第29回 世界平和とキャラメルとメイドさん
2時間4分というのが、今回のリンカ様の長舌記録だ。最後の10分ほどはさすがに息切れをしていてところどころ可愛げもなく咳き込んでいたけれど、まったくもって大した体力の持ち主だった。ぼくはこんなに長い時間しゃべられない。
リンカの話がぴたりと止まると、絶妙なタイミングで後ろに控えていたメイド姿の女の子メイがペットボトルの水を差し出した。
「リンカ様、佐倉ユウタもリンカ様のお話を十二分に理解をしているようですし、きょうはここでひとつ、彼には理解の先に到達する時間を与えてはいかがでしょうか?」
リンカはごくごくと水を飲み干すと、じろりとぼくをねめつけた。すかさずメイがぼくに目配せする。もちろん、ぼくだってこれ以上拝聴するようなことは避けたい。あまり演技は得意ではないけれど、ぼくは申し訳なさそうに見える程度に、顔をゆがめてみせた。
ふー、っと大きく鼻で息をつくと、リンカは嬉しそうに、
「仕方ありませんわ。あなたにご自分が何をして、これから何をするべきなのか、考える時間を差し上げます。せいぜい考えて、もうひとりの方ともども、大いに反省なさってくださいな」
そういい残すとくるりとからだを反転させ、すたすたと部屋の外へと出て行った。
とたんに体を鉛のような疲労感にべったりと押しつぶされるよな感覚を覚えた。
ほんとうに勘弁してほしい。
学校が終わりにぼくはまゆちゃんに呼び出されて、いくつかの書類にサインをしていた。そんな時にエリカがやってきたのだ。校長は慌てて応接室を用意して、リンカとメイ、そしてぼくを案内してくれたけれど、それからずっとだ。もう無理。
ぼくがソファにぐったりと伸びていると、メイがすっとぼくの脇に立った。
「だいじょうぶですか、ユウタさん。すみません、リンカ様が毎回毎回……」
さっきと打って変わって腰の低い口調でぼくに頭を下げた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。今回はちょっと長かったけどね。座っていられたし、いつもと比べたらぜんぜん辛くない」
「そうですか。あの、これ、元気になると思うので、よかったら食べてください」
メイはメイド服のポケットからキャラメルを2つ取り出すと、ぼくの手を握るようにしててわたした。
「わたしの手作りなんですよ。お口に合うかわかりませんが、リンカ様は美味しいってほめてくれました!」
そういって誇らしげに満面の笑みを浮かべて見せた。リンカの演説を聞くのはしんどいけれども、きまってメイがフォローに入る。リンカはほんとうにこのメイのことをもっと大事にしたほうがいい。このこのおかげで、リンカに対する不満は大方解消されているのだろうとぼくはおもう。
「何をなさっているんです? のんびりしていないで、行きますわよ!」
「あ、はい、リンカ様、いま参ります」
彼女はリンカを追いかけるようにドアをくぐりかけ、何かを思い出したように、くるりとぼくのほうを向いた。「ユウタさん、ありがとうございました。それではまたあとで」
とひらひらと手を小さく振ってみせた。
ぼくはメイからもらったキャラメルを口にいれた。甘い味が口いっぱいに広がり、まるで鉛のような疲労も溶けていくような………………ん? またあとで?
疑問の答えは、黒塗りの車とともに走り去っていった。
ただ、その答えは割と早くにぼくの元へとやってくる。
面倒ごとをたずさえて、ね。