第13回 世界平和と明日の約束
それからなにかにつけて、ユウタ、ユウタと呼ばれてさすがに辟易しながら、とりあえず明日、ぼくとエリカは服を買いに行く約束をした。
約束を取り付けると、やたらテンション高く、
「あした、絶対あしただからな、わすれるなよ、ユウタ!」
と再三念を押された。さすがに今日の明日で忘れないよ。
といっても、女の子の服なんて、どこで買っていいかわからない。それに、エリカはお金を持っていないだろう。
ぼくとかえでは国から毎月いくばくかのお金をもらっている。住むところにお金。世界的英雄はかくも楽な生活が保障されているのか……というわけでもない。だって、生活に困ったら、日本を裏切っちゃうかもしれないし、という不安がきっとあるのだろう。
そんな話をすると、エリカは「それは当たり前のことだよ」と頷いた。
「お金は求め始めると際限がなくなる。あまり与えすぎて金銭感覚をマヒさせてもいけない。与えなさすぎて不満を覚えさせてもいけない。ほんとうに難しい。食欲とか性欲で掌握できるほうがどれだけ楽か」
性欲とか言うなよ、女の子。
そういうと、エリカはにやりと笑って見せた。
「政府のお偉方が、わたしをユウタの隣に住むことを許可したのもそっちの欲求を満たさせるためかもしれないしね」
「うん、お前もう出て行け。片付けはこっちで担当官にお願いしておく」
モバイル端末のアプリを立ち上げると、エリカが慌てて端末を奪った。
「冗談! 冗談だよ! やめて、冗談がわからないひとは嫌いだよ」
まあ、そんな手口があることは否定しない。男子高校生の欲求なんて、火を見るよりも明らかだろう的に、いろんな国の美人からの接触があったのは真実だしね。
日本政府もそこのところはぴりぴりしている。
ぼくらの暴走の監視というよりも、他国との接触に対して、神経を尖らせているようだ。
かえでは「ヒーローにお金なんていらないんだ!」と最後まで受け取ることを拒否していた。正義感的にいえば、とっても格好いいし、ぼくだって受け取らない、と言いたい。でも受け取らないと政府の担当者の胃をぼくらが締め付けることになる。
少なくともぼくは日本に残ることにしたし、拒否することで、日本での生活になにか影響があるのは嫌だ。監視が強化されたら、おちおちへんてこな買い物もできない。そういうと政府のお姉さんはひどく安心したように何度も頷いていた。
ぼくがかえでを説得したのには、彼女が受け取らないと、またぼくを巻き込んでトラブルを起こす可能性がある、と思われてしまうからだ。それもつまらない。だから彼女のお金をぼくが管理することにした。
かえでは方々でモンスター壊滅の仕事をしているから、移動費や宿泊費、食費に困ることはほとんどない。生来、放浪癖があるようだし、住むところにも頓着はしていないようだ。必要な時に必要なだけ、かえでに送金している。そして、ぼくとかえでのお金のいちぶを、エリカの生活費に当てている。
なにせ、生活力ゼロの魔王様だ。組織管理なんかは得意だから、先々コンサル的な仕事についてもいいかもしれないけれど、いまは全く働く当てがない。
働かざる者食うべからずが信念のかえでを説得するのには骨が折れたけれど、世界危機のときにエリカの助けで、それこそ命の危機を救われたことも一度や二度ではないしね。
その顛末は、古雑誌と一緒に捨てられた原稿に書いてあるけれど、まあ、別の話だ。
いずれまた書くかもしれない、気が向いたら。
世界危機前でいうと、生活保護を受けているようなものか。
なんにせよ、エリカの社会復帰、というのか社会デビューというのか、その第一歩としてもまっとうな洋服は確かに必要だった。
いや、その前にエリカの家の鍵だ。
モバイルでご近所の掲示板をみると、鍵屋で働いているひとの連絡先があった。
電話するとちょうど近くにいたらしく、それから30分もせずに、彼女の家の鍵を開けることができた。
「……よかった。これでシャワー浴びれるし、着替えができる」
「ああ、よかったな。汗だくだったもんな」
というと、なぜかエリカは顔を真っ赤にして、つっかけでぼくのふとももを蹴り上げた。
「最低! 最低だ! 無神経め! ばーかばーか!」
そういって、ドアを思い切り勢いよく閉めると、中からがちゃがちゃと鍵を閉めた。
なんなんだよ、いったい。
あからさまに鍵をかけられるとそれはそれでなんだか腹がたつ。
これが、ぼくのお隣さんであり、この世界にいるもうひとりの魔王様だ。