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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第二話 勇者さん、お断り
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第35回 世界平和とひとにぎりの人間の役目

 編入生として、エリカは扱われることになった。前の学校が再建できず、疎開先で新しい学校生活を送ることになる、ぼくの遠い親戚という設定だ。まあ、たぶん、これで大丈夫だろう。ナナミさんにもずいぶんと骨をおってもらった。


 とはいえ、いくら政府主要機関のエリート様というプラチナチケットをかざしても、行政的な手続きは避けられない。提出書類の不備があって、ぼくは次の日の学校を午前中だけさぼった。ほんとうは昨日のうちにすませたかったけれど、リンカの相手をしていて、時間がなくなってしまったのだ。くそう。


 本人同行の必要があるということで、エリカも一緒だ。


 朝8時には、役所の前にはたくさんのひとがいた。疎開先から帰ってきたひとや、様々な手続きをするひとは簡単には減っていかない。政府も、ボロボロになった国民情報をまとめ直すため、いろいろな手段や方法でアプローチをしているらしい。


 ぼくが手続きをすべて完了するのに、3時間かかった。やることはすごくシンプルなんだけどね、いろいろなお使いクエストで上へ下へとしているうちに、あっという間に時間が過ぎていった。途中からすっかり飽きてしまって方々を歩いて回っていたエリカを探す、とサブクエストがなければ、もっと早かったかもしれない。


「だって、書類仕事をみていると、昔を思い出して、嫌気がさすもの」


 元魔王様でも、書類仕事がたくさんあったらしい。


 それでもぜんぶ整った書類を手にして、エリカは満足げに「これであたしも高校生!」とくるくるとおどりだした。とりあえず、あしたから。少しずつでも彼女が世界に受け入れられるように、ぼくも頑張ろう。


※ ※ ※


 役所からそのまま学校へ行こうと思ったけれど、まずはエリカを家まで送らなければいけない。厄災前であれば、ほとんど迷うことのない道程だけれど、通れない道があちらこちらに残っているから、さすがにひとりで帰すのは心配だった。


 ただ、そこでまた事件がおきた。


 大きくぐるりと迂回しながら帰らなければならない。比較的道が広く、瓦礫の少ないのはもともと大きな建物も少ない住宅街の脇が、通行の要だ。ぼくらがその道を通っていると、道の先、大勢のひとたちがとある家の前で集まっていた。


 葬式だ。


 喪服もないひともいるけれど、誰しもが鎮痛な面持ちで家の門を潜っていた。

 エリカはそんな風景をじっと見た後、ぼくの手をつかんだ。誰だって、死を悼むひとの悲しみにはこころを寄せたくなる、そのはずだった。


「離せ! われわれはお嬢さんの希望でここにいるんだ! 望まぬ宗義は、故人への侮蔑だ!」


 葬儀会場のなかから男の人の騒ぐ声が聞こえてきた。参列者の視線がそちらに向かう。すると何人もの男の人に囲まれるようにして、スーツ姿の男性が門の外に連れ出された。


 真壁先生だ。

 そして真壁先生を追うように、何人かの男女が出てくると、門の前で声をあげた。


「奥さんと亡くなった娘さんは、われわれ英雄教の敬けんな教え子だ。ふたりの意向を無視して、このような形で娘さんを送るなど、信仰の自由に対する越権行為だ」


 そうだ! と真壁先生を囲うひとたちが同意する。


 それを受けて、血気の盛んな若い男の人が「なんだと!」と真壁先生の胸元をつかんだ。


「奥さんの優子さんは、おまえらと関わっていて、崩壊の最中に行方不明になったんじゃないか! 旦那さんがどれだけ探したと思っているんだ! それに、ケイコちゃんだって、あんたらの宗教から逃げ出したいっていっていたんだぞ!」


「それは違う。断固として違う。優子さんの行方不明と、我々とは一切関係がない。お嬢さんのケイコさんは、優子さんがいなくなって後には、いっそうの信心で活動を続けていた。そもそも、無理やり彼女に改宗を押し付け、苦しませていたのは、お前ら家族のほうじゃないか!」


 一触即発とはこのことだ。悲しみと怒りがごっちゃになった親族と、宗義に盲目になった信者では話が噛み合わない。


 かえでだったら、ここで飛び出していくだろう。

 ぼくは違う。

 だけど、思わず足を踏み込んだ、その時だった。


 凛とした声が、騒ぎをばっさりと切り落とした。


「やめなさい。どちらとも」


 人だかりの奥から現れたリンカ・アイノースが、ふたつのグループの間にたった。普段から目を引く容姿だが、静かな憤りに赤らむ端正な顔立ちが、礼服で一層際立った。


「ここは亡き人を想い、残された家族の悲しみを少しでも分かち、厳かに送る場所です。声を荒げ、眠りを妨げるときではないと、わたしは思いますがいかがでしょう?」


 リンカは真壁先生と、男の人の顔を交互に正面からみつめた。


「よくそんなことが言えるな、死の商人の娘が」


 英雄教の信者が声をあげた。


 リンカはその声の主に視線を向けると、ひどく穏やかな口調で言った。


「否定はしません。非難はいくらでもしてください。ただ、ここはその場ではない。英雄教のみなさまとお見受けいたしますが、故人をともに送る気がないのでしたら、帰られたほうがよいでしょう。しかしわたしは、残られ、静かに祈ることを望みます。仏教に造詣はございませんが、故人の功徳を思い出すことが、天国への道とのことですから」


 ふたつのグループは困惑をしたように、周りのひとに視線を向けた。


 たぶん、追い返すということは簡単だ。リンカは強いし、遺族のほうが人数も多い。真壁先生はけっして武道派ではないから、あっという間だろう。でも、遺恨が残る。英雄教のひとたちに追い出されたと声を荒げるきっかけを与える。だから、リンカはあえて残ることを英雄教に提示したのだろう。


 真壁先生は鼻を鳴らすと、焼香のために参列をした。


 若い男の人も止めようとはしなかった。


 葬儀の場の静かな緊張感は、やがてふたたび悲しみというベールに包まれていった。


 ぼくはリンカのほうへと歩いた。


「あら、佐倉ユウタ。こんなところでなにをしているのですか」


「市役所からの帰りだよ。それにしてもすごいな」


「なにがですの?」


「さっきの仲裁さ」


「ああ」リンカは興味のなさそうに門の中に視線を投げやった。「当然のことです。市民を正しく導くのがわたしの役目ですから」


「それがすごいっていうのさ」


 ぼくが素直に関心をすると、素直さをどこかに忘れてきたお嬢様は「はっ」と鼻で笑って見せた。おいおい、メイ。こいつが素直さを取り戻しても、百年の恋も醒める対応だぞ。


「リンカの知り合いなのか?」


「そうですわね。ここの武里教授はアイノースバイオテクノロジーの重要な役職者です。そのお嬢さんなら、知り合いといえば知り合いでしょう。それよりむしろ、あなたのほうが故人とは知り合う機会があったのではないですか?」


「え?」


 武里ケイコ。ぼくのあたまの中の人物リストがものすごい勢いでめくられていく。


 思い出した。武里ケイコは隣のクラスの生徒、そうして。

 かえでの親友だ。

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