第36回 世界平和とムッシュ・ヴェルドー
ユウタ:かえで、武里ケイコさんが亡くなったって
ユウタ:きょう葬儀が執り行われたよ
ユウタ:いつ、帰ってくる?
書類が確認されている間に、かえでにメッセージを送った。前のメッセージも既読にならない。どこか秘境にでも籠っているのだろうか。
最後の書類まで、まゆちゃんはひとつひとつ項目を目で追っていた。まゆちゃんの仕事はとにかくまめだ。提出物にはいつもとても細かく、しっかりとコメントが書かれていた。昨日確認したはずの資料も含めて、ずり落ちそうなメガネを何度も押し上げながら、末尾まで念入りにチェックが終わると、ちいさくうなずいた。
「だいじょうぶね。手続きはこれで完了です。お疲れさまでした。校長先生には私から届けておくわ。佐倉くんは明日鈴本エリカさんを学校に連れてきてね」
「わかりました」
「あ、でも、鈴本さんと少しお話もしたいから、いつもより早めに来てね。君の登校時間だと駆け込みになっちゃうからね」
「……気をつけます」
「はい」
まゆちゃん先生はうっすらと紅を引いた口を弓なりに形を変え、その後、ぼくの顔を覗き込むようにみた。
「ユウタ……佐倉くんはちゃんとご飯、食べている? 疲れているようだけど、ひとり暮らしだからって炭水化物とたんぱく質ばかりはだめよ。バランスよく食べないと」
そんなに疲れているのかな。
つるりとほおを撫でてみたけれど、自分ではわからない。
確かにバタバタはしている。やらくちゃいけないこともたくさんあるけれど、以前のように命をかけるようなことはなくなった。その代わり、ちからでなんとかなることではなく、精神的に疲れる出来ごとが増えているのかもしれない。
「あ、あの、さ、もしちゃんと食べてないなら、うちに、そのお……」
「え?」
「あ、ううん、なんでもない! と、とにかく疲れていても、遅刻はだめよ。きょうだって市役所に寄ってきたとはいえ、だいぶ遅いじゃない。授業はちゃんと出ないとね」
ごまかす様子がまるわかりだ。
でも、まあ、遅刻したのはまったくの事実だ。さぼっていたのも少しぐらいはほんとうだしね。ただ、それがぜんぶじゃない。
ぼくは武里ケイコのことを聞いてみた。とたんにまゆちゃんの顔にうっすら影が落ちた。
「学校側も今日聞いたの。お父様から連絡を頂いたわ。とても残念なことです。詳しくはまだ聞いていないけれど、夕方、先生たちで武里さんのお宅を訪ねて、お話をしてくる。あした、全校集会を開いてみんなに伝えますね」
全校集会?
ぼくは首を傾げた。学友が他界したことは重い話だけれど、全校集会を開いて伝えることではないと思ったからだ。なんで? でも、その答えはすぐに明らかとなった。
「犯人、早く見つかるといいわね」
※ ※ ※
魔王との戦いで、ぼくらの世界ではたくさんのひとが命を落とした。その人数はわからない。きっとこれから「歴史」という本に取りまとめるために、偉い人がいろいろな計算方式や推定で数字を示すんだろう。
そうして示された数字は、きっとこうやって書かれる。
「魔王との戦いで世界では何十万人が犠牲となり、日本では何万人を数えた」
ね。一行でまとめられる。魔王というひとりを伝えるのに2文字も使うのに、何万人、何十万人という犠牲者はたった3文字、4文字でひとくくりになってしまう。魔王はきっと未来永劫でひとの口端に名前がのぼるけれど、犠牲者は数字で呼ばれる。
ムッシュ・ヴェルドーはこういったんだって。
「一人殺せば悪党で、100万人だと英雄です。数が殺人を神聖にする」
そんなばかな話は、ないよ。
だいじなひとの命が奪われる。
その奪った相手が100万人を殺した英雄であろうとも、ひとりだけを殺した悪党であろうとも、戦争によってだろうとも、殺人によってだろうとも、同じだ。
だからどうするって?
ぼくは、ぼくのできることをする。
たとえ、それが授業をサボることになってもね。




