第40回 世界平和と半径200メートルのちっぽけな世界
「おい、ユウタ! 誰だよその可愛い子!」
エリカの登校初日、普段は通学中に会うこともない藤村と駅前でばったりと会った。なんてタイミングのいい。もしかして、ぼくだけのときは話しかけてこなかっただけなんじゃないだろうかって、そんな勘ぐりもしてしまうぐらいだ。……違うよね?
基本がひと見知りなエリカは、突然話しかけてきた藤村をもちろん警戒しまくって、ぼくの後ろに隠れてしまった。この子、どうやって魔王なんてやっていたんだろう。知らないひとと会うだろうし、もし本物の勇者が現れたらどうやって対処するのかな。やっぱり王座の陰にでも隠れるとか? あったよね、玉座の後ろに隠し階段があるゲームって。
「きょう転校してくる、ぼくのいとこだよ。鈴本エリカ。同い年」
「なにそれ。高校での転校とか実は珍しくね? しかも美少女のいとこなんて、嘘くさいぐらいに出来すぎた話だな!」
やめて。真実ついているから。こういうやつが意外にほんとうのことをすぱっと見抜いてしまうものだよね。もしかしたら、ぼくの作った設定がガバガバなのかもしれないけれど。
「地方の学校なんかは再開できないところもあるし、これから増えるんじゃない?」
「まじかよ、うっひょー。日本中の可愛い女の子が転校してくりゃあ、いいのにな」
「人類の半分は男だぞ」
「そんな噂は信じない。それに厄災で比率変わったんじゃね?」
相変わらず笑えない冗談を言う奴だ。
「エリカちゃんだっけ。俺、藤本守、よろしくね!」
「あ、あの…す、鈴本…エリカです…よろしく」
「ねえ、えりりんって呼んでいい? それともエリーとか?」
「え、えりりん?」
「藤本。えりりんが困っているじゃないか」
「ええっ! ユウタ!?」
「お前がいうのかよ。まあ、同じ学校で同い年なんだし、わかんないことがあったらなんでもいってよ、えりりん。パワーじゃ、ユウタほど頼りにはならないかもだけど、街に学校、芸能からサブカルまで、なんでもござれ」
どうやらえりりんという呼び名は決定したのようだ。
エリカは戸惑いを隠せない様子で、それでも、ぎこちない笑顔を藤本に見せた。それがいけなかった。見慣れたぼくでもどきまぎするんだ。耐性のない男子高校生のこころを射抜くにはそれで十分だった。藤村はすっかり浮かれきって小躍りをしそうなぐらいだ。さっそくひとり攻略です。きっとこれから恋の雷に骸が山をなすだろう。くわばらくわばら。
まゆちゃんに言われたからか、それとも、エリカが昨晩からそわそわ、朝はどたばた大騒ぎをしたからか。たぶん後者だと思うけれど、とどのつまり、ぼくらはちょっと早めに家を出た。この魔王様は決断力も乏らしく、急かさないといつまでもスカートか、パンツかで問答をしていただろうしね。そのせいもあって、きょうはひと通りはまばらだ。
初めての通学路は新鮮なんだろう、藤村のふわふわした話には言葉少なに返事をしながらエリカの注意は周囲に向いていた。
きょろきょろと首を振り、歳の近そうなひとを見つけると、じーっと視線を注ぐ。
不思議そうな顔を浮かべながら会釈をしてくれるひともいたけれど、今度はエリカはびっくりしたように眼を伏せてしまう。そんな繰り返しだった。
通学になれるにはしばらく時間がかかるかもしれない。
それでもぼくはちょっと嬉しかった。
この世界は広い。
でも、エリカにとってはマンションとコンビニの間だけが世界のほとんどだった。
すれ違うおばあさんと、子供連れのおかあさんと、コンビニ店員の3人のアルバイトだけがエリカの知っている普通のひとだった。半径200メートルのちっちゃな世界の登場人物がぜんぶだった。おばあさん、おかあさん、アルバイトたちにとってエリカはよく見かける女の子でしかなかっただろうけれど、エリカにはとても大事な人たちだった。
ぼくはその5人のことをエリカからよく話を聞いていた。挨拶したらお菓子をくれた、あかちゃんをあやさせてくれた、アルバイトさんがいつもご利用ありがとうございますって言ってくれた、って。
でもやっぱり、ほんとうは寂しかったんだと思う。
だから、ぼくはナナミさんにお願いをして、エリカを学校に通わせることにした。半径200メートルの世界ではなくて、もっと広くてたくさんひとのいる世界へ連れ出す。ほんとうはもっと早くしてあげればよかったんだけどね。
最初の同級生が藤本っていうのは、ちょっと計画違いだったけれど、ほのかもきっと仲良くしてくれる。あいつはお兄さんの蛍さんのことを除けば、まわりの面倒見がすごくいい子だしね。
だから、ぼくには自信があった。
大変だし、きっとエリカは疲れちゃうと思うけれど、楽しい1日になるってことを。
でも、まあ、やっぱりまだまだこの世界は混乱をしているし、その混乱している姿を隠そうとはしていない。
魔王はふたたび復活する。ほんとうの英雄を異世界から転生召喚いたしましょう! っていう、とても晴れやかで、すばらしく澄んでいて、ひどく狭窄的な声が耳に飛び込んできた。