第2回 世界平和と学校開始のお知らせ
学校が再開したのは、政府が危険度のレベル9を段階的に下げて、安全圏内であるレベル5を発令してから2週間経ってからだった。世界が崩壊を免れてから勘定して、8カ月目ぐらいだ。早いといえば、早いんだろう。
学校の校門に一枚の張り紙が張られて、連絡網で「明日から学校を再開します」という電話が掛かってきた。あいては沖縄へ疎開していたはずの藤村だった。
「おまえ、いつ沖縄から帰ってきたんだよ」
「ん。先週」
「なんだよ、だったらさっさと教えろよ」
「いやいや、こっちはこっちでちょー大変だったんよ?」
しまりのない口調に、何だかほっとした。こいつの口癖は「ちょー大変」だ。その線引きはかなり不鮮明で、世界崩壊も、ショップのオープン日の徹夜も、ちょー大変。
「だけど、突然だなあ。クラスでも、海外に疎開していたやつもいるだろう?」
「うん、俺への連絡だって、ふたりとばして夏目からだぜ?」
世界的軍事作戦の一環で、一般旅客機、船舶の航行は規制されていた。レベル5になってだいぶ緩和された。国内の鉄道関係や一般道路ですら、レベル6になってから交通規制が解かれたのだから、「学校始めました」といってすぐに全員が集まれるはずがない。疎開した先でよろしくやっているやつらだって、たくさんいるのだろう。
「で、お前はあした学校いくのか?」
「行くと思うよ。やることないし」
「救国の英雄も、世界が平和になればお役御免か」
「そんなもんさ。平和ばんざい」
「平和ばんざい。お前が生きていることにも、ばんざいだ。神様は英雄の悲劇的な死を良しとはしなかったみたいだしな」
そんなこと良しとされてたまるか。そういうと藤村はけらけらと能天気に笑った。
「じゃあ、あした、学校でな」
「おう」
そういって通話を切ろうとすると、藤村が「んー」としばらく唸った。ややあって、
「あのさ」
「どうした?」
「世界を救ってくれて、ありがとうな」
「なんだよ、変なの」
「いや、だってさ、お前世界的英雄じゃん。そんな奴に普通お礼なんてなかなかいえないししさ。かといって昔からの友達に、面と向かっていうのもなんかこっぱずかしいし。だからさ、電話で。ありがとう。俺の感謝なんて屁でもないだろうけどさ」
そんなことないさ。そんなこと、ない。
そのたったひと言で、ぼくのなかをぐるぐると絡みついていた大きな鎖が、まるで紙細工だったかのように、ほどけていくような不思議な感覚を味わった。
8か月間、ぼくの生活はバタバタとしていた。まったく落ち着かなかった。そこにぽつんと「学校」という言葉が飛び込んできて、ようやく日常がぼくの足元に広がったように感じたんだ。
あしたから学校だ。
銃も、戦車も、恐ろしい敵もいない。
授業や勉強に追われて、友達に囲まれた小さな白いコンクリートの世界のなかにようやく戻れるんだ。
電話を切ってから、ぼくは空白のカレンダーに登校日と書いた。しばらく考えた末に赤丸で囲った。誇ったっていいよね。ぼくらが勝ち取った世界平和なのだから。
寝る前に、モバイル端末からかえでにメッセージを送った。
学校が再開するんだって。お前もいくよな?
でも、いつまでも既読にはならなかった。あいつにとってあらゆる連絡手段は発信器でしかないのだから仕方ない。それに、かえではまだ方々を駆け回っているんだろう。彼女にとって世界は止まっているものではなくて、自分から動き回るものなんだ。そんな生活は、ぼくはもうしばらくはいいや。
時間は11時を回っていた。災厄に見舞われる前だったら、まだまだ夜更かしの時間だけれど、娯楽は正直まだまだ少ない。
それにあしたは学校だ。そんな楽しみが控えているんだから、はやく明日になることを望んで静かに眠るのもいいものだよね。
おやすみなさい。
また、あした。
5/12 改稿