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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第一話 魔王さん、お断り
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第4回 世界平和と友達との再会

 学校再開の初日はきれいに晴れ渡った。


 抜けるように青い空で、気温はぐんぐんと上昇していく。


 ニュースでは「夏の気温上昇に伴って、各地での衛生問題が悪化するおそれがあり、住民自治による早急な対応の声が上がっています」と取り上げていた。そんなニュースはあちらこちらにあふれている。


 まだまだ世の中は混乱している。だって8ヶ月前は世界が終わるかも、って状況だったんだ。戦いが終わりましたよ、といっても、いっぺんに世界はもとには戻らない。


 それでも学校は、今日から始まる。


※ ※ ※


 ぼくが校門をくぐると、「あっ!」と声が上がった。どこからの声かはわからなかったけれど、そのひと言で鈴なりにみんなが窓から顔を覗かせた。みんないちように大きく手を振って、まるでお祭り騒ぎだ。


「ヒーロー、待ってたぜ!」


「ありがとー! 世界を救ってくれて!」


「今度話を聞かせてくれよ!」


 はい、自慢です。でもこうやっていってくれるのは、どんなご褒美よりも、報酬よりもうれしいよね。うれしいことは、数やものではなかなか表せられない。


 教室に入ってからもひっきりなしに生徒に囲まれた。


 興味津々に戦いのときのことを聞かれるけれど、ぼくが話すことができることは限られているし、授業が始まるまでのほんの少しの時間で話せることじゃない。


 それでもけっきょく、先生たちからホームルームの開始がつげられるまで、ぼくはみんなからたくさんの質問と、感謝を受けていた。


 ようやく落ち着いて周りをみると、教室は空席ばかりだった。数えると10人。それでも昨日の今日で3割が出席しているのだから、率としてはいいんだと思う。あとから話を聞くとまるまる全員いないクラスもあったらしい。


 ぼくらのクラスの教壇に立ったのは、副担任の若松真由美先生だった。


 通称まゆちゃん先生は、最後に会ったときはコンタクトで、きっちりかっちりとした服を着て、ちょっとできる風の女教師っぽい雰囲気だった。でも、どうやらコンタクトレンズの供給ラインが整っていないらしい。丸メガネにジーンズ姿、髪はかんたんにまとめているだけのシンプルな格好だった。


 もともとが童顔なまゆちゃんだから、そんな格好をしていると、20代後半なのに、まるで高校生のようだ。ぼくらと一緒に席を並べていてもおかしくない。


 まゆちゃんは教室に入ってくるときはとっても晴れやかな顔をしていた。「おはよう、みんな!」と大きな声で挨拶をしていたのだけれど、教壇に立ったときには早々と我慢ができなくなっていた。


 ぐるりと教室を見渡すと、とつぜんぐずぐずと鼻をすすりながら、ぼたぼたと大粒の涙をこぼし始めた。


「今日から学校です! 学校が始まって、こうして、また、みんなに、会えて……本当によかったよぉ……」


 そこまで頑張っていったけれど、それが限界だったらしい。感情の関ははやばや決壊して、わんわんと泣き出した。


 つられた女子生徒もいて、教室いっぱいに泣き声が響いた。こういう雰囲気のときに限って軽口を叩く奴っているよね。藤村がそれだった。


「なあなあ、まゆちゃんのメガネ姿もたまらなくね?」


 嬉しそうにぼくに話しかけてくる。「しかもあんな普段着っぽいところも最高じゃん」


 藤村のいいたいこともわかるよ。


 こういうのも男の子は大好きだし、ぼくだって大好きだもの。


 でも、ときと場合って言葉があるし、それはとっても大事だと思う。


「なに、あんなまゆちゃんも大好きだ、みたいな顔してんのよ」


 隣の席のほのかがぼくの肩をぱしっと叩いた。普段はぶっきらぼうで男勝りなほのかが、目元と鼻の頭を赤くして、涙をこらえながら、じろりと藤村とぼくを睨めつける。


「ほんとう、相変わらずあんたたちサイテー」


「何だよう、いいじゃん、いいじゃん」


「あんなことがあったんだから、おしゃれなんてそうそうできないんだから。そういうところ、ちゃんと汲み取ってあげない男ってナイと思うし」


 ぼくの視線はほのかの髪に引き寄せられた。


 最後にあったとき、彼女の髪は腰のあたりまで伸びていた。黒髪で周りがうらやむようなきれいなものだったけれど、いまはショートボブまで短くなっている。もともと目鼻立のはっきりしていた美人だったけど、いっそうはでやかな顔が目立つようになっていた。


 正直、最初はびっくりした。


 でも今の反応をみて何もいえなかった。藤村もそうだった。自慢にこそしていなかったけれど、手入れを怠っていなかった髪をばっさりと切ったんだ。きっとこの危機のさなか、そうせざるをえなかった出来事があったんだろう。


 世界危機が始まった時、ぼくらは中学2年生だった。


 2年間は学校は続いていたけれど、3年目には全校閉鎖となって、ぼくらは高校1年生で学年が止まったまま。平和な世の中だったら高校2年生になっている頃だ。


 すでに教育システムも崩壊しているし、これからどんな救済処置が施されるのか、ぼくらにはわからない。


 学校がふたたびはじまって、まわりのひとたちはぼくを暖かく迎えてくれた。笑顔があって、こんな風にみんなでわんわん嬉し涙を流したり。


 でも、みんなが大変だったのは、至極当たり前の話だ。それを乗り越えて、きょう、ここにいるんだ。


 ぷいっと横を向いてしまったほのかと、それを見て困ったような笑顔を浮かべる藤村もそうだし、教壇で大泣きしているまゆちゃんも、他のクラスメイトたち、そしてぼくに歓声を投げてくれた学校のみんなに……友達に会えるのは贅沢なことなんだ。そうでしょう?


 こうしてまたみんなに会えた。


 みんなで泣いて喜べた。


 これからはきっと普通の生活が始まる。


 あーあ、なんか面白いことがないかなって、愚痴るときがこれから先はきっとある。


 そんな生活がぼくらの手の届く範囲に、ようやくあるんだ。


 学校全体にあふれる小さなさざめきが、まるで万雷の拍手のように、ぼくの戦争の、終わりを告げていた。

6/6 改稿

7/9 改稿

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