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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第128回 世界平和と謎の自称国家J国探検記①

 国っていうとどんなイメージがあるだろう。おおきい? ちいさい? 王さまがいたり、総理大臣や大統領がいたり……きっとさまざまだろう。そのとおり、数億人の人口、広大な国土がある国もあれば、皇居のはんぶんくらいのひろさで、人口数百人の国もある。あったかい国もさむい国もある。


 もっともーっと細かくみれば国って呼ばれるところはたくさんある。日本にもナントカ共和国やらウンタラ王国とかって観光スポットがあるじゃん。あれです。一時期はこれがブームになったらしい。この動きをみて、すわ、反乱か! なんてだれもおもわない。単なる地域振興だし。


 だけど、ブームのきっかけになった「吉里吉里人」って小説にでてくるような独立国家を宣言したひとたちはじっさいたくさん世界中にある。だいたいはすぐにつぶされちゃっているけど、いまもがんばって主張しているひとたちもいる。


 国の条件は3つあります。学校でおそわったから、おぼえているひともおおいとおもう。


 ひとつは領土。


 ひとつは国民。


 ひとつは主権。


 海のうえにぽつんと浮島をつくって「ここ、おれの国」って主張しても海だってそれぞれの国のものだ。いいよ、なんてだれもいわない。領土がないんだから国をあたらしくつくるなんて無理なんだ。


 だから、国といっても、自称だ。かっこよくいえば、ミクロネーションとかいうらしい。


 J国は国際的にみとめられたわけじゃない。みとめられるわけもない。世界のJ国への評価は無法もので、テロリストのあつまりで、信用するなんてもっての外っていう散々なものだ。


 世界が同調するなかで、ひとつだけ真っ青になる国があった。


 日本だ。


 国でもないテロリスト集団が牛耳る場所に自国民を疎開させちゃったんだから、なんて不始末だって世界から笑われて、国内からはつきあげをくらっている。


 政府はどうしたかっていうと、戦争で亡くなった当時の外務大臣におしつけちゃえ、とばかりにいいわけをずらずらとならべた。批判というよりは非難轟々。


 でももっとも悪手だったのは、「J国は中国国内であり、魔王被害のすくない中国への疎開であると認識のうえで決定した」なんて、うかつにも中国をまきこんだことだ。


 そりゃ、おこるよね。不始末の責任のいったんを押し付けられたんだもの。


 おまけに「うちにテロリスト集団なんているわけないじゃん、国家的にかんぺきだし」とJ国の存在自体を否定していた。存在しない、は建前とはいえ、中国の意見を踏まえれば、日本の主張は中国がわるいって宣言したことと同義だった。


「日本政府はかってに自国民を中国へと入国させたにすぎない。正式な手続きをふまえていない旅行者をまもるでたてはない」


 そういって、協力するつもりはない、と明言した。


 わるい芽はこっそりつみとるつもりだったんだろうけど、日本がうかつな発言をしたことで、中国はテロリストを放置することにした。もっとも、巨竜型をたやすく駆除できる集団だから雑草とりのようにはいかなかっただろうけど。


 J国が中国とたたかってないのは、ひとえに日本のおかげでもあったりする。ひにくなことに。


 岸壁をいのちがけにのぼってきたぼくらの目のまえにあるのは、そんな戦争と政治という巨木のしたのタテあなによどみ、赤き狼なんてよばれる赤の王が支配するふしぎの国だった。金髪碧眼のリンカがアリスなら、ぼくはなんだろう。


※ ※ ※


 コンクリートの壁は左右にひろがっていた。がけと壁のわずかな道なき道をすすんだ。風はやんでいたけど、疲れが足もとをふらつかせて、へたしたらまっさかさまに落ちてしまいそうだった。


 荷物は最小限にまとめた。スパイがリュックでえっちらおっちら歩いていては様にならないしね。武器はリンカの拳銃だけ。ぼくにはない。


「たたかいは避けなければなりません。みつからない。みつかったら逃げる。武器があれば、たたかえばいいとおもってしまいます。ものかげにかくれ、段ボールにでもはいってやりすごします」


 それなんてスネーク?


 だけど、もっともだった。敵国にはいるんだ、囲まれてしまったら最後だ。


 とはいえ、囲まれるまえになかにはいれない。ゆけどもゆけども壁、壁、壁だ。切れ間もない、異様に巨大な建築物だった。壁面は湾曲していて、おおきな円柱のイメージがぼくのなかでふくらんだ。


 コンクリートのざらざらとた質感に、ちょっとした突起やへこみはあるけど、岩肌のようなとっかかりはなかった。登山道具はあるけど、建物の壁に穴をあければ即ばれちゃう。


 あたりは静かだった。ぶきみなほど静かだった。


 たけりくるった風雪はすっかりなぎ、針ひとつ落としてもひびくとまごうほどの静けさだ。ぼくらのたてる音が爆音におもえるほど、壁の向こうは静謐そのもの。まるで灰色のぶあつい雲と雪が音を真綿のように飲み込んでいるようだ。


