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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第144回 仮想捜査ノート:ある夜

「お、おい、これやばくね?」


 わたしのかばんを漁っていた男が声を上げた。ああん? と別の男が気のなさそうに声を返した。


「やべえことやってんだよ、んなことわかってんだろ?」


「ち、ちげえよ、これ、これだよ。復興対策本部、対策官って。この女、復興対策本部のやつだ!」


 その言葉に全員の動きがぴたりと止まった。おそらく、わたしの身分証明カードを見たのだろう。復興対策本部は、市民に愛されているものではない。むしろ、名前に反して恐れられているといっても過言ではない。


 復興特別対策法の定める法は超法的とも言えるものが多い。国が発令した戦時に伴う緊急事態宣言に起立していて、カテゴリによっては軍、警察を上回る暴力的措置を行い、ごく一部を言えば、首相よりも一般対策官のほうが力をもつ。総体を見て、心技体ともに選ばれた人間のあつまりであり、そうでなければならない。


 だが、やはり一般市民にはわかりやすく転生者、ならびにモンスターを対処する組織として、認識とおそれを抱かれている。


「おい、まじでやばいって」


「へ。ばーか、お偉い対策官さまがこんなところにいるかよ。おキレイなお部屋で優雅に殺した転生者をサカナに酒でも飲んでんだろう。どうせこいつが盗んだものだ。万が一、この女が対策官だとしても」


 男はわたしの髪を鷲掴みにして、地面に押しつけた。力をこめられ、わたしは思わずうめき声をあげる。男はそれを聞いて満足そうにわらった。


「やってから、どうとでもしちまえばいい」


「どうとでもって」


「びびってんのか? その身分証だけ処分すりゃ、このご時世だ、かたちだけの捜査であっという間に忘れられるさ」


 堪えきれなくなったように笑い声はますますせりあがる。だが、異様に興奮しているのはどうやらこのライトを持った男だけのようだった。他の男たちはあきらかに動揺している。性欲の連帯感など、恐怖に叶うわけはない。だけど、恐怖は狂気に劣る。足を押さえつける力が緩んだ。わたしは足を起点に体を捻る。からだを押さえつけていた男の体勢が崩れ、慌てて男が力をかけ直す。


「おい、くそ、さっさと抑えろ。このまま逃したほうがやべえぞ! おい!」


 だが、男の叫び声への反応がない。


 何かが崩れるおとがしたかと思うと、それが続き、わたしのからだを抑えていた力が緩み、汗臭い男の体の重みが力なく倒れ込んできた。ライトが闇を乱雑に光で割く。


「な、なんだよ、おまえ!」


 男が怯み、逃げ出そうとしたが、すぐにうめき声をあげて、どさりと音を立てて倒れた。何が起きているかはわからないが、体勢を直して立ち上がった。


「だいじょうぶでございますか、真木村様」


「前島さん、どうしてここに……?」


「モバイル端末から位置はわかりますからね。あなたは目的遂行のために野宿もいとわないから、ちゃんとお屋敷に泊めてあげてください、とメイから言われておりましてな。こんなに早くとは驚きましたが、いやあ、良かった」


※ ※ ※


 上着を借り、わたしは車に乗った。検問は前島さんも認識をしていて、くわえてかいくぐるルートも把握していた。


「明日は車を停めたところまでお送りしましょう」


「お手数をおかけします……あの、今日はほんとうに助かりました」


「いいえ、もっと早くに着いていれば、そのお怪我もしなかったでしょう。物騒な戦いが終わっても、すぐに落ち着くものではありませんな。残念なことです」


 5人の男たちは縛り上げ、前島さんが通報をした。とはいえ、被害者も通報者もいない。破かれたブラウスを捨てて来たので、警察がそこから5人をどう問い詰めるかだと思う。5人のうち3人が、律儀に身分証明書を持ち歩いていたので記録をとった。何も言わなかったが、ひたすら勘弁してくれ、勘弁してくれと繰り返していた。ただのパフォーマンスだ。警察の捜査で放免となっても、対策本部への恐怖感が抑止力になるだろう。わたしはそのデータを消した。消したくても記憶はなかなか消えないのだから、借り物の端末だが、わざわざ思い出すきっかけを残しておく必要もない。


 アイノース邸に着くと、怪我の手当てをうけた。擦過傷が顔に多く、ぱっと見では大怪我をしたようにも思えるが、幸い程度は軽かった。だが、やはり、眠りは簡単には訪れなかった。無性に喉の渇きを覚え、水を貰いに階下へ行くと、前島さんがテーブルに腰をかけ、四角いフレームを見ていた。


「真木村さま、どうなされましたか」


「すみません、お水をいっぱいいただければと思いまして」


 前島さんはにこりと微笑んで立ち上がると、調理場へとむかった。見るともなしに、わたしはフレームのなかの写真に目がむいた。


 若い男のひとの写真だった。スーツを着ているが、わずかに緊張がほぐれたような柔和な笑顔をむけている。


「わたくしの部下でしてね。ナカムラといいます。先ほど、役所に届出をしてきました」


 ことり、とコップをわたしの前に置くと、前島さんはこともなげに言った。その言葉で理解するには十分だった。


「この時代、使命に懸命になることと命を投げうつことがあまりにも近い。動けば動くほど、リスクも高まります。結果、わたしのように歳を取って、行動しないものだけが生き残る。おかしな話ですな。戦争は老人が始め、若者が犠牲になる」


 ですが、と前島さんは続けた。「歴史に刻まれるべきは、老人ではなく、若者たちひとりひとりの人生であり、勇気であり、そして悲劇です」

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