第45回 世界平和と推理その3 虚像のなかの虚ろな顔
宗教差別による不当解雇。それが英雄教の主張だった。アイノースの子会社に勤める社員が先月末に解雇されたことを発端として、その社員が英雄教の熱心な活動をしていたからであると英雄教は問題視した。厄災の最中でも、熱心に働いていたのにも関わらず、崩壊危機がすぎれば排除するのか、と。
もちろん、アイノースはそのいっさいを否定した。当該社員は著しく社員としての規律を貶める行為をしたために解雇に至ったのであり、それはいついかなる場合でも揺るがない。ましてや宗教的な理由ではなく、当社では各人の信仰を尊重して、これを認めている、って。
でも、英雄教側はそれを受け入れなかった。
抗議活動はエスカレートして行き、そして突然と今回の大規模なデモにつながった。
アイノース側は、当該社員との折衝は代理人を主として行うものとして、抗議に対して何もいわなかった。そして、威力業務妨害として警察の稼働を要請したところで、英雄教の一部が暴徒化した。そのひとりが真壁先生だったのだ。
事態はテレビカメラの前でとっても過激に、でもあまり笑えないコメディのように続いていた。その演者は、テレビクルーと英雄教と警察官だけ。うしろにででんと構えるアイノース本社は、窓から溢れる室内灯の明かりの他は、ただただ沈黙を続けている。
「不当解雇反対! 宗教差別反対!」
真壁先生がはたして元からこんなひとだったのか、ぼくにはわからない。嫌な先生だったのは確かだけれど、少なくとも暴力にたのむひとじゃなかった。英雄教のなかにいても、そことは一線を引いていた気がしていたんだけれど、いったい何があったんだろう?
電話越しにほのかがぽつりと「まじ、やばいよね、これ」と呟いた。
同感だ。少なくとも真壁先生は逮捕されるだろう。学校の前や、街角で活動をしているのではない。集団で企業を取り囲み、それまでは抗議のために天に突き上げていた拳を、ひとに振り下ろしてしまったのだ。どれだけの罪になるかはわからないけれど、この一件で、先生は、ぼくの知る先生ではもう完全になくなってしまった。
英雄教は、終末戦争が終わってなお、勢力は衰えていない。むしろ、この戦いですべてを失ってしまったひとたちの受け皿として、拡大を続けているようにも思える。だから歯止めが効かなくなっている。あけみさんもいっていた。英雄教のなかでも分裂が進み、いちぶはアンコントロールになっている。世界のために頑張っていたはずの教団は、世界平和という彼らの存続にとって不都合な事態に直面し、だんだんと暴走をし始めていた。
それが、いま、テレビカメラの前でわずかばかりの狂った形相を見せ始めたのだ。
だからこそ、ぼくのなかで、武里ケイコの事件への英雄教関与の疑念が、隠しきれないばかりにむくむくと膨らんでいた。
「ねえ」
画面を食い入るように眺めていたエリカは、小首を傾げ、テレビ画面を指差した。
「ユウタ。これをみて」
エリカの指がなぞっていたのは、左端の集団だった。
でも、カメラはぱっぱっとめまぐるしく転換し、スタジオとナレーターに画面が移ることもあった。何より画面全体の光量が足りていない。カメラ前のレポーターと、取り押さえられている真壁先生には、ライトやストロボが当たっているけれど、それがよりあたりの暗さを際立たせていた。
「あ、ちょっと! ちゃんとさっきの人を映してよ!」
といらいらとした様子で、エリカはザッピングを始めた。ほとんどのテレビ局はこの騒動を取り上げていて、そのぜんぶが、真壁先生を取り押えられるシーンを放送していた。けれどエリカの目的の画面を移す局はなかなかない。
「ちょっと、ユウタ? なんであんたのそばにエリカちゃんがいるのよ?」
モバイル端末からものすごく冷たいほのかの声が聞こえてきた。
あ。しまった。失敗した。通話を切っていなかった。慌てて、気のせいだよ、と言い訳をしたけれど、当然、騙せるわけはなかった。
「は? 気のせい? んなわけあるか! ちゃんと説明しなさい!」
「いや、これは、そのう……」
ぼくがしどろもどろに説明をしようとしたとたん、エリカが「これ! この人!」と画面を指差した。
テレビに映っているのは先ほどの集団の一部だ。違う角度から撮影されたもので、最初に映されたものよりも近距離だった。ちょうどこの局のレポーターが位置取りをしていたのか、画面はしばらくそこから動かなかった。
だから、ぼくにも視認ができた。
「ほのか」
「なによ?」
「藤村がいる」
「え?」
カメラを意識しているようだけれど、人混みに体勢をずらすことができないらしい。しきりに顔をそらせるような仕草を見せるのだけれど、時折その顔をカメラレンズが切り取ってみせた。真壁先生も見間違うことはないけれど、藤村を見間違うことはもっとない。
むしろ、見間違いであって欲しかった。
ほのかにチャンネルを伝えると、彼女も確認ができたようだ。うそでしょう? とつぶやいてしばらく二の句を継げなかった。
今朝、藤村は大志摩さんの公道活動を見て「うわ、最悪。あれ、英雄教だよな」と言っていたことが頭のなかをぐるぐると回っていた。普通の人にとって、新興宗教はあまり理解の及ばないところだ。極力関わりを避けようとする。ましてやトラブルの多い英雄教ならなおさらだ。そして、それが暴動に近いデモの現場なら、よほどの理由がなければ関わらない。
それなのに、なぜ、この暴動デモの現場に藤村はいるのだろう?
