第23回 世界平和と欠席魔女裁判 付け焼き刃弁護人の悶絶
「遅い! ユウタ、遅刻!」
太陽があたまのてっぺんをじりじりと焼き付けるような真夏の炎天下で、エリカは駅前の街路樹のしたでぷりぷりと目を釣り上げていた。
「すっごい待ったの!」
といって指差した先には、コンビニのビニル袋に大量のアイスのゴミが詰まっていた。いったいどれだけ食ったんだよ。それに、とぼくは腕時計をみた。予定時間の10分前だ。遅刻なんてしていない。
「女の子より前にいないといけないんだよ、男の子は」
「いやいや。いつからいるんだよ」
「1時間前」
「めっちゃ早いよ!」
さすがに待ち合わせの1時間前とか、びっくりする。ぼくの驚いた顔を見て、エリカは突き出した口を、ふにゃっと緩めておかしそうに笑い出した。
「ごめんごめん。かえでから貸してもらった漫画にこんなシーンがあったからさ。せっかくだもん、やってみたかったの。ユウタのことだから割と早くくると思ったから、頑張って暑いなか待っていたんだよ」
水と氷の魔女様は、いたずらが成功したことに気を良くしたのか、どうだ、と言わんばかりに胸を張って見せた。目のやり場に困ります。
そういえば、普段よりおしゃれな格好をしている。その格好もかわいい、というとエリカは目をぐるぐると泳がせながら「そ、そう? ありがとう」と急に小さく縮こまった。さっきまでは獲物を目の前にしたように喜んでいたのに、とつぜん逆転したようだ。
「さ、さあ、行こうよ。ほら、ぐずぐずしていると時間がもったいない」
エリカはぼくの手を掴むと、ぐいっと引っ張った。
「”残り時間”はそんなにないんだから」
午後2時55分を、腕時計はさしている。
タイムリミットまで、あと3時間と5分だ。
お話は、15時間前に遡る。
※ ※ ※
ぼくは逃げる算段をしていた。
この施設ににいるだろうエリカを奪取して、どこか海外へ逃げる。幸い、ぼくを必要としてくれる国はいくつもある。ぼくだけで足りなければ、エリカのことも話をしてもいい。
短絡的だって?
ぼくもそう思う。
ちゃんと話をして、エリカの業績を納得させて、これまで通りの生活を続けさせることが正攻法なんだとはわかっている。でも、ぼくにはナナミさんを説得させる自信がなかった。ナナミさんをクリアしても、さらにその上の人たちに、うん、と言わせることはもっと難しい。
社会システムは十重二十重の防御システムでできている。そのうち一手でもつまずいたらゲームオーバーだ。社会システムの刃が、エリカに向いてしまう。その刃がかえでだということも、ぼくを動揺させていた。「最後の最後になると、感情に負けてしまう」ほんとう、ナナミさんは人の言われたなくないことをずばり射し込むなあ。
かえでと戦わせるわけにもいかない。
エリカを殺させるわけにはいかない。
だって、ぼくの大事な仲間たちだ。命をかけて世界を救った仲間を、ぼくらが勝ち取った平和な世の中で死なせるわけにはいかない。
ちょっとの間でも、ナナミさんやさっきの若い男の人が油断をしたときが、勝負だ。ふたりを制圧するぐらい、なんてことはない。復興対策本部にどれだけのひとがいるかはわからないけれど、入り組んだ狭い通路では、相対する人数はたかが知れている。
エリカを助け出せば、事はもっと簡単だ。水と氷の魔女様は、幻覚、混乱、マヒ、睡眠なんかの魔法も大得意だ。だから、それを使って…………。
あれ? とぼくの思考に急ブレーキがかかった。
なんかおかしい。
考えろ。
さっきの飛翔・人型との戦いのときだって、何かが引っかかっていた。あの時点でよくよく考えておけば、小学校での戦いの被害ももっと抑えられたかもしれないのだ。
ぼくが逃げるのに容易いように、エリカだって逃げるのは容易い。ぼくは力で押し切ることになるけれど、エリカだったら、もっと華麗にスマートに誰も傷つけず脱出することもできる。
そもそも、脱出するつもりなら、小学校の時点で逃げればいいだけのことだ。
じゃあ、なんで、エリカはそうしなかったんだ?
ぼくの脳みそはようやくフル回転をし始めた。くるくるぐるぐる、思考回路が焼き切れるような、とはこのことぐらいに、必死で決死で考えた。そうして自分で納得のいくような答えがでるころには、ぼくの疲労は肉体的にも精神的にもピークに達していた。
それでもこのまま走り続けなければいけない。
ぼくは席を立ち、ドアをノックした。
小窓から若いおとこのひとが顔を出した。
「ナナミさんを呼んでください」