第44回 世界平和と推理その2 エリカと今日の反省会
「ねえ、藤村と連絡取れた?」
「まだ。返信がないし、電話にも出ない」
「こっちもなんだよね。お昼前にはいたよね?」
「いた。昼飯誘ったら、きょうは別件あるからまた、って言われた」
「だよね。あいつがサボるのはよくあるけど。あんな様子だったし、ちょっと不安だよ」
「明日まで待ってみよう」
うん、というほのかの返事を待ってぼくらは通話をオフにした。メッセージアプリを立ち上げて藤村のアカウントを見てみたけれど、やっぱり読んだ形跡がない。ついでにかえでのアカウントも確認をしたけれど、こっちもだ。まあ、かえではいつも通りだけれど。
「あの男の子、まだ連絡がつかないの?」
エリカがコンビニのお弁当を頬張りながら、モバイル端末を指差す。
「藤村な。うん、ほのかにも連絡がないって」
「きょう会ったばっかりだけど、最初の印象と、あの女の子と会って以降の様子は全然同じじゃなかった。あれが影響しているのかな?」
たぶん、そうだろう。それ以外に思い当たる節はない。
結局、ナナミさんも、魔法陣のことはわからないようだった。円のなかにいくつもの線が走っているだけで、いたずら書きにしか見えないのは当然だろうけれど。ただ、気になるのはナナミさんは、英雄教がらみでこの魔法陣を見たことがない、ということだ。
「ぽっと出の新興宗教なんて、日々刻々と変わっていくわ。それに魔王討伐っていう大きな目的がなくなったのだもの。彼らも自然と活動内容が変更していくのは当然。これもその一環かもね」
もうひとつ、ぼくにはあの大志摩タエさんの発言で気になっていることがある。
勇者の召喚だ。
あの子はそれが成功して、自分たちは台湾襲撃から救われた、と言っていた。
あれは一体なんなんだろう。
「ユウタ、なんだか疲れている?」
エリカが心配そうにぼくの顔を覗き込む。
「だいじょうぶだよ。全然問題ない。それより、エリカはきょうの学校どうだった?」
「楽しかった。すごく楽しかったよ。ありがとう、ユウタ」
「どういたしまして」
それならよかった。ぼくも頑張った甲斐がある。
エリカはそれから今日あったことを最初から最後までものすごく細かく話始めた。あのときユウタが、あのときほのかが、あのとき先生が、って。それをとても楽しそうに話す姿を見て、この水と氷の魔女、ほんとうの名前はすさまじく長くてとてもじゃないけれど覚えきれない魔王様が、鈴本エリカとしてこの世界にようやく馴染み始めた最初のいちにちが、鈴本エリカにとってかけがえのない日になって、ほんとうに嬉しかった。
「さっきコンビニに行ったら、店員さんが、お昼に来なかったから、気にしてくれていたんだって。でさ、きょうから学校なんだ! っていったら、そりゃあよかった、せっかく平和になったんだから、学校生活も楽しまなきゃって、喜んでくれたよ」
「あいかわらずコンビニ店員さんと仲良くしてもらっているんだな」
「わたしはとってもお得意さんだし、それに店員さんもいい人ばっかり。でもさ、お昼にコンビニでばたばたがあったんだって」
「ばたばた?」
「万引きがあったらしいよ。あとから気づいて、犯人もわかったんだけど、それが中学生ぐらいの男の子だったって。厄災で家族が亡くなって、いろんなところを転々としていたらしい。万引きは店長さんが不問にしてくれたから良かったけど、保護者がいないから、児童保護施設に送られたって聞いたよ。こういうのを聞くと、悲しくなってくる」
正直、そういう境遇の子は多い。家族を失っても、親戚に身を寄せられればまだ良い。でも、そうじゃない子はたくさんいる。政府の保護施設に引き取られれば身の安全と、最低限の生活はできる。それが適わなかった子供たちは、街なかをさまよい、犯罪に巻き込まれることもある。そんな話はひんぱんに聞く。
そんな話をしていると、突然、ぼくの頭のなかで、ぱちり、という音がした。
はて? いったい何だろう。
そう思いながら、きゅうりのぬか漬けに箸を伸ばしたときだ。モバイル端末がぴこん、ぴこんとなり始めた。画面には、さっき通話を切ったほのかの名前が表示されている。
「ユウタ?すぐテレビニュース見て!」
「ニュース?」
ぼくがリモコンを探していると、すぐにエリカが見つけてくれ、スイッチを入れた。チャンネルを聞こうとしたけれど、その必要はなかった。
画面には、大きな建物をぐるりと囲んだひとたちが映り、その中心では、ひとりの男のひとが、警察官に取り押さえられている。ニュースキャスターは興奮気味に現場の様子を伝えているけれど、あまり要領を得ない。ただ、アイノースの日本法人本社前で大規模な抗議が行われていることだけはわかった。カメラは少し遠い。でも角度は、取り押さえられている様子をしっかりと映していた。
ストロボがいくつも瞬き、その男の顔を浮かび上がらせた。
それはもう見知った、英雄教の熱心な信者、真壁先生だった。