った製薬開発と実験を止めるよう記述があり、もしそれをやめなければいかなる対処も視野に入れるとあります」
「ケイコさんの事件に、共存を考える会が関係しているということですか?」
「いいえ、それはわかりません。あまりにも重い事件です。安直な判断はできません。それとは切り離して、のお話です。ポイントは、その脅迫状のなかに記されている特定社員、という点です」
普段は温和なメイの顔に、するどさが宿る。
古川さんはメイの話そうとしている意図が読み取れたのだろう、驚きの表情が浮かんだ。
「まさか、あなたは」
「はい。先日懲戒免職としました、今井さんがそうではないかと考えております。正直に申し上げれば、わたくしどもも確証はありません。しかし、可能性はある。つまり、この共存を考える会の脅迫状は、内部告発書だとわたしは考えております。それが弊社なのか、英雄教のみなさまなのかはわかりませんが」