「ユウタ、いったん通話切るよ。あのバカに連絡してみる。それと、エリカちゃんの件、あしたきっちり説明してもらうからね」
通話がオフになったことを確認して、ぼくはソーシャルアプリで藤村に連絡を取ってみた。それでも予想通り、連絡がつかない。
こんどはメイに連絡を取ってみた。すぐに応答があったけれど「追って折り返しします」と一度通話が切れた。メイから連絡があったのは数分後だ。若干、メイの息が上がっているようだ。通話できる場所へ走って移動したのかもしれない。
「失礼しました、ユウタさん」
「そんなことない。こっちこそ忙しいところにごめん。そっちは大丈夫?」
「デモの件ですか? 問題ありません。あのビルに住んでいるわけでもありませんし、一個人ならば、テレビのなかでの出来事です」
そりゃあ、そうか。リンカとメイはアイノースのなかでも特異な航空隊というところに所属をしている。もちろんグループ、といえばそうなんだろうけれど、デモの標的はアイノースの日本支社だ。大きな影響はないだろう。
「お嬢様とわたしのご心配をしてくださったのですか?」
「それもあるよ。あれはもう暴動だ。でも無事でよかった。怪我人も出ているようだし」
「はい。それだけが心配です。一個人としては映像のなかの出来事としていえますが、弊社の社員がまだ中にいます。巻き込まれず、無事に帰宅できるよう対処しております」
司令官補佐殿の口から出る対処という言葉は、どうにも穏やかじゃない。
「それで、ユウタさん、他の御用というのは?」
「そのデモのことなんだけど」
ぼくはテレビ画面のなかで起きたことをかいつまんで説明した。
「そうですか、ユウタさんの先生が。映像を見る限り、公務執行妨害が適応されるのではないでしょうか。そうなると、わたしたちはなにもしようがありません。ごめんなさい」
「いや、真壁先生は仕方ないよ。ひとに手をあげたら、それなりの罰はあるんだ。それぐらいわかっているだろうし。それよりぼくは、友達のほうが気になるんだ」
「連絡がとれない、とのことですが、ご自宅にも戻られていないのでしょうか?」
そう、そこなんだ。
ぼくもほのかも、藤村がいまどこに住んでいるのかを知らなかった。
彼がいなくなって、はじめてそのことに気づいたんだ。ぼくはほのかが知っていると思っていたし、ほのかはぼくが知っていると思っていた。だから余計に焦っているのかも知れない。確かにいる存在なのに、いかりを下ろす先がわからないだけで、まるでゆうれいのように、ふわりと存在をつかみ損ねている。
加えて、この暴動デモだ。ぼくはとにかく、藤村のいる所を知りたかった。それが仮に英雄教の本部であろうと、とにかく、だ。
「きょう、アイノースに抗議を行った英雄教はどこの支部だかわかる?」
「ひとつの支部ではないようです。でも、この交通機関状況ですから、あまり遠方ではないでしょう。ユウタさんの街と、弊社ビルの間で支部でいうと、※※市でしょうか。近郊では最大規模です」
※※市なら、電車で10分足らずだ。
「まさか、おひとりで行かれるのですか?」
「行かないと、確かめたいことが、確かめられない」
「危険とはいいません。でもあまり勧められるものではないです」
それでも、だ。
メイは大きくため息をついた。
「そういうところはリンカ様にそっくりです、強情屋さん。わかりました。ただ、きょうはおやめください。英雄教の方々はとても気が立っていらっしゃる。ユウタさんが尋ねたら、大きなトラブルになります。いらない騒動を避けるのことはとっても賢明です。明日にしてください。それと」
「それと?」
「教団にいくのでしたら、わたしも一緒にいきます」
「メイが?」
「はい。わたしも英雄教のみなさんに確認したいことがあるのです。入り口で門前払いされてもつまらないので、訪問の旨、わたしから向こうに伝えておきます」
ちょっとびっくりした。ぼくはアポイントなしで向かうつもりだったからだ。それに、正攻法で受け入れてもらえるとはとても思えない。
「それは、やりようです」
ふふふ、とメイは笑った。
「それにユウタさんが突然訪ねたら、強襲だと誤解しちゃいます。だって、英雄教にとっては不倶戴天の敵なんですから」
ひどいいわれようだった。
ぼくがぽつりとそういうと、メイはもう一度、ふふふ、と笑った。




