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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第147回 世界平和とぼくの幼なじみ②

 病院はひどく静まり返っていた。いや、正しく言えば、外の騒ぎ声が本来の音をかき消してしまっているのかもしれない。J国の兵士たちは中には入ってこない。だけど、彼らの声は病院のいたるところで聞こえて来ていた。


 蛍さんは個室に移っていた。


 ぼくの姿をみるとラップトップを閉じてにこりとほほえんだ。こころなしか、以前にもまして顔色が悪い。寝られていないのか、目の下にくまが浮かんでいた。


「やあ、ユウタくん、よく来てくれたね」


「おじゃまでしたか?」


「いや、気にしないでよ。どうせ進みもしないレポートを書いていたんだ。一行書いては消して、みたいにね。妹に会いに来てくれたのかい? どうだった?」


「元気そうで安心しました。微熱つづきだと聞いていましたけど、ほんとうに軽症でよかった。蛍さんは会いにいかれないんですか?」


 蛍は困ったように頬をかいた。


「会いに行ってやりたんだけどね。隔離病棟とはいえ、感染のリスクは避けたほうがいいだろうって主治医の意見でさ。ほのかも絶対くるなって」


 そうかもしれない。少なくともいまの蛍さんの体調は確実によくないのはわかった。


「すみません」


「突然どうしたんだよ」


「ほのかにマオウ熱をうつしたのは、ぼくかもしれません。いえ、ぼくです。ほんとうにすみません」


 頭をさげた。謝ってもたりないだろう。軽症だったのは運がよかった。でも、そうじゃなかったら? 何がどう起因するかもわからないけど、重症に陥ったり、サイアクの事態にだってなりかねない。ぼくはだいじな幼なじみを危険な目にあわせた。


 頭に、ぽふっと、蛍さんは手をおいた。


「ばかだなあ。頭をあげなよ」


「でも……」


「いいから」


 顔をあげると、蛍さんは困ったような顔をして笑っていた。


「あやまるのはおかしい。君が悪いんじゃないんだから。そりゃ、ほのかが感染したと聞いたときは心配したさ。でもそれだけだ。どれだけ気をつけても、かかってしまうことはある。うつしてしまうこともある。だいじなことは相手のことを思いやった行動をすることだよ。それにあの子をモンスターから救ってくれたじゃん。感謝こそすれ、謝られたら困るな」


 そういって、蛍さんは何かを堪えきれなくなったように笑い声をあげた。


「だけど、思い出したよ。君とほのかがさ、いたずらがばれたとき、君が頭をさげて、ほのかは怒られるのが不服でそっぽむいていたね。でさ、えらいねって君の頭をなでると、ほのかが癇癪を起こして……いや、まったくおんなじすぎて笑いを堪えるのが大変だ」


 そういえば、あたまにおかれた手の感触はどこか懐かしさがあった。ぼくも覚えている。ほのかはそのときからほのかで、蛍さんはやっぱり蛍さんだった。


「ところで、会いにきたのは謝ることだけじゃないんだろう?」


 蛍さんは視線をテーブルに向けた。パニックって題の文庫本の下に、新聞の切り抜きが置いてあった。ぜんぶ真壁先生の事件だった。


「ずっと気になっていてね、真壁先生には教えてもらっていたしさ。それに……じつは事件の起こるまえに、妙なことがあってね」


「わたしは殺されるってやつですか」


 蛍さんはちぇっ、と口を尖らせた。


「なんだ、ほのかから聞いていたのか。探偵に貴重な情報を与える目撃者ってやってみたかったのにな。そう。わたしは殺される。聞いたときはぞっとしたよ。もとから変な先生だったけど、なんだろう、あれは……真に迫ったというか、こころの底からの恐怖というか……」


 蛍さんの話はこうだ。


 事件の起きる3日前、蛍さんは病院のコンビニで買物をしていた。外来の診療時間は終わっていて、外からの音以外は静まり返っていた。いつもは夜間に救急車が来ることが多いが、その日は不思議となかったらしい。


