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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第136回 アイノースメイド業務日誌:名前=イミテーション

 魔王に騙されていたといえるでしょう。


 魔王は魔王でも、その呼び方に、です。魔王。そう自分のことを呼ぶように求めました。前の世界では名前があったでしょう。ですが、ただただ魔王ともとめました。


 英語では魔王という日本で言われているような存在はありません。強いて言えばサタンやルシファーでしょうか。ですがサタンはサタン、ルシファーはルシファーです。ベルゼブブでもアザゼルでもありません。世界へ災厄を撒き散らす存在に、悪魔とはいえ自分の信仰をぶつけることはやっぱり抵抗があるのでしょう。


 ですので、魔王という呼び名は世界に流布し、彼の固有名詞になりました。


 魔王。


 マオー。


 Mao。


 かくして世界を揺るがした破壊者は魔王の名を冠し、どことなくメイドインジャパンだと判を押されているようです。


 さすが日本製。コンパクトで性能がいい。


 どこかの国のお偉いさんが皮肉と嘆息を混じらせてつぶやいていました。


 たしかに、性能はばつぐんでした。


 駆ければ光速とみまごう、壊せば一撃であらゆるものを眼前から消失させ、悪虐非道の限りを尽くし、世界の半分をやろう、とのたまう。だけど古式ゆかしいファンタジーのなかの最強無敵なだけの存在ではありませんでした。


 頭脳明晰、そして悪趣味。


 かれはモンスターたちを異世界から呼び込みました。見たことのないモンスターのすがたたち。そしてこの世界にひろく認識のある竜のすがたをしたモンスターを召喚して、こう認識づけたのです。


 つまり、モンスターは我々がみたことがない存在だ、と。


 でも、そのいっぽうでかれはこの世界にも存在するであろうモンスターたちも呼び寄せていたのです。その存在はしずかに世界へと広がり、侵食し、生態系を変えて世界を根底からひっくりかえす。


 ネズミ。


 ただその一種類の存在ですら、わたしたちの世界は崩壊してしまうのです。


 もしかしたら、魔王にそんな考えはなかったかもしれません。ネズミは竜の背中にへばりついてきて、ついでに召喚されたのかもしれません。わたしたちが過大に評価しているのかもしれません。ですが、ささいな彼の動向が世界を壊してしまうのですから、やはり「魔王」なのでしょう。


 そして、強大なちからのまえに、作り上げられたシステムは無力です。


 ネズミという元凶が目の前に現れてから、わずか数十分のあいだに、政府は上を下へのおおさわぎです。


 これは復興対策本部の管轄か?


 いや、環境省か?


 下水道なら国土交通省じゃないか。


 ばか、病原菌なら厚生労働省の管轄だ。


 そもそも省庁はばんぜんに動いているのか?


 どこが責任を持つ?


 疫病の権威に連絡を……。


 悠長なことをいっている間に火炎放射器で焼き払うべきだ!


 ネズミはのびた下水路を前へ前へとすすんでいる最中、行政は右往左往、そして統制を取るべき政府や政治家たちは逃げ出すことを優先している様子です。


 こんなときこそ、市民や私設の防衛組織が動くべきですよね、わたしもそう思います。


「あなたはどう思いますか?」


 わたしのそばにぴたりと立つ公安の刑事さんに尋ねます。


 刑事さんは暗い目をいっそう暗くし、くびをふります。


「片桐メイ、貴様の考えていることはわかっている。が、わたしはわたしの職務を全うするだけだ。さあ、くるまに乗れ」


 ですが、差し伸ばした手はわたしを掴むのではなく、いちだいのモバイル端末が握られていました。


「だが、困ったことに、わたしは端末をどこかに落としてしまった。探してくるから、お前はここにいろ。わたしがいない間に、お前が何をひとりごとを言っていてもそれは預かりしらん。だが、逃げ出すな。わかるな?」


 わたしは端末を受け取ると、こういうときにすべきことをします。つまり、にっこりとまるで天使のように笑顔を向けなさい。それがリンカさまからの教えです。そして、感謝を忘れずに。


 刑事さんはふん、と鼻をならします。


「お前と関わると、始末書が増える。出世にひびく」


「あら、始末書でしたら、わたし作文が得意なので、代筆します。それに、もし公安が居づらくなれば、アイノースなんていかがですか? お席を用意します」


「いらん世話だ。お前の下ではたらくなんて、公安以上にブラックな環境だろう。それに……」


 刑事さんはぱっと顔を上げると、ひとみに青空が映え、はじめて明るい顔をみせてくれました。


「わたしはこの国のために働きたいんだ」


 そういって刑事さんはぶらりとわたしのそばから離れました。


 わたしは端末を立ち上げ、ナンバーを押します。


 コールが鳴っているあいだ、わたしは刑事さんの背中をみつめます。


 名前はだいじです。


 ですが、それにふるい型を当てはめてはいけません。


 組織とシステムはだいじです。ですが、柔軟な組織とシステムこそ、ほんとうの強さと対応力を引き出すのです。


「わたしです。すでにキャッチアップしているかと思いますが……」

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