第39回 世界平和と嘲笑する悪魔の口
マンションに投函されていたビラの内容は、簡単にいえばこうだ。
復興対策本部(旧・転生特別対策本部)は、撃退した異世界生物を行政の届け出を無視して、世界各国の企業に対して転売している。そこからの収益は数億、数十億円とも言われ、その予算をもとに復興対策本部は武器を拡充し、諸外国への武力介入を目指している。
ということらしい。
これがずいぶんと判読しにくい旧字体で書かれ、さらにやたら修飾語で飾り立てているので、ほんとうにわかりにくい。
メイはビラを読み終わると、んんんー、と唸った。
「うちに届いた脅迫状と同じ名義ですね。文面や言葉使いが違うような気もしますが、書いてある内容は近しいですね」
そういってメイは自分のモバイル端末に保存してあった脅迫状の画像を見せた。
サイズはA4だろうか。白い紙にびっちりと細かい文字が書いてある。めちゃくちゃ読みにくい。拡大をしてかいつまんで読むと、確かにチラシの内容と近しい。アイノースのある社員は異世界生物の生命の尊厳を貶め、さらに利己的な横流しに協力しているとある。ただしこちらは制裁やら天誅やら、ぶっそうな言葉が強烈に目に飛び込んでくる。
ぼくらはナナミさんに連絡を取った。共通する団体名を伝え、具体的な内容は直接会って話すというと、ナナミさんは明日の夕方なら時間が取れるらしい。ぼくもメイも、問題ない。3人で会う約束を取り付けた。
「念のため、その画像をぼくに送ってくれない? 調査につかうかもしれない」
メイは視線をそらし、すこし考えたようだったけれど、画像をデータで送ってくれた。
「ユウタさんは、共存を考える会とモンスター消失、それと武里ケイコさんの事件は結びつくと思いますか?」
「どうだろう? 無関係といいきってしまうのはちょっと違うかな。ただ、あんまり都合よく結びついているなとは思う。同じ絵柄が揃ったから、まとめて場に出して、さあ、上がった! とかだと何か大きな間違いになるんじゃないかな」
「変な例えですね」
メイはくすくすと笑った。
「でもおっしゃる通りです。冷静に切り分けなくちゃいけません。ナナミさんと話をして、整理をしましょう」
「それと共存を考える会のことも調べないと。アイノースの調査でもまだひっかからないんだよね?」
「はい。ですが、ビラは大きなヒントになると思います」
「というと?」
「マンションに投函したひとを探しましょう。投函はユウタさんのマンションだけではないと思います。近辺のマンションのひとにも聞いて、もし投函されていたなら、防犯カメラの映像をお借りして、謎の投函者を探しましょう」
「そうか。少なくともひとの特定ができるね。でも、エレベーターなんかが止まっているようなマンションで、防犯カメラが動いているのかな」
「おっしゃるとおりですね。でも調べないことにはわかりません。アイノースは関連会社にマンション不動産や管理委託会社を持っているので、そこからも情報を聞いてみましょう」
「不動産もやっているんだ、アイノースって」
「はい。復興のいちばんはひとの住むところです。だから、アイノースは戦火のなかで不動産の事業を拡大していったと、リンカ様はおっしゃっていましたよ」
アイノースは世界が崩壊に瀕しても、果たして常に巨大企業だった。王者と言ってもいい。軍事産業から不動産、日用品まで、幅広く手がけている。世界中で魔王による崩壊の爪痕がそこかしこに残っているなかで、企業体として復興にいちばん貢献をしているのはアイノースだと思う。復興対策本部のモンスター討伐用武器も基本はアイノース社のものだ。
もちろん、慈善活動じゃない。企業だしね、ちゃんと収益はあげているらしい。
世界崩壊危機のなかでも、世界の株式市場はいっさい止まらなかった。明日をもしれない絶望的な環境のなか、軒並みに下落する株のなかで、投資マネーはいっきにアイノースへの集約されていった。
世界の英雄、世界の希望、リンカ・アイノースというひとりの女の子の活躍がそれに貢献しなかったとはいわない。でも、それよりも世の中はもうすこし欲望の色が強かったんじゃないかな。期待というものを株投資として表現していたのかもしれない。それとも、危機こそ最大の投資チャンスと思っていたのかもしれない。どっちが正しいのかはぼくにはわからない。
でも、少なくとも、リンカは自分のなすべきことをなしていた。
もしほんとうに勇者という存在が必要なら、やっぱりそれはリンカに冠されるべきだ。悪い魔王を倒したのではなくて、魔王の攻撃からみんなを守り、いまは復興事業に先頭を切って旗を降る彼女こそ、ほんとうの勇者なんじゃないかな。
だから、きっとメイもそんなリンカを大事に考えているんだろう。
そのために、この事件も解決させそうと頑張っているんだ。
モンスター消失事件と武里ケイコの事件、それを結びつけるような異世界生物との共存を考える会とその謎の投函者。結局、儀式のほうはなにもわからなかった。英雄教との関連も含めて。でも、ここにきていくつものピースが手元に集まった。きっと、このピースたちはどこかでつながっている。まだ足りていないピースもあるのだろう。それが何なのか、ぼくたちはそれを探さなければならない。
ぼくらは5階のフロアを確認したあと、他のフロアも調べてみた。ただ、発見できたものはなかった。1階を除けば、他のフロアはかなり雑然としており、正直、儀式ができるようなスペースの確保が難しかったのだろう。消去法で犯人は5階を選んでいたんじゃないかと推測ができたばかりだった。
もういちど魔法陣を見た。ただの円だと思っていたけれど、日の陰りに薄ぼんやりと浮かぶそれは、どことなく地面にぽっかりと開いた巨大な口のようにも見えた。捧げられたものをすべて丸呑みにしてしまう、悪魔の口のように。あんまりそういうのは信じていなかったけれど、ちょっと寒気を覚えた。
「ここでの収穫はもうなさそうだね。日も暮れてきたし、きょうは退散しようか」
「そうですね。あ、でも、ちょっと待っててください」
そういってメイは床の赤い円の前にしゃがみこんだ。ちいさな手のひらで魔法陣を撫でたあと、そのまま合掌し、身じろぎもせず一生懸命、祈っていた。やがてぽつりぽつりと、痛かったですよね、怖かったですよね、とっても悔しいですよね、でも大丈夫、きっと事件は解決されます、そうつぶやいた。
ああ。くそう。ぼくはなんて間抜けだ。
ここは武里ケイコが最後にいた場所だ。そんな大事なことを忘れていた。推理というゲームにいつの間にか気持ちを持って行かれていたんだ。ぼくも事件を解決をする、という目的ばかりを見ていた。ひとの死と向き合っていなくなっていた。
ぼくはメイの隣に座り、同じように手を合わせた。
どうか、やすらかに。どうか、どうか、どうか。
※ ※ ※
ただ、なぜか、悪魔の口がにんまりと笑みを浮かべていたように、ぼくには思えた。
お前を食ってやる、って。