 病室のある5階に戻ると、ふと、天気予報で気持ちのいい夜になると言っていたことを思い出した。何かにつけて、外にでる理由を探しているらしく、ふらりと外についた非常階段へと出た。非常灯が付いている以外はまっくらだった。風がほおをなで、きらびやかにまたたく星も、風にふかれたように、いくつか流れていくその様に、しばらく見とれていた。


 そのとき、ぎー、がちゃん、と下の方のドアが開閉する音がした。そして、がんがんがんと乱暴に階段を降りていく音と、うーうーという唸り声がしたという。なんだろうと思った蛍さんが手すり越しにのぞくと、1階のあたりから影が裏の駐車スペースから飛び出していった。ひどくぎこちない動きで、のたのたと進んでいくと、ちょうどその夜はじめての救急車が赤色灯だけを点灯させて駐車場に入ってきた。ライトが暗闇をさらい、その人影の顔をなでると、それが真壁先生だと気づいた。先生はあわてたようにきびすかえして、反対側の、端のほうへと向かうと、堪えきれなくなったように、音を立て始めた。壁をけったりしているようだったらしい。声がますますせりあがり、「助けてくれ」、「わたしは聞いていない」、そして「わたしは殺される」と叫んでいたという。


 ちょうどそこへ見回りの警備員がやってきた。殺されると騒いでいたら、見回りにも来るだろう。先生は悲鳴をあげて、そのまま逃げ出したという。


 わたしは聞いていない、というのがひっかかった。


 そうそう、そこなんだよ、と蛍さんもうなった。


「何を聞いちゃったんだろう。それが原因だと思うんだ。あんな秘密めいた軍だから、聞いてはいけない秘密事項なんかたくさんあると思うんだ。でさ……」


 といって、蛍さんはぐっと言葉を飲みこんだ。ぐっと奥歯を噛み締めて、しばらく黙り、ややあって、髪の毛をわしわしとかきむしった。


「サイテーだな、じぶん。人が殺されたってのに、知っているひとだってのに、探偵の真似事なんて。忘れてくれないかな、ほんとうにサイテーだ」


「いや、そんな。ぼくもその話をしたかったわけですし……」


「ちがうよ。ぼくから話をふったじゃん。ユウタくんが来てくれるのを、こころまちに待っていたんだ。話すひとを待っていたんだ。あー、もう、嫌だな、ほんとうに嫌気がさす」


 窓の外、まぢかでけたたましく鳴いていたセミが、ジジジ……と音を立ててから沈黙した。飛び立ったのか、それとも、それとも。


※ ※ ※


 蛍さんのルートをたどった。非常階段は手すりからのりださなくても位置関係がわかった。昼間だからあたりがすっかり見渡せる。


 運のいいことに、J国のは人は見当たらない。ぼくはもう少し近くでみてみることにした。真壁先生は下の階からでてきた。踊り場から非常ドアのノブを回してひくと、開いたのは3階と4階の入院患者用のフロアで、2階は開かなかった。


 1階におりる。右手に駐車場と救命救急センターの入口があり、左手にちょっとした緑地帯がある。真壁先生のいたであろう場所を見てから、後ろを振り返ると、壁と建物の間に人がひとりとおれるくらいの細い通路があった。


 通路の先は病院の中庭だった。ここは人が多い。だけどここも入院患者や、その見舞いのひとばかりのようだった。


 細長い中庭を見渡して一箇所に目がむかった。


 そこには花束がいくつか添えられていた。


 ここが、真壁先生の亡くなった場所なんだろう。ひどく暗い場所だ。添えられた花束がなければ、中庭でもデッドスペースだ。視覚にもはいらない。ここで先生は顔順にうたれた。そして……顔順もCJに撃たれた。ぼくは顔順のたった位置を推測する。場所は限られている。


 顔順は先生を呼び出したのか。それとも、偶然ここで会って凶行にいたったんだろうか。


「あっ……」


 ちいさな声が聞こえ、ぼくは振り向いた。


 まゆちゃんだった。


 花束を置こうとしたところで、ぼくにきづいたようだった。まゆちゃんはすぐに目をそらした。けど、立ち去ったりするわけでもなく、何かをことばをさぐっているのか、それとも何かをためこんでいるのか、そわそわそわそわとしていた。


「あの、まゆ……」


「ちょっとストップ待って待っていま準備中!」


 なにを?