 しばらくすすむと壁にそって鉄パイプが地面からまっすぐに伸びていた。リンカが左右にふると、キィキィっときしむ。パイプがゆく先を追って、侵入に適してないことがわかると、急に興味をうしなったようにまた歩きはじめた。


 パイプはそれから3本みつけた。ひとつはボロボロ、ひとつは途中で壁のなかにきえていった。最後のひとつは見た目こそふるかったけど、太く、壁の補強箇所もおおいから、のぼりやすい。


 リンカはパイプの行方を確認して、ほそいゆびでつかむと、ひょいひょいとのぼる。世界一のお金持ちのお嬢さまとはとてもおもえない身軽さだ。


 おくれまいとつかんで、ぼくはおもわず手をひっこめた。


 凍りついてこそないけど、パイプは皮膚がひっついてはがれなくなってしまうほどつめたい。


 まじかよ、と声にはならないことばがゆらゆらと白い息になってちった。いやおうなく、まじだ。


 リンカはへりに片手をかけるとたっぷり20秒ほど耳をすませてようすをさぐるとひらりととびあがった。ややあって、にゅーっと腕がのび、すばやく2回ほどてまねいた。


 てっぺんは回廊のようになっていた。


 いちめん雪におおわれ、さいわいにもほかの足あとは確認できなかった。


 ぼくらがむかっていた方向は100メートルほど先で途切れていた。途切れたさきをのぞきこんで、ぴたりと時がとまった。


 学校のグラウンドほどの雪原に、ずらりと戦車がならんでいた。数は30台をこえるほどだ。型は統一されていない、寄せ集めのようだった。手前の天面に雪がつもっている。けど、奥のほうは走ってきたばかりのように積雪もなく、キャタピラのあとが雪のうえにしっかりときざまれていた。


 携帯端末で撮影をする。


 そのあいだ、ひとこともしゃべらなかったけど、認識はおんなじだろう。


 J国の戦力は想像をこえていた。


 いちぶが日本に駐留してても、あれほどの規模をまだ有している。それでも氷山のいっかくなのかもしれない。キメラモンスターもくわえれば、小国ぐらいはいくらでもかんたんに制圧できそうだった。


 戦力の過小評価が過ぎたわけじゃないけど、過大評価をしていたほうが正鵠を得ていたかもしれない。


 敵をしることはだいじだ。


 でも、目的を忘れちゃいけない。


 欲張りすぎてはコトをし損じる。


 反対側にむかうとけむりがのぼっているのがわかった。さらにモノを燃やすにおいもする。


 開閉式のフェンスはチェーンでかためられていたけど、乗り越えるのはかんたんだった。


 下をのぞきこむ。


 非常用階段が渦をまき、四角くきりとられたうす暗い底がみえる。


 そのほかにみちはなかった。


 雪が足おとは吸い込んでくれたけど、腐食がすすんだステップがぼくらの体重にぎいぎいと不平をあげた。


 階はぜんぶで7つで、踊場にはフロアにつながるドアがある。


 上から順にたしかめたけど、すべて施錠されていた。でも、なかにはいるにはこのドアしかない。


 1階から4階は出入りのおおいのか、踊場には足あとがいりみだれていた。特に1階だ。ゴミ捨て場に直結していて、隅の焼却炉が稼働している。けむりとにおいの正体はこれだった。積まれたごみをみて、じきにひとがくるのは予想できた。


 5階の踊場にひそむ。


 もちろん、どこのドアがあくのかわからない。


 神経をはりつめ、息を潜めていた。


 やがて1階のドアがにぶいおとをたててひらき、だれかがふくろを重そうに引きずって出てきた。


 兵士にしては華奢だ。


 ふうふうと息をきらせ、ドア付近のゴミ袋をほうりだす。


 ぼそぼそとなにかをつぶやいているようだった。


 ついで人かげは焼却炉にゴミを放り込み始め、わずかな角度だけどフェンス越しにその顔をみることはできた。規則正しくリズミカルに火炎の口内にゴミを放りこむたびに、なかではぜるオレンジのひかりがその顔をてらした。


 うかつだった。


 ぼくはおもわず立ち上がった。


 J国にまつわることはたくさんある。でも、重要なことがあるじゃないか。それをぼくはすっかりわすれていた。


 リンカはいぶかしげにまゆをひそめていたけど、ぼくが階段を降り始めるとあわてたように手をのばす。でも、服をかすめただけで、ひきとめられなかった。


「なあ」


 ぼくが声をかけると、その人はせなかを向けたままため息をついた。


「なんだよ、ちゃんとやってんじゃねえか。サボってなんかねえから……」


 そういって苛立たしげに振り返ったその顔をみて、ぼくは確信をしたし、向こうもむこうで、ぼくの顔をいぶかしんだあと、とつぜん、あっ、と声をあげた。


「佐倉? おまえ、佐倉じゃねえか?」


 そこにいたのは、ぼくのクラスメイトだった。

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