第42回 世界平和と惨劇の記憶
それから藤村は様子がおかしかった。すっかり黙り込んでしまい、ぼくが話を振ると慌てたように口元に笑みを浮かべて、ごめん、なんだっけ? と聞き返す。話を聞いていないことはいつもだけど、だいたい適当に話を合わせる藤村だったから、心がどこかに飛び出してしまっているようだ。
学校に着いてからもそうだった。エリカの転校の挨拶ではクラスの男子が大いに盛り上がるなか、まっさきに囃し立てるはずの藤村は乾いた拍手を送るばかりだ。
無理もない。
台湾襲撃は、情報が断絶的になってしまった崩壊危機の最中でも世界的に駆け巡った惨事だった。
正直、この文章を誰に見せるわけでもないけれど、あんまり気持ちの良い話ではないから、簡単にだけまとめておきます。
転生対策本部がこの事件につけた名前はとても長いのだけれど、たぶん「台湾襲撃」だけでみんながわかる。魔王との戦いが始まって3年目の春に、台湾をモンスターの大群が襲った。正確な数字はわからない。一説では数千という数だったらしい。たった18匹でも対モンスターのエキスパートである復興対策本部の4つの主力部隊でも苦戦をするぐらいだ。数千という数のモンスターでは壊滅的な打撃を受けた。
ぼくとかえではその時、日本にいなかった。
魔王の拠点と思われたロシアのいち地域で頑張って戦っていました。襲撃を知ったのは、モンスターが台湾に上陸して3日が経ったころだったのです。でも、ぼくらには台湾にいくことができなかった。ロシアの戦いだって、かなりの犠牲が出ていたから、抜け出すことはできない。それにそのときの移動手段を駆使しても、3日はかかった。うん、言い訳だと思うけれど、ほんとうなんだ。
この時、応戦をしたのがリンカ率いるアイノース航空隊だった。
襲撃の一報からわずか半日で先陣が戦場に入り、台北を中心とした市街地のモンスターたちを退けた。
しかし、モンスターたちの攻撃は収まるどころではなかったらしい。2陣、3陣と続々と上陸を続けるアイノース航空隊に呼応するように、モンスターたちの数もぐんぐんと増えていった。最初は目覚ましい成果を見せたアイノースだったけれど、徐々に情勢は悪くなっていった。
あとから聞いた話では、ぼくらに情報が入った3日目には全土にモンスターがはびこり、街も軍も半壊していたという。
それでもリンカは引かなかった。
わずか17歳の女の子は猛然と部隊を指揮し、鼓舞し、戦い続けた。やがて周辺諸国からの支援が間に合い、世界での戦いの縮図かのように、魔王軍と世界軍の戦いが台湾で行われた。そうして5日目、おぞましいばかりの戦闘の爪痕を残し、世界でも類をみない、大惨劇となった台湾襲撃は集結をしたのです。
アイノース航空隊最大の戦績は、それでも犠牲者の数のあまりの多さに霞んでしまった。
藤村はその襲撃に巻き込まれた。
彼は沖縄に疎開をする前、彼の母親の出身国だった台湾にいたらしい。
ぼくはそれを知らなかったから、あとから聞いて驚いた。「ちょー大変だったんだぜ。でも、おれは、大丈夫だった」と、へらっとした笑い声で話をしていた。それ以降、彼から台湾襲撃の話を聞いたことはなかった。藤村はその話題を避けていたようだし、だからぼくもあえて聞かなかった。思い出したくないことは誰にでもある。
でも、大志摩さんの話が、きっと藤村のなかに残ったのだろう。
ほのかも藤村の様子がおかしいことに気づいていた。でも、ほのかはそういう空気を読むちからがとても強い。転校したばかりで、あわあわとしているエリカをサポートしながら、心配そうに藤村の様子を見ていた。
「ねえ、なんかあったの? 朝からあんな調子じゃない」
ぼくとエリカ、そしてほのかは近くで買ってきたパンを昼ごはんにしていた。
話題が藤村に向いて、ぼくはちょっとほっとしていた。事前にエリカと口裏を合わせていたでっちあげの経歴のボロが出るのでは、とひやひやしていたからだ。最悪、この子は記憶喪失なんだと、奥の手を使おうと思っていたぐらいだ。
ぼくが今朝あったことを手短に伝えると、ほのかは「まじ?」とぐるりと目を動かした。
「あたし、藤村が台湾にいたなんて初めて聞いた。あたしのほうが先に秋田に疎開することになっちゃったから。それから先、あいつとも、他の友達ともなかなか連絡できなかったんだよね」
「ぼくも聞いたのは、襲撃事件からずいぶん経ってからだった」
「でもさ、あいつに何があったかはわからないけれど、あの事件にあっても、こうやって会えたんだから、本当によかったよ。だって、うちのクラスでも7人、ダメだったし」
「7人? 6人じゃなくて?」
「今朝わかったって。家族と連絡がついて。それで」
7人が多いのか、少ないのかはわからない。ぼくらの学校も少しずつ生徒が戻り始めていた。でも、それに伴って、犠牲となった生徒の数もはっきりとしてきた。最初はそのニュースを聞くたびに泣く子もいた。でも、それがあんまり多かった。連絡がつかない友達のことはみんなどこかで覚悟をするようになっていた。
だから今朝の全校集会での武里ケイコの話は、どこか異世界の話のように、感じていたひともいただろう。
「やっぱりさ、戦争って、終わっても、あたしたちのいつもが戻るわけじゃないんだよね。だってこんなに世の中、しっちゃかめっちゃかになっているんだもん。いつになったら、元に戻るのかな。元に戻るころには、あたしら何歳になっているのかな。せっかくの高校生活も、こんな暗いの、やだな。これからはさ、楽しく生きていきたいよね」
ね、エリカちゃん、とほのかは隣でもぐもぐとパンを咀嚼しながら話を聞いていたエリカに話題を振ると、彼女はガクガクと大きく首を縦に振った。その様子があんまりおかしかったのか、ほのかは、きゃははは、とお腹を抱えて笑い出した。
チャイムは壊れているけれど、みんなは時間通りに教室へ戻ってくる。
残念ながら、午後最初の授業はぼくの苦手な数学だ。
夏の気温はぐんぐんと上がり、暑いばかりに居眠りもしづらい。
エリカはほのかの隣に座って教科書を見せてもらっている。
しばらくして、ほのかと、エリカの視線がぼくに向かった。
ぼくも気づいていた。
藤村がいない。




