第22回 世界平和と欠席魔女裁判 予審
すでに現場のひとたちから報告があったのだろう。ぼくが復興対策本部についたとき、ナナミさんが待っていた。
170センチ超の細身の長身に、きちんとまとめられた髪、少し上向きの鼻を気にしてか、いつもは若干うつむきがちだけれども、今日はまっすぐぼくの顔をみて、出迎えた。
復興対策本部、旧・転生特別対策本部の建物は決して新しくない。それでも機密性が保たれるよう、施設としてはいちばん良いものをあてがわれているらしい。全部で7階建ての4階部分に、取り調べ室がある。転生してきたひとを調べる部屋だった。
部屋にはナナミさんとその部下なんだろう、若い男の担当者、そしてぼくの3人だけだった。
これは特例だ、とナナミさんは最初にいった。
「わたしはきみのことを信用している」
そういってから、すこし時間をあけた。
「こんなことを言うってことは、つまりそれが揺らいでいるってことです」
ぼくは小さく頷いた。
「わかっていると思うけれど、きみは国の安全を脅かす重大な事案をずっと隠してきたんだよ。もちろん、これまでの活躍、きょうの出動は本当に感謝している。きみのおかげで大勢のひとが救われたのは真実。でも、それとこれとは話がまた違う」
ナナミさんはぼくの顔を覗き込むようにして続けた。
「現場の隊員が見たのは、間違いなく魔法だった。それもちょっとやそっとの簡単なものじゃない。あれはよほどちからのあるものだったらしい。わたしは見ていない。だから、きみからほんとうを聞きたい。誤魔化さないで。あれは魔法なんだよね。そして、あの子は相当な魔法使いだ。合っている?」
首肯と沈黙。
「理由を知りたいんだよ、ユウタくん」
灰色の室内で、ナナミさんはため息をつくように言った。「なんで黙っていたの?」
ぼくは黙っていた。別に逃げるわけでもない。魔法のちからで手伝ってもらったから世界が救えた。それでぼくらが非難されることも別に怖くはない。そりゃあ、非難されないほうがいいに決まっているけれど。
でも、そうじゃない。優先しなければならないのは、エリカの安全だった。
「ナナミさん、ひとつ質問があります」
彼女は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「いいわ。どうぞ」
「転生のおそれがある人は、取り調べをうけてどうなるんですか」
「それを本当に聞きたい? あなたはこれまで頑なにそれを知ることを拒否していた。それを、いま、ここで、聞きたいのね」
「はい」
ぼくはたしかに知らずにいた。知らない方がいいことがたくさんあることも、わかっている。世界が突然ふってわいたような厄災から解き放たれたなら、必要なのは完璧でないにしても、誰しもが妥協と納得で合議できる国のシステムに乗っかるべきだ。
自慢するわけでもないけれど、ぼくにはちからがある。万能じゃないけれど、魔王を倒せるぐらいのちからだ。だから、ぼくは自分の正義だけを押し通すようなことはしたくない。それでも、聞いてしまったら、止められない可能性は十分にあった。ぼくはかえでとは違うと思っている。でも、きっと根本は同じなんだ。知ってしまったら、ブレーキはかけられても、きっと進む方向が決まってしまう。
ナナミさんは慎重に言葉を選んだ。
椅子に背中を預け、口元に手をあて、灰色の事務机の一点を凝視する。
べらぼうに頭のいい人だ。ここでの答えがどういう意味を持つのかを理解している。だから、ものすごく真剣に言葉をかき集めている。
「わたしたちのスタンスはシンプルにふたつ。ひとつは転生した対象が人間ならば、ひととしての人権を基本的には保証すること。これはグローバルスタンダード。多くの国がこれには合意をしている。でも、もうひとつは、その特例として、人類に害を与える可能性が否定できないのであれば、手段を講じます。その手段には最悪のものも、もちろんあるわ」
「これまでにそれが適応されたことはあるんですか?」
「それは答えられない」
ナナミさんはぴしゃりと答えた。
「誤解しないで。わたしもわからないの。最終的にはわたしたち復興対策本部や警察ではなくて、もっと上のレイヤーで話されて決定している。だから答えられないわ。でも……」彼女はぐいっと体を僕の方へ傾がせた。「あなたなら、それを知る立場につくこともできるわ」
「どういう意味ですか?」
「ここからはわたしも推測混じりよ。だからぜんぶは飲み込まないで。特例の転生者は、魔王とおんなじぐらいのちからがある、って判断されたひとになるわ。つまり、わたしたちふつうの人間じゃあ倒せないの」
突然、目の前の明度ががくんと落ちたような気がする。
この話の方向は、ぼくにとって最悪の答えにつながるのではないだろうか。
「つまり、それって」
「かえでちゃんは納得してくれたわ」
そんな、ばかな。ぼくは反論しようと口を開いたけれど、言葉がのどから出てこない。
ナナミさんは首を横に振った。
「信じたくないのはわかるわ。でも彼女はきみが考えているほど感情的じゃない。功利主義的な子よ」
ぼくはいすを蹴るようにして立ち上がった。後ろに立っていた男の担当者が機敏に反応して構えたけれど、ナナミさんがそれを制した。そしてぼくを指差した。
「これでわかったでしょう。きみは最後の最後になると、感情に負けてしまうひとよ。まずは座って。少なくとも、わたしはあなたの質問に答えた。だから、こんどはあなたの番よ。わかっていると思うけれど、これはあの女の子の処遇を決める、重要な話です」
「いまの話を聞いて、ぼくがすらすらと話をすると思えますか」
「わたしはあなたに感謝している。そして、信じている」
あなたはずるいひとだ。
「すこし時間をください。話すことを整理したいんです」
「わかったわ」
そう言って、ナナミさんと部下のひとは、取調室を後にした。