 と思わず口に出そうだったけど、黙って待つことにした。


 まゆちゃんはどういうわけか、ひっひっ、ふーとみょうちくりんな深呼吸でこころを落ち着けているようだ。よしっ、と聞こえたのは1分ほど経ってからだろうか。がんばれ、落ち着け、がんばれ、落ち着けとぼくが聞こえちゃいけないタイプの鼓舞をして、


「あら、佐倉くん、奇遇ね」


「いや、おかしいでしょう」


 間髪いれずに返すと、まゆちゃんはわたわたと言葉を詰まらせて、そのお、と言葉のタンスをひっくり返しているようだ。そりゃ、そうだろう。ぼくだって、夏休みあけとかにまゆちゃんに再会したあと、あんなことがあったあとに、なにをいっていいのかわからなかった。


 だけど、ぼくは思わずわらってしまった。


 まゆちゃんはそんなぼくを見て、困ったような、怒ったような、でも、なんかちょっと安心したような表情をうかべた。


「お花、好きだったのよ、真壁先生。ちょっと変わっていたでしょう? みんながどう思っていたかとか耳に入ってくるし、先生たちの間でも苦手なひとは多かったのよ」


 そういって置いた花束はカサっと音を立てた。


 ほんとうなら真壁先生の副担任につこうなんてひとはいなかった。だけど、まゆちゃんは歳も若かったし、あんまり強く言えるひとでもなかった。だからもう、その議題が紛糾した段階で、もう決まってしまっていたようなものだった。まあ、評判と想像通り、真壁先生は若い副担任をサポートすることもなかったし、協調することもできなかった。会話も続かない。胃がきりきりすることといったらなかったらしい。


 でもそんな時に何気なく花のはなしになった。まゆちゃんが花をだれかに送ろうとしたとき、真壁先生が、その花の花言葉は目的にあわないといったことからはじまったらしい。好き、というレベルでないぐらいに、造詣がふかかったらしい。花の話をしているときだけはふつうにはなしができた。だから色々と聞いたらしい。


「でもね、なんでか先生のいちばん好きな花については聞かなかったのよ。聞いていたら、持ってこようと思うんだけどね」


 そういって手を合わせる。


 ぼくも合わせた。


 しばらくすると、まゆちゃんはよいしょっといって、立ち上がった。


「佐倉くんは、ほのかちゃんのお見舞い?」


「はい。まあ、そうです」


「あたしもよ。それに真壁先生にもね。それに……」


 セミがやけにやかましく鳴き始めた。今年の夏はやけにセミが多く感じる。戦争でアスファルトが根こそぎひっくり返って、セミが大量に生まれたのかも、とか思うほどだ。そのセミの鳴き声につられて、空の端に黒い雲が浮かんでいた。生ぬるい風に乗って、雨のにおいが鼻先をなでる。


「わたし、あの子……リンカ・アイノースさん、大嫌いよ」


「え?」


「高慢で、高飛車で、偉ぶっていて、選ばれたひとですけどなにかみたいな感じで鼻持ちならないコンコンチキンだし、何よ、年下のくせに、女も男もわかっていますわ的なあれは。美人だから? 美人の特権だとでもいうの、ちくしょうめ?」


「ま、まゆちゃん……?」


「説教たれの、わがままの、いけすかない感じのやな感じ! やな感じ!」


 どうしよう。おとなの女の人のこんなところを見て、ぼくはどうしたらいいっていうんだよ。


「あー、もう、ばーか、ばーかばーか、おまけのあんかんべえ! いーっ、だ!」


 子どもがいる。ここに、いい歳した子どもがいる。


 まゆちゃんはふしゅー、ふしゅーと鼻息を荒くはくと、すんっと息を大きくすった。


「みんなに会いに行ったわ」


「みんな?」


「仲村さん、杉田さん、黒岩さん、夏目さん……」


 まゆちゃんは、指をおって名前をあげる。「三浦さんにはこれから。あとは今井さん、城島さんは明日会いに行こうと思っているの」


 それは、死んでしまったクラスメイトたちだ。


「みんないたよ、お家にね。家族に囲まれていたよ。謝ってきた。とっても謝ってきた。許してくれるかわかんないけど。わたし、忘れないよ。みんなのこと。わたし、リンカさんは大嫌いだけど、感謝している。とっても」


