第32回 世界平和とメイド探偵の推定
正直、ぼくは推理なんて出来ない。ミステリー小説はだいたい作者の仕掛けた罠にはまって驚かされるのが常だ。自分では頭脳派だと思っていたのになあ。
だから、メイがすらすらと自論の推理を、帰り道に話し始めて驚いた。
「整理をすると、ユウタさんがキャンプを出て、対策本部の処理班が着くまでの2時間の間に犯人はモンスターを奪っていったということになりますね」
「そうなるね」
「お話を聞くと飛翔・人型はだいたい3メートルくらい。相当の重さだと思いますから、単独よりも複数人によるものと考えたほうがまずは良さそうです。もちろん、クレーンやなんかを使っていれば別ですが、あんなに予測不能な状況で、単独犯が効率良く計画的に動いていたと考えるより、複数のひとが汗をかいて運び出したほうがシンプルです。事件はだいたいシンプルなものです」
「複数ってことは組織的な犯罪ってこと?」
「そうですね。真木村さんの話しを聞くと、消失事件はこれが最初じゃないようですし、目的があってやっているんだと思います」
「目的か。研究用とか?」
「どうでしょう? もしくは販売かもしれません。モンスターの体は貴重です。コレクターも少なからずいるようですし」メイはかわいい眉毛をひそめてため息をつくように「なかには薬として販売していることもあるようです」
「薬って」
「はい。そういう需要もあります。もちろん否定はしません。アイノースだって、そういう研究はしています。モンスターの毒の血清とかですが。わたしがいっているのは、宗教的というか、都市伝説的なものとして高値で売買されているということです」
長寿、若返り、あるいは万能薬として。
どうやら科学の進歩したこの現代社会でも、未知のものに対する恐怖と、そして期待感というものは根強く残っているようです。
「犯人が転生者だってことは? もし特殊なちからを持っていたら、ひとりでも可能かもしれない」
「十分にあります。ただ、それを優先的に考えるには、情報が足りませんね。わたしは組織犯罪の線を調べてみます。ユウタさんは転生者の可能性を調べていただけますか?」
「わかった」
メイはモバイル端末を取り出すと、いまの話をメモに残した。それをどこかにメセージで飛ばしているようだ。両手で操作をしているので、正直危なっかしい。
「それでも、ぼくだけじゃなくて、メイも呼ぶなんて思わなかった」
彼女は端末から顔をあげる。
「人間の悪意で起きていることだと、真木村さんは考えているんでしょう。真木村さんが恐れているのは、モンスターの培養のようですね。わたしたちもそれがいちばん問題だと思います」
「培養?」
信号が赤になった。目の前を何台も車が通り過ぎ、遠くの街の光がぼんやりと見える。街の明かりが少なくなって、星の瞬きが強くなった。月あかりは、重要な夜の光源だった。
端末をカバンにしまうと、メイはふたたび話し始めた。
「各国の政府と、アイノースをはじめとした企業、機関が締結する契約書には明確な基本条約があります。世界共通です。モンスターを研究することはけっして違法ではないのですが、バイオ養成など、彼らを生み出すことの一切を禁止しています。そして研究後の被験体は確実な処分をする。このための施設設置など、審査はほんとうに厳しいのです」
「でも、それを破る組織はある?」
「はい」
メイはまっすぐぼくの顔をみた。
「リンカ様はそういった組織の撲滅に奔走されています。もしモンスターが人間の意のままに動くようになったら、それは兵器であり、兵力です。けっしてこの世界の人間が手に入れてはいけない技術なのです」
前回の大量発生は、それでも生物的限界で頭数も限られていた。
もしそれが無尽蔵にひとの手で増えていったとしたら?
世界はぼくが思っているよりも、もう少しだけ暴力的なのかも知れない。
ナナミさんから、具体的な行動要望があったわけではない。ぼくらはぼくらでさまざまに情報を収集する必要があった。情報の共有は、基本、実際に顔を合わせて各個別に行う。ことは内密を良しとする。オンラインは決して安全ではないがふたりの意見だったし、ぼくも異存はなかった。
駅までたどり着くと、メイはぼくに深々と頭を下げた。
「今日はありがとうございました。わたしは社の人間から話を辿ってみます。せまい世界です。何か探れるかも知れません」
「ぼくは現場を見てみるよ。転生の能力なら、もう少し何か掴めるかもしれない。そうじゃなくても、みんな逃げるなか、ぎゃくに危険な地点に向かうひとや車がいたら、記憶に残るかも知れないしね」
「はい。ユウタさんの活躍を期待していますよ」
そういって、一拍あけて、「リンカお嬢様もあなたに期待をしてますよ」
「リンカが? それはないよ。ぼくとかえでのことを嫌っているし」
「お嬢様は素直さをどこかに置き忘れてしまったのです。置き忘れた素直さを見つけられたら、ユウタさんはきっとお嬢様を大好きになってしまいますよ?」
とメイは丸い顔をくしゃっとほころばせ、
「少なくともわたしは見つけるきっかけは見つけましたけどね?」
そういって、名探偵は謎を解いたように、自慢気にピンっと人差し指を立てた。
期待していますよ、か。
捜査なんて、ほんとうに探偵ものや刑事もののみたいだ。
見えない犯人、消えた死体、そしてアリバイ。まあ、アリバイもなにもまだないんだけれどね。それでも小説や漫画のなかのような出来事に、正直、ちょっとワクワクしていた。
よし、明日、学校帰りに現場に向かってみよう。ぼくはそう思っていた。
でも残念ながら、ぼくが現場にいくことになるのはしばらく先のことだった。
運命はどうやらだいぶとせっかちらしい。