第28回 世界平和と怒れる勇者
ところで、ぼくやかえでを指して、勇者とか救国の英雄とかいうひとがいるけれど、そんな格好のいいもんじゃないさ。部屋の中央でどんぱちやっているさなか、ぼくたちは頭をひくく、壁づたいに敵の後ろにしのびより、背中から攻撃したようなものだからね。
結果的には、やんやともてはやされているけれど、どうも座りが悪いし、正面切ってどんぱちやっていたひとたちの視線もきつい。
その正面切ってどんぱちやっていたというのが、アイノース航空隊という民間企業が立ち上げた私設軍隊だった。
残念なことに、世界滅亡の危機に瀕しても、国同士は連携しなかった。
ほんとうに残念だ。
そんななかで多国籍のコングロマリット企業であるアイノースが、グループ内の軍事産業部門をフルに活用して、最新鋭の武器を大量に抱えて「世界の敵」に立ち向かった。世界大戦のときの歴史を盾に「死の商人」と叩いていたひとたちも、くるりとてのひらを返して、英雄と称えた。
世界の警察と呼ばれていた某国はそれを面白く思わなかったようだけれど、もともとそんな看板は取り外そうとしていたし、ほかの巨大国の横やりでそれどころではなかったらしい。国の防衛機関の半分を諸外国との戦争に費やしていたというのだから、大統領が講演中に銃殺されたのも仕方ないし、うって変わっていち企業がもてはやされるのも仕方ないだろう。ぼくらは機を見るのにけっして敏感ではない。じぶんに必要なものを、積極的に選択していたんだ。
そのアイノース航空隊のトップが、アイノース創立者のご令嬢、リンカだ。
世界でもっとも財力をもつ大富豪のご令嬢は眉目秀麗、もし世界崩壊の危機に直面をしなければ、きっとゴージャスなセレブとして名を馳せ、誰しもに羨ましがられながら、アイノースの帝王学を元に、静かに一般的な世界いちのお金持ちになっていただろう。
でもこのお嬢様の胸の奥底では、巨大企業を一代で築き上げた苛烈な男の血ががんがんと情熱のほのおに薪をくべていた。
魔王の転生という事件はきっかけでしかなかった。
ほのおはいっきに燃え上り、彼女の肉体から溢れ出てしまった。
もともと万事に才のあるリンカだったけれど、軍事の才は傑出していた。ありきたりにいえば、生まれる時代を間違っていたのかもしれない。
しかし運命が彼女をもとめたかのように終末戦争を人類に投げかけ、リンカはそれに答えた。
リンカがいかにして巨大軍隊設立まではたせたのか。それはぼくとかえでがまとめた世界崩壊危機の顛末よりも、膨大で拡張高い文章で取りまとめられると思う。たぶんぼくは読まないけれど。
政治と権力と金という世界でもっともパワフルな燃料を投下して、かくして、ぼくのたった2歳年上の金髪碧眼の女の子は、世界屈指の軍隊を率いるまでにいたったのである。
というのが、ぼくが読んだとある経済誌のインタビューだったわけだけど、アイノース航空隊はたしかに大活躍をした。
でも、魔王にはけっきょく敵わなかった。
そんななかで、ぼくとかえでが、世界を救った、っていう流れなんです。
で、どうして、こんな長ったらしい説明をしたかって?
いや、そのリンカさまが今まさに、ぼくの前で、目くじらを立ててどなり散らしているのです。いつものことだけど、気が滅入るのでサウンドオフにしています。ちょっと、オンにしてみましょうか?
オン。
「から、このリンカさまの目の黒いうちとかではそんなんじゃ甘いわねもう機関でも作って未来永劫あなたたちが行った卑怯卑劣泥棒猫のコンコンチキがトンビのごとく油揚げを奪っていたというそのいじましさや育ちのわかるような行為によって聖戦といわれる戦いに水をさしたことを追求いたしますわいいえもちろん平和になったことは私たちも望んでいたことですからあなたがたを攻めることは決してないのですけれどそれでもあなたたちがこうして世界平和のまさに英雄と称えられたあさましい行為の成就にはわたしたちアイノース部隊の多大なる尽力があったということを世界全般に公表すべきなのですいいえしなければおそらく詐欺罪に訴えられて後世に不名誉な」
オフ。
こんな感じだ。
ぼくはこのリンカ様がとても苦手なのです。
彼女がぼくらに不満をもっているのは間違いがないし、それをとやかくいうつもりもない。もちろん彼女も世界が平和になったことになんかしら不満をもっているわけではないのだろうけれど、一番の問題はリンカとかえでの仲が徹底的に悪いことだ。それはもう、壊滅的に。
大体においてぼくはふたりの間に立ち、ふたりはぼくを通して会話をしているといっても過言ではない。いまも、リンカはぼくを通してかえでに怒りを伝えたいのだろう。でも伝書鳩はお断りだ。黒やぎさんのお手紙を届けて、白やぎさんの手紙を拝領するなんてごめんだからです。だってまともにお互い受け取らないんだもの。
きっかけはいつもシンプルだ。
今回は、リンカが握っている新聞だという。
どうやら中国の首相とかえでの会談で、アイノースについて話があったようだ。
簡潔にいえば、かえでがいらないことをよりにもよってマスコミの前でしゃべりまくっていて、それがアイノースの批判として書き立てられているのだという。かえでの発言は大抵過激で、どこかの文章の一端を切り取れば、全世界に喧嘩を売っていることになるような発言ばかりだ。きっと、どこかのジャーナリストが過激なひとことをしめたとばかりにピックアップしたんだと思う。悪意がないとはいわないけれど、本筋はきっと違うところにあるのだから。ほんとう、やめてほしい。それを真に受けるひとが確実にぼくの目の前にひとりいるのだから。
金髪碧眼のぼくよりちょっとお姉様のご高説はまだまだおさまらない。
リンカ・アイノース。
世界の勇者にあと一歩届かなかった、今回はそんな彼女のお話だ。
ようやく新章です!
第1話の魔王…とは異なり、今回はミステリ?要素が多くなります。