第25回 世界平和とデートとぼくの決断
エリカはソフトクリームのコーンもさくさくと口のなかに放り込んで、大きく背伸びをした。
ベンチの脇にはきょう買った新しい服が、いくつもの紙袋に入っている。さすが前の世界では魔王とはいえ、王様だっただけはある。ぼくの財布事情なんか御構いなしに、あれがほしいこれがほしいとわがままをいっては、ふいっと次の店に入っていく。
もちろんまるまる買うわけにはいかないから、店員さんに事情を話して、都合のつくだけ、エリカの好むものを買った。おかげでぼくは今月の残りの生活に、そうとう頭を悩ますことになる。あのお蕎麦屋さんでバイトでもさせてもらおうかな。
3時間、エリカは楽しそうに街のなかを散策した。
復興途中とはいえ、いろいろな店が出ている。街は少しずつだけれども、確実に着実に、活気を取り戻していた。エリカはそんな街を楽しそうに見回していた。
「あたしの世界にも、こんな街はたくさんあったよ。元気な街は見ていて楽しいものだよ」
そういえば、エリカはあんまり前の世界のことを話さない。そんな話を聞いている余裕もなかったのかも知れないけれど、この表情豊かな大魔王様のことをぼくは知らないのだ。
彼女が意外に淡いブルーやピンクの服が好みだったり、アイスばっかり食べていたり、歩く速度がぼくよりも早くて、時々不安そうに振り向いて、ぼくがついてきていることを確認するとにっこり笑って見せたり、街のひとに興味を持っているのに、人見知りで、あわててぼくの手を引っ張って代わりに話させたりと、ふつうの女の子の面をぼくは知らなかった。
だから雑談のように、ナナミさんとの話のことを聞かれ、ぼくは情けないことに口ごもっていた。世界を崩壊から救ったっていうのに、世界はぼくらに対して、けっしてあまいものではない。冷徹なシステムを受け入れるべきだと思っていたけれど、いざシステムの分厚いかべの前に立たされると、ぼくは惑いに蝕まれていた。
エリカの体のいちぶを壊して見せて。
なにそのスプラッター映画的要素。そんな映画、ぼくの好みじゃない。ぼくはコメディや嬉し恥ずかしの恋愛映画が好みなんだ。
だって、これってデートじゃない? デートの後にあいての女の子をぼこぼこにするような映画なんて、そんなの、いやだ。
エリカは自分で逃げなかった。それはきっとこの世界のひとを信じて、そしてぼくを信じてくれたからだ。彼女は転生してきて、前の世界から世界最強クラスの魔法のちからをもってきたけれど、この世界で、受け入れてほしいと思ったんじゃないだろうか。だから逃げなかった。自分からぶつかっていった。そしてぼくに託した。
でも、彼女の思いはかたちにできなかった。
この世界にとってやっぱりエリカの存在は不都合で、少なくともなにか他の抑止力がないと存在することも許されなかった。
そしてぼくはエリカをかばうことも、この世界との架け橋になってあげることも、できないのだ。
ナナミさんはぼくのことを信頼していると言ってくれた。
でも、エリカは逃げないこと、抵抗しないことでぼくのことを信頼していると示していたんだ。
ぼくには両立できない。片方を選ぶしかない。だったら、ぼくはナナミさんから提示された方法ではない、もうひとつの方法を取る。
ここから逃げる。
ふたりで逃げる。
やっぱりかと思われるかもしれない。でも、あの世界を崩壊へと導いた最強最悪の魔王との戦いでエリカは何度も死にかけた。それでもたまたま転生をしてきたこの世界のために彼女は戦ってくれた。そんな子に、報いることができない国なら、捨ててやる。
「エリカ」
「は、はい!」
とつぜん強い口調で名前を呼んだから、エリカはびくっと肩を震わせた。
ぼくはエリカの手を握ると、立ち上がった。すこし乱暴だったかもしれないけれど、彼女の体をぐいっと引き上げた。
「逃げよう。この国から、ふたりで逃げるんだ」
何言い出してんだ、こいつ、と思われるかもしれない。でも、ぼくは真剣だった。
目をしろくろさせていたエリカは、しばらくして、ぼくの顔をじっと見てから言った。
「それがきみの答えなんだね」
そうだ。そう、ぼくにこの答え以外は、ない。
エリカは言った。
「いいよ」