第20回 世界平和と海岸線捜査網 その3
エンジン音が後ろから聞こえる。
直線の道路を一台の車が走って向かってくる。
かなりのスピードだ。
しめた。ぼくは道路に飛び出し、大きく手を降った。
それでも車は速度を緩めない。
うわ、これ、やばい。でも、諦めるわけにはいかない。住宅街まで乗せてもらう必要がある。
「お願い、とまって!」
クラクションがけたたましく鳴り響き、鉄のかたまりが突然と速度を落とした。ハンドルをとられたのか、車体が大きくゆれたけれど、車はぼくの手前10メートルで止まった。
「おい、てめえ、あぶねえじゃねえか!」
ウィンドウが開き、中から若い男のひとが叫んだ。
「お願いです、ぼくをこの先の住宅街へ連れて行ってくれませんか!?」
「はあ? ふざけんな、こっちは急いでいるんだ! そんな暇あるか!」
「ぼくも急いでいるんです! 近くまででいいんです、モンスターを退治しなくちゃいけないんです」
そう叫ぶと、男のひとは唖然とした顔で僕を見つめた。
「モンスターだと……?」
すると後部座席で悲鳴に似た声が聞こえた。覗くと若い女の人が小さな子供を抱えて、いまにも泣き出しそうな顔でぼくを見ていた。
「この先にもモンスターがいるのかよ……」
「わかりません。その恐れがあるんです。確かめに行かなくちゃいけないんです」
「どけよ! 冗談じゃねえ!」
男のひとの顔に恐怖のいろが浮かんだ。
「俺たちはモンスターから逃げてきたんだ! くそ、どっちに逃げりゃあいいんだ!」
逃げてきただって?
「ちょっと、待ってください。落ち着いて。みなさんはどこから逃げてきたんですか?」
「はあ? 関北の方からだよ!」
関北は海岸から北西の方向にある市だ。あっちも確かにひとがたくさん住んでいる。でも3キロ先の住宅街よりも遠い。正確には調べていないけど、10キロぐらいはあるはずだ。
「みなさんが見たモンスターは空を飛んでました? 小さいモンスターもいましたか?」
「うっせえな……!」
「大事なことなんです!」
ぼくは怒鳴った。途端、後ろの子供が泣き出した。若い女のひとも「なんなのよ……!」と悲痛な声で泣き出した。ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい。でもこれはいちばん重要なことなんです。
「お願いします、見たことを教えてください」
男のひとは冷静になったのか、まじまじとぼくの顔をみた。
「あんた、もしかして、魔王を倒したってやつか?」
喧伝して歩く趣味はないけれど、使えるものは使ったほうがいい。
ぼくは小さく頷いた。
まじかよ、と彼は目を見開き、後ろの女の人に、もう大丈夫だぞ! と嬉しそうに声をかけた。魔王を倒した英雄がここにいるんだ、もう大丈夫だ。
「ああ、そうだ、空飛ぶやつだった。ちっこいのが10匹ぐらいでっかいやつの後ろを飛んでてさ、辺りを襲っていたんだ。火を吹いて辺りを焼いてさ。だからおれたちは逃げてきたんだ。なあ、あいつら倒してくれんだろう?」
間違いない。海岸のモンスターだ。
予想が外れたんだ。
「お願いがあります。ぼくをあなたの街まで乗せてください。頼みます。近くまでで、行けるところまででいいんです」
「いやよ!」
後部座席の女の人が叫んだ。「ぜったいいやよ! しんちゃん、このまま行って! 早く逃げましょう!」
彼女は正しい。そう、逃げるべきなんだ。
そしてぼくもふつうのひとを巻き込むべきじゃない。
でも、もうやつらは暴れているんだ。行かなくちゃいけない。
「お願いします。行けるところまででいいんです」
あたまを下げた。
ほかに頼む仕方がなかった。
男のひとは家族の顔をみて、そして僕の顔を見た。
「悪い、ヒーロー。俺も独り身だったらあんたを助けて、少しはかっこいいところを見せたいけど、俺は地球よりも街よりも救わなくちゃいけない家族がいるんだ。すまない」
ぼくはゆっくりと頷いた。
「モンスターがあなたの街にいるなら、この先は大丈夫でしょう。早く逃げてください。でも安全運転で」
男のひとは「頑張ってください」と小さく、それでも力強くぼくに言ってくれた。
おとうさん、あなたはヒーローですよ。かっこいいヒーローだ。