 こんなことをいうのはおかしいかもしれないけど、まゆちゃんはきっと、魔王がやってくる前のまゆちゃんに戻った……ううん、もっともっと前のまゆちゃんなのかもしれない。


 あの独白は本当なのかもしれないけど、真実ではないのかもしれない。まゆちゃんはこころのどこかでおかしい自分を隠すという名目で、自分を偽っていた。守っていたんだと思う。わたしは変だから、変だと思われないように。嫌われないように。いい子いい子のまゆちゃんは、まわりからもじぶんからも求められていたみんな大好きなお気に入りの仮面だったのかもしれない。


 みんながいいなら、それでよくない?


 でも、それは仮面だ、所詮。


 それをリンカがぶっ壊した。ぶっ壊れ寸前だったかもしれないけど、とにかくぶっ壊した。高慢で、高飛車で、偉ぶっていて、いけすかない感じでぶっ壊した。仮面の下のまゆちゃんがおもわず「大嫌い!」と叫んでしまうくらいに。


 嫌いなひとだっている。嫌いだっていえる。


 まゆちゃんは目を細めて、向こうの空の黒い雲をみやった。


「雨が降るね。降るまえに、わたしいくよ」


 じゃあねと言って、まゆちゃんは歩き始める。いや、だめだ、ぼくだってちゃんとしなくちゃ。これは、けじめだ。


「まゆちゃん!」


「んー? なに、佐倉くん」


「その、あの……あの、へんじ……」


「ストーーーップ! ストップ、ストップ、待てまて少年。え、なに、きみ、いまあのときの返事をしようとしている? しようとしているよね、冗談じゃなくて?」


「いや、あの、その……」


「あの女でしょう? リンカ・アイノースにいわれたんでしょう? どうせ、ちゃんとなさい、とでもいわれたんでしょう?」


 大当たりです。とはいわなかったけど、ぼくの表情をみてまゆちゃん先生は、ものすごく大きなため息をついた、というかはきだした。


「いま、わたし、それ、聞きたくない」


「でも」


「いま、わたし、それ、聞きたくない」


 聞きたくないそうです。


「佐倉くん、わたし、諦めてないよ。わたし、きみのこと好きだもん」


「え?」


「それにあの子の思いのままなんて、サイアクじゃん」


 待っていて……


 と、まゆちゃんが言葉をつなげようとしたときだった。まゆちゃんの目が見開いて、あぶない! と叫んだ。


 とっさにからだをそらした。


 直線になにかが宙を切る。がんっ、と地面をなにかがたたく。金属バットだ。それがふたたびぼくのほうへ向かってくる。ぼくはそれをつかむと、柄を握りしめていた手首を逆の手でつかみ、あいてをなげた。


 あいてはしたたかに背中を打って、うっ、とうなったけど、すぐにぼくをにらみつけて、たちあがった。


 それは、真壁先生の子ども、真壁悠斗くんだった。


「おまえ、許さねえ。許さねえよ、ぜってえ」


 悠斗くんは目をぎらぎらとさせてぼくをにらみつけた。


「父さんを陥れやがって……父さんが、放火魔だって? ふ、ふざけんな。助けたのだって、死んだら、でまかせのネタが使えないからなんだろう? くそ、おまえを見つけて、父さんの前で土下座させて、テレビや新聞に間違いだって報道させてやろうと思っていたのに、と、父さん、し、死んじゃったじゃないか、ぜんぶ、ぜんぶお前のせいだ!」


 悠斗くんが振り下ろしたバットが、ぼくの左肩にあたった。


 痛かったはずだけど、痛みはなかった。感じなかった。


 悠斗くんはもう一度バットを振り上げた。


 だけど、それは振り下ろされなかった。


 彼はないていた。


「死んでも、許さない」

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