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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第149回 仮想捜査ノート:空白の場所

 前島さんに送ってもらい、わたしは乗り捨ててしまった形のくるまで、ふたたびあの商店街へとむかった。ひと通りが少ないのは幸いだった。店前ではモリスエ翁が掃除をしており、めざといばかりにわたしの姿を見つけると、ゆびで裏手をさして、自身は店のなかへと入っていた。


 裏手にも入り口があり、わたしが着くと、ちょうどモリスエ翁がドアを開けて手招いていた。彼はわたしの顔をみておどろいた。


「どうしたんだね、その顔は」


「盛大に転びまして、じぶんでも驚きました」


「いやー、そうかい、気をつけなくちゃいけないよ。ちょっと前までは病院だってなかなかかかれなかったんだから」


「はい、気をつけます……朝早くから伺って、すみません」


「なに、この商売にこの歳だ、いまじふんは昼のような気にもなるよ。しかしあれだね、なんだかサスペンスドラマみたいで楽しいな。家内が暇な昼間にテレビドラマを見ていてね、わしはあれはあまり好かんかったが、今更ながらにハマってね、あれが生きているうちに一緒に楽しんでおけばよかったんだが……おお、また話がずれたな。狭いところだが、そこらへんに座っておくれ。茶しかないが、うまい茶だから飲んで行きなさい」


 そういってモリスエ翁はひょいひょいと奥へと行ってしまった。座卓があり、テレビに向かって座椅子が置かれている。その座椅子からみて右手側に仏壇があり、かすかに線香の香りがのこっていた。奥には、写真がいくつか置いてあった。モリスエ翁の奥さんはわかるが、そのほかの写真はずっと若いひとのものだった。


 盆を持ったお茶屋の主人がかちゃかちゃと湯呑みを置くと、わたしの視線の先に目をとめた。


「おさっしのとおり、わしの家族と、親戚のでね。うちはわしがいるからいいが、一家であっちに行っちまった親族がね、どうにも気の毒で、狭いけれどうちの仏壇にいてもらってんだ。ばあさんはきょうだいが多い大家族そだちの寂しがり屋だから、むしろ大勢のほうが喜ぶだろうって……また、やっちまったな。さあ、飲んどくれ」


「いただきます」


 温かいお茶だったが、喉にすべりこむとさっきまで感じていた渇きがうせ、口のなかに甘い苦味がひろがった。


「美味しいですね」


「おお、そいつは……やめておこう。また脱線する」


 はなしはこうだ。


 商店街は東西に伸びていて、距離はおよそ500メートルほどと長いが、実は商店街はふたつにわかれている。正確にいえば、東の幹線道路に面したところがサンサン地蔵商店街と呼ばれており、一本道を挟んだ先はおかず横丁と呼ばれていたらしい。もともとはおかず横丁がはじまりで、サンサン地蔵商店街が後からできたのだが、すっかりおかぶをとられてしまい、いまでは新しい商店街名称でまとめて呼ばれてしまっている。


 関南リトルチャイナタウンという名が体を表しているのが、おかず横丁のほうだという。時代が古い分、老齢化がいちじるしく、歯抜けならまだしも、歯茎の土手しか残っていない商店街になったところに、総入れ歯よろしく、新しい住人たちが入ってきた。


 もと小間物屋が中華系のひとたちの集団をみたのは、このおかず横丁の中腹、来来軒の裏あたりだった。


 商店街は昔ながらの長屋で、隣家と壁を同一している。だいたいが1階が店舗、2階が住まいという形になっている。1軒1軒は細長いが、実態は低層マンションよろしく、横にながい、おおきな建築ぶつだ。


 表の顔が商店街に面している方なら、裏手は生活動線だ。裏といっても道筋はひろく、いっぱんの往来もある。来来軒の裏手も同一だが、その対面のエリアがひろく更地になっていた。アスファルトが敷かれているわけではなく、土が剥き出しになっており、夏の陽射しに雑草が好き勝手にのびていた。車が数台、無造作にとめてある以外はなにもない。新しい住民たちの集団は、ここで見られたという。


 もと小間物屋の主人が通ったとき、集団は何かに詰め寄っているようで、ことばはわからなくとも近郊でよく聞かれる中国語だったとわかったらしい。集団はヒートアップしていたようだが、彼の姿にひとりが気づくと、集団の喧騒はぴたりととまり、じっとりと視線を向けていたらしい。否応なく恐怖心を覚え、足早に通り過ぎて行ったという。


「何をみていたんでしょうかね」


「いやあ、わからんね。いまは何もないから、人なのかね」


 人。ふと、昨晩のことが頭をよぎったが、さっと切り替えた。小間物屋にも直接はなしを聞いてみたいというと、モリスエ翁はすぐさま連絡をとってくれ、いつ来てもらってもかまわないとの快諾をとってくれた。


 モリスエ翁宅を辞するときに日本茶をいくつもいただいてしまった。


 もと小間物屋の主人宅は、商店街でいえば日本茶屋から反対側、つまりおかず横丁の先にあるという。途中でその更地へと行ってみるのは必然だろう。


 モリスエ翁の話から、サンサン地蔵商店街とおかず横丁の境の道路までくると、どことなく不穏な印象がその通りから感じられた。空模様もあるかもしれない。暗雲が遠くに垂れ込めている。


 商店街の通りから一本脇、その生活動線の道にはいると、たしかに道筋は思っていたよりもひろい。表側とすっかり雰囲気が変わるので、どこが来来軒かはわからないが、しばらくいくと、たしかに広い更地が左手にあった。雑草の成長は早いようで、更地というよりも草地で、駐車しているくるまのした半分は埋もれているように見えた。だが、中にはいると、くるまの往来からか、草のはげている部分もおおかった。


 規制のロープは張られているが、形だけですんなりとまたげてしまう。小間物屋の主人がどれぐらいの人数をみたかはわからないが、じゅうぶんに人集りだと思えるぐらいのひとがはいることはできる。


 なにも変てつのない場所だ。何かがあるとはとても思えない。集まりをみたのは昼間だという。隠れていないことを見ると、何か突発的なことだったのだろうか。


 空が瞬いた。


 しばらくして、雷鳴が響く。


 風が吹く。


 どうやら、雷雨がくるらしい。早めに動かなければならない。


 もう一度、風が吹き抜けたとき、草の合間から、かさっと音がなった。


 1枚の紙があった。


 あわててそれを拾い上げる。


 奇怪な魔法陣が描かれているチラシだった。そこに書いてある日付は、昨日だった。


 雷光がさす。雷鳴がとどろく。


 ふと誰かに見られているような気がする。


 振り返ってみえたのは、商店街の長屋の時代がかった壁、壁、壁。そこにポッカリと暗闇をたたえた窓がわたしをみていた。


 佐倉ユウタはいっていた。この魔法陣は笑っているようだと。


 よれたチラシに書かれていたそれは、わたしには悲鳴をあげているようにみえた。大志摩タエの悲鳴だ。

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