第15回 世界平和と避難キャンプ戦 その1
「ユウタ、どうしたの、慌てて」
家を出るとエリカと鉢合わせた。片手にはコンビニの袋がある。どうやら晩御飯を買ってきたようだ。
けれど、ぼんやりとしていた彼女の目がぼくの顔から何かを読み取ったんだろう。すっと、月明かりに雲がかかるように、顔に影が走った。
「緊急?」
「呼び出しがかかった。飛翔の人型が現れた」
「どこ?」
ぼくはモバイル端末の画面をエリカに見せた。エリカは画面をぐいっと自分の方に引き寄せると口元を歪めた。
「ふたつに分かれてんじゃん。ユウタひとりで行くの?」
「復興対策本部のほうは人手が足りていないらしいし、かえでとの連絡はつかないみたい」
「あたしがいこうか?」
「エリカが?」
判断に迷った。魔王の彼女のちからを借りれば、撃退は容易い。でも、彼女の正体が知れ渡る可能性も高い。ぼくは首を横にふった。
「いや、大丈夫。ぼくひとりでなんとかなる」
エリカは何かを言おうと口を開いたけれど、すぐに閉じた。ここでのやりとりで時間を割くことにメリットがないと判断したのかもしれない。
「注意して。この時期の人型は気性が荒い」
「ありがとう」
ぼくはそういうと彼女の脇を通りすぎた。そのとき、一瞬だけど、エリカの口元が何かをつぶやいたように見えた。彼女が何を言ったのか、ぼくはそのときちゃんと聞いておくべきだったのだ。
※※※※※※※※※※※※
現場までは20キロ。街と街の境目にある大きな公園がその目的の避難キャンプだった。
連携がうまく取れ、ぼくは途中でパトカーに飛び乗った。
若いおまわりさんは、ひどく興奮した様子で現場の状況を伝えてくれた。
避難キャンプ付近には常駐の警官がいて、避難誘導は遅滞なく進んでいるらしい。
でも、復興対策本部ほどの武器は持っていないようで、4体のモンスターに対して、6丁の拳銃だけが頼りだという。飛翔・人型は魔法が使えない。拳銃でも多少の防衛にはなる。当たれば、の話だけれど。
現場に近くに連れて、街を鳴り響くサイレンの音が強くなる。
パトカーが復旧のすすんだ大通りを走っていくと、多くのひとがぼくらの進む方角と逆の方へ逃げていく。中には道路に飛び出して逃げていくひともいて、速度をうかつにはあげられないようだ。
「緊急車両が通ります! 危ないですから道の脇に寄ってください!」
助手席のおまわりさんがマイクを使ってアナウンスをしながら、ぼくらは現場へとむかった。
火の手が見えたのは1キロ手前あたりからだ。
火炎を吹くやつが混じっているらしい。
「くそっ!」
ハンドルを握ったおまわりさんがいらだたしげに声をあげた。状況は悪化しているようだ。しかし、その苛立ちがアクシデントを起こした。
車が通りを左折した時だった。
目の前に横転したトラックがあった。
慌ててブレーキをかけたけれど、パトカーはトラックにかすり、ぐるりと横に一回転スライドした。
幸い、パトカーに乗ったぼくとふたりのおまわりさんに大きな怪我はなかった。
「佐倉くん、大丈夫かい!」
助手席に座ったおまわりさんが振り向いた。ぼくは大丈夫です。でも、ここからは車ではむかえない。片方のドアは衝撃で歪んでしまったのか、開かなかったが、もう片方はかろうじて隙間程度に開き、ぼくはそこから車外に出た。
「いま、救助を!」
「その必要はない。俺たちも大丈夫だから、君は早く現場に向かってくれ」
とたん、何かが破裂するような音が公園から響いてきた。
おりかさなるように、悲鳴も聞こえる。
躊躇は一瞬だった。
すみません、と声をかけ、ぼくは現場へと走って向かった。
走りながら端末を起動させ、ナナミさんに事故があったことを伝えた。
「いま、ぼくだけで現場に向かっています。事故現場に救助をお願いします」
「わかったわ。佐倉くん、そっちはおねがい」
「はい」
その時、耳をつん裂く獣の声が、夏の夜空に響き渡った。
2体のモンスターが、一台の車に向かって飛びかかっていた。