第142回 仮想捜査ノート:廃墟の夜
関三市の病院で真壁教諭、そして顔順の殺害について中国籍の男性を緊急逮捕。
モバイル端末に表示されたニュースを見て驚いた。
破壊された街には空白が多い。
けれど、廃墟に身を隠すのは甘い考えだった。隠れやすく、過ごしやすいところはすでに人が生活している痕跡があった。
女という立場はトラブルを招きやすい。対処も撃退もたやすいが、公権力が介入するような事態はさけたかった。
夏の夜は短い。明日の4時ごろには行動できる。短時間過ごすだけの場所と考え、廃墟の物陰に腰をおろした。視界と逃走経路が確保されている。雨露はしのげないが、問題はなかった。
情報収集のためにモバイル端末を開き、わたしはその事件を知った。
いくつかのニュースサイトを見比べたが、開示情報にほとんど違いはなかった。
だが、身柄を拘束されたのがCJだというのは確信があった。
J国が病院前を占領していたことはしっていた。撤退要請はなされているが、彼らとしては巨竜型との戦闘での負傷者の治療を求めるとして動かない。彼らの主張はこうだった。貴国は貴国民の命を守った我々を追い立てるのか。
彼らの様相は完全に軍だ。
しかし、J国の名を出しているわけではない。たまたま強い武器を持ち、たまたまモンスター討伐が得意な異国人が、たまたま集団でいて、たまたま巨竜型に出くわし、義憤にかられて討伐した。ばかげた話だ。だが、アイノースの武器を借り受けた日本の部隊が到着したときには完全に制圧されていた。
他国部隊に遅れたこと、その理由が十分な武器がなく一企業に借り受けたことなどを報道され、政府は黙った。激しやすい大臣の表情が浮かぶ。
現状、政府に彼らのやっていることが占拠であり、不法であることを訴える法がなかった。
そもそもどうやってこれだけの武器と、人員を集めたのだろう。これは日本の防衛システムが壊滅的であることを証明してしまった。荷揚げができる寄港先は限られているはずだ。少なくとも、日本国内に手引きをした共犯がいるだろう。
彼らの目的はいったいなんだ?
なぜ顔順が死に、CJが逮捕されることになった?
そして、なぜ真壁教諭が殺された?
ただのトラブルだろうか。それとも……繋がっていないはずの出来事が、こよりをねじ寄せ合うようにからまって紐になるのか、それともからまったコードなのだろうか。
モバイル端末の画面がくるりと変わった。
着信だ。
だが、見覚えのない、固定電話のものだった。
「えーと、これは真木村さんの番号かね」
「はい」
「ああ、記者さん? サンサン地蔵商店街のモリスエだがね、いまいいかね」
頭のなかの捜査ノートがめくられる。大志摩タエの情報を提供してくれた日本茶の店主だ。挨拶したときに、番号を書いた名刺をわたしておいた。どうやら、わたしのことを記者だと勘違いしているらしい。
「はい、大丈夫です」
「夜分にすまんね、いや昼間にしようと思ったんだが妙に納品が多くてね。少しずつでもお茶を飲むような余裕が出てきたのかね、こりゃ、冬に向けてはもうちょっと腰をすえて商売もしなくちゃならんと思っていたんだが……ああ、すまんね、悪い癖で話が始まらん。死んだばあさんにも良く怒られていたよ。ああ、でね、前に記者さんが言っていた件なんだがね。なんだかちょいと気になることがあってね」
「……気になることというと?」
「いや、わしも直接見たわけじゃないんだが、商店街の古株の小間物屋がね、まあずいぶん前に店畳んじまって近場に住んでいるだけなんだが、そいつが今日、商店街の裏で、ほら、中国人たちがなにやら集まっていたっていうんだ」
わたしはモバイル端末を耳に押し当てた。
「集まっていた?」
「ああ、珍しいことでさ、どうにも前から不思議に思っていたんだが、集まっているところなんてみたことなくてね。ほら、日本なんて異国に来て、同郷が集まっているんだから、よしみで集りゃいいのに、それもないからわしも薄気味わるくてね。だけど、急に集まってるもんだから、余計怪しくてさ。あんた、調べていたっていってたじゃないか。なんか役に立つかなってね」
老人の違和感は、わたしも感じていた。
示し合わせたように同郷でも関与し合わない……いや、違う。示し合わせていたんだ。
それが何かの理由で集まった。
佐倉ユウタが李秋木と接触し、わたしがJ国に拐われた関南リトル・チャイナタウンが動き出した。
時計を見る。時間は午後8時だ。ここから向かって、おそらく2時間……いや、検問があればもっとかかる。気は焦るが、ここはやはり明日を待つべきだ。
明日の朝に伺う約束を取り付けた。
何かがある。だが、わたしひとりで大丈夫だろうか。前回はマオウ熱に罹患していたことと、油断があった。もし、顔順やCJのような人間と対峙したときに、わたしだけで戦えるか……だけど、今のわたしには……。
そのとき、ライトが目をさらった。思わず顔をそむける。
「うひょー、おーい、女がいるぞ!」
「まじかよ、聞き間違いじゃないのかよ。うーわ、おい、めっちゃ美人じゃね?」
ライトはわたしの顔をそらさないように追いかける。災害用のワット数の高いライトのようだ。直線的で目がひらかない。
うかつだった。話ごえを聞かれたのだろう。雑音が入らないように端末を耳に押し当てていたためか、彼らが近づく音がわからなかった。
声は複数だ。少なくとも3人……いや、4人だ。
わたしは腕で目を隠しながら、体を翻し、確保していた逃走経路に走った。
「おい、待て、クソアマ!」
男たちが後を追う音がする。光線が目元を外れた。倒壊した壁に手をつき、乗り越えようとした、しかしそのときだった。横から腕が伸び、私の体を掴むと、わたしはバランスを崩して後ろに倒れた。男の汗くさいにおいがわたしの顔を覆う。
敵は4人ではなかった。見誤った。
「ナイスー! こういうのはチームプレーだよな。おい、逃すな。お前は足を押さえつけろ。おい、みろよ、マジモンの美人じゃね。おれらついてるわー」
「なあ、おねえさん、俺たちと遊ばねえ?」
「うわ、おまえ、それウゼー。前時代的じゃね。遊ぶとかじゃねえんだわ、俺らが楽しませてやんなきゃ。誰がいちばん楽しませてやれっかなあ?」
そういって、下卑た笑いがもれる。
まるで勝利の雄叫びだ。
その一瞬、足を抑えていた男の手が緩んだ。
蹴り上げる/男が体勢を崩す/わたしを抑え込んでいた男が一瞬怯む。
体を捻り、腕を振り解く。しかし、一歩踏み出した途端、足首を掴まれ、そして服の襟首を掴まれ、息がつまった。逃げようと、足をばたつかせる。だけど、ダメだった。
「てめえ、あんまりおいたが過ぎると、どうなるかわかんてんのか?」
ライトを持った男がわたしの髪を掴み、光が目に刺さり、まぶたを閉じる。無防備になる。ブラウスのボタンが引きちぎられる。両腕がやぶれた服に引っ張られ、後ろ手にしばられる形になった。
「さあ」
くそ野郎たちの声が高揚する。
「お楽しみタイムだ」
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