第134回 世界平和と謎の自称国家J国探検記④
声はひとつだけしか聞こえないけれど、足おとはふたつだった。ひとりがしきりにもうひとりになにかをはなしている。
ぼくらはものかげにかくれた。さいわい、ここにはうごかない生命体はたくさんいる。ふたりが隠れる場所なんてたくさんあった。ガラスづつだから、そっとむこうをみやることもできた。
おとこがふたりだ。ひとりはゆうぜんと歩き、もうひとりはちょこまかちょこまかとそのまわりをおどるようにしながらワイワイとしゃべりつづけていた。王さまととりまきのピエロって雰囲気だった。
王さまは、ピエロなんてそばにいないとばかりの歩調で竜の前にたった。まっすぐに竜に視線をなげかけているけど、ピエロは竜を見るのもおそろしそうに背中をむけている。
しばらくして王さまが指で竜を指すと、意味はわからないけどニュアンス的に、ピエロは否定的なことばをくちにして、うろたえたようにあとずさった。
ぼくらはガラスとガラスのすきまから、ふたりの人物のすがたをみていた。ほそいすきまの向こうに、軍服すがたのカッパがいた。いや、不恰好なクマかな? いずれにしても、記憶と実体がむすびつくのに時間はかからなかった。
J国の王さま、高俊熙だ。
傲慢、不遜ってことばがぴったりで、おなかまわりはぱっつんぱっつんにせりあがっていたし、ぷにぷにの三重あごすらえらぶっているようにもみえたのは、あふれでてくる雰囲気なのか、ぼくの偏見なのかはわかんない。とにかくいやーな印象が服をきてあるいているということばそのものだった。
そのかたわれはだれだろう?
おなかまわりは高俊熙にひけをとらないけれど、こっけいなくらいはっつけたキンキラキンの勲章が、赤いライトにひらめく。ただ、りっぱなひげや、顔つき、目つきには高俊熙よりも王さまっぽさはある。それが巨体をたくみにひるがえし、ひらひらステップさせているのだから、身のこなしのかるさにおどろく。
高俊熙はうっとりと竜のすがたをみつめ、ぶあついてのひらで竜のねむる巨大なガラスづつをなでた。
ふしぎな光景だった。竜を支配した優越感にひたっているようにもみえるし、ガラス越しに竜に服従しているようにもみえる。そのどちらにしても、恍惚とした、そしてゆがんだ欲望の果てがにじみみえた。
リンカはモバイル端末のレンズをむけ、二、三回ボタンをおした。
高俊熙がなにかをつぶやいた。
どうやらピエロの回答がよくなかったらしい。高俊熙はいきおいよく振り向いてにじりよった。
はげしいことばを吐き捨てながら、ぶちりぶちりと勲章をちぎっては床になげつける。ピエロはからだを硬直させ、されるがままにいた。ひとつが、円をえがいてぼくらのほうへ飛んできた。星形で、赤いタグと青いタグがついていた。
高俊熙がきびすかえして出てゆこうとすると、ピエロはあわてて近場にあった勲章をひろい、方々にちったバッヂへうらめしそうに視線をなげやりながらも、王さまについていった。
「あれが、高俊熙。もうひとりは?」
「金浩宇。J国の将軍ですわ。この組織のナンバー2。ただ、いまの勲章の剥奪で実質的にはどうなったでしょうね」
リンカは足もとの勲章をつまさきで蹴り上げた。かつん、かつんと音をたててはね、またどこかのすきまに飛び込んでいった。
なにかの映画のようなワンシーンには、本人にとってはジョークですまされない行為があったようだ。
「日本政府が折れたようです」
「え?」
「会談が急きょ設定されました。事態は火急を要します」
J国と日本政府の会談は、つまり、日本がテロリストたちと取引をするということだ。これまで屈してこなかった。それなのに、いったいなぜ?
ぼくはそのとき、日本でおきていた事態を知らなかった。
事態はまさに火急をようした。
火だるまだった。