第34回 世界平和と学問のすすめ
「で、その盗聴器や盗撮器をさがす手はずをとってほしいと?」
「はい」
ナナミさんは電話越しにため息をついた。
「あのね、わたしたちは便利屋じゃないの。なんでもかんでも相談されても困るし、そういった事件は、それこそ警察の仕事よね。住居不法侵入とか」
「警察には通報しました。鍵の遺失物届けを出してほしい、ということと、盗られたものがなくて、侵入された形跡が主観では捜査のしようがない、っていわれました」
「完璧ね。それこそ他にしようがないわ」
でも、というとナナミさんは2度目のため息をはいた。
「かんべんして頂戴。モンスター消失の件でこっちはバタバタ。それにきみから頼まれたことの調整だって、べつに簡単ではないのよ? きょう、ちゃんと学校に書類だした?」
「はい、明後日からだそうです」
「そう、それはおめでとう。まあ、とりあえずきみの心配もわかる。消失事件の手伝いもお願いしているし、なんとか盗聴器を調べるメンバーなり、業者を見つけるわ。時間を頂戴」
「ありがとうございます、ナナミさん」
電話越しに、ずっとキーボードを叩く音が聞こえている。あれから本部に戻ってずっと仕事をしているのだろう。ほんとう、お疲れ様です。
ナナミさんはしばらく黙っていると、急に何かに気づいたように笑い出した。
「どうしたんです?」
「ううん、べつに。ただ、もしかしたらエリカちゃんは単なる策略家かも、って思っただけよ」
「はあ、策略家ですか」
「男の子よ。女の子が常に赤ずきんであるとは限らないわ。気をつけなさい?」
※ ※ ※
明後日から学校にいく、と言われて、エリカはぽかんと口をあけてぼくの顔を見つめた。
あの後、鍵の交換が済むまでぼくの家に居候する、というエリカの主張について激論が繰り広げられ、抵抗も虚しく、よくわからないうちに押し通されてしまった。え、説明を端折り過ぎて過程がよくわかんないって? 奇遇だな、ぼくもわからん。なんでこうなった? そういえば話し合いの最中、エリカの右手が怪しく光ったけれど。まさかね。
ドタバタで晩御飯を食べていないエリカのために、簡単なパスタを作ることにした。明太子パスタだ。かえでにも好評で、自慢の一品だ。
明太子をほぐしながら、ちょうどいいや、と学校の件をエリカに伝えた。
「あたしが学校?」
テレビをゴロゴロしながら見ていたエリカは、驚きが過ぎたのか、穴が開くほどぼくの顔に視線を注いだ後、惚けたように首を傾げた。
「そう、ぼくの学校なんだけれど、入学手続きはぜんぶとってある。といっても、学校としてはまっとうには機能していないけどね」
「あたしが学校?」
「ぼくらと同じ年齢だし、日永一日自宅警備とコンビニ通いは、つまらないでしょう?」
「あたしが学校……」
だめだ。情報処理が的確に行われていない。水と氷の魔女様が壊れたレコードのように同じセリフを繰り返しているぞ。
「いいの?」
「ナナミさんの許可はとっているしね」
ぼくは茹で上がったパスタに明太子ソースを絡め、刻み海苔とネギを乗せ、空腹の魔王様の前においた。
「あ、おいしい」
フォークがなかったけれど、エリカは器用に割り箸を使ってパスタを食べていく。
あれ、もうちょっと感動とかないのかな、と正直がっかりした。学校のことも、パスタのこともね。けっこう交渉頑張ったのにな。
そう思ってエリカの斜めとなりに座ると、エリカがずっと食べながらごにょごにょ何か言っているのがわかった。その声がだんだんと大きくなっていった。
「学校いける。パスタおいしい。学校いける。パスタおいしい。……学校、いける! パスタ、美味しい! あたし、学校、行く! パスタ、なにこれ、めっちゃ美味しい!」
いっきにパスタを食べきると、エリカはぼくに飛びついてきた。
「ユウタ! ありがとう!」
喜んでくれてよかったよ。
でも、口拭いてからにしてほしかった。
ぼくの白いシャツに明太子のあとがばっちり残った。