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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第117回 仮想捜査ノート:女には向かない職業

 佐倉ユウタと鈴本エリカが逃亡し、車両と人員の多くは追跡へと向かった。だから、そこを離れるのは容易だった。


 捕縛作戦はわたしの恣意的な行動によって失敗したとされるだろう。


 そうなれば逮捕拘束され、しばらくは動けない。


 服務規定違反の逃亡が加わったとしても、さほど大きな変化はない。


 捕まるのは時間の問題だった。


 だが、できることはやっておきたい。


 アイノース家の執事・前島さんがわたしに声をかけたのは、そんなときだった。歳は50代前半か。執事のイマジネーションにぴたりとおさまる人物だった。


「リンカお嬢さまがお待ちです。ご同行いただけますでしょうか?」


 なぜわたしがそこにいるのがわかったのかの問いに、彼は笑うだけだった。


 屋敷でリンカ・アイノースと面会し、奪還作戦のあらましを聞いた。


 行方をくらました佐倉ユウタについても、彼の腕をとった女の正体を思い出していたこともあり、それを伝えるとリンカは手早く指示を飛ばした。彼女の語調にわずかな苛立ちがあったのは、彼女もまだ10代の少女である証拠で微笑ましかった。


「あなたはどうしますの?」


「J国について調べようと思っています。あらゆる面で彼らの登場はおかしい。仕組まれているようですから」


「日本の製薬企業と、佐倉ユウタとの面どおしを終わらせたいま、彼らにとってあなたは必要な存在ではありません。厄介と判断されればきっと排除の動きもあるでしょう。不用意なことはしないことをおすすめしますわ」


 歯に絹着せぬ言い方だが、多分に含みのあるメイよりもわたしは好感をもてる。


 それでも調査の意向があると伝えると、「佐倉ユウタが残していったものですわ」と言って、いくつもの資料とメモ書きを手渡された。若干右肩上がりの角張った、古代ルーンに似た文字はたしかに佐倉ユウタの物だった。


 アイノース家のもてなしはすばらしいものだった。だが、わたしが優先すべきは行動の指針を固めることだ。わたしはそのまま夜半まで捜査メモを読み込んだ。


 途中、騒がしげな音がしたかと思って振り返ると、リンカ・アイノースが流れるような歩調でひとりのスーツ姿の女をつれて出て行ったのが見えた。それきり、彼女の姿をみなかった。


 メモから、いくつかの推察をたてた。


 わたしは実際家だと自負している。物事を現実に処理していく。これまでも佐倉ユウタや片桐メイの推理はいささか飛躍しすぎる部分もおおいと考えていた。


 ただ、彼らの推理から飛躍した部分を取り除き、階段をイメージすれば、抜けた段がどこにあるのか、想像に難くはない。


 時刻はすでに朝を迎えていた。


「お出かけになられるのですか?」


 立ち上がり、残った数少ない荷物をまとめていると、ふいに声をかけられた。


 前島さんが後ろに立っていた。


「ええ、お世話になりました」


「わたしどもが少しでもお役に立てていればこれにまさる喜びはありません。それと、そちらに用意したモバイル端末をお持ちください。こことリンカさまの連絡先が入っております」


 白亜のテーブルの上にはわたしが使っていたものよりも新しい機体があった。


 アイノースは電子デバイス事業にも着手していた。開発を進めていたのだろう、わたしの機種よりも画面が1センチほど広くなり、厚さは3ミリほど薄くなっている。かるくて、手になじむ。タップする。すばやく画面が立ち上がる。電波も状態がいい。捜査には必要なものだった。


「外に車も用意してあります。こちらもお使いください」


 移動手段はすぐにでも確保しなければならないものだった。公共交通機関は復旧して間もない。すべてが稼働しているわけではない。そうなると網をはるべきポイントがしぼられる。使えば、身柄が確保される確率も上がる。


「遠慮なく借ります」


「はい。あなたならそういうだろうと、メイからも伝え聞いております」


 あのロリっ子メイドの顔が浮かぶ。あの子はどうにも苦手だった。


 車に乗り込み、エンジンをかける。シンプルな、どこにでもある車だったが整備は行き届いている。それにこういった車のほうが目立たずに行動しやすい。


「必ず返しにきます。それに、すばらしいおもてなしでした」


「お気に召していただければ幸いです」


「ええ。ただ……ねぎの料理が多かったのは、メイさんから何か?」


「真木村さまがゲストにおいでになる際は必ずと。また、こうも言付かってもおります。好き嫌いはよくない、と」


 あいつめ。


 やっぱりあの子は苦手だ。




 商店街に着くと、わたしは車を目立たないところに停め、あたりを見渡した。


 終末戦争が起こるまえはこの商店街はほとんど戸を閉じたシャッター通りだった。


 だが、戦争が激化するなかで大手の小売店が稼働をしなくなって以降、個人商店は息を吹き返した。どこかに潜んでいたかのように、店主たちは軒先を整え、露店すら思わせる形ではあったが、商店街はその機能を取り戻した。そういった場所は全国にひろがっていた。


 ただ、わたしは2つの出来事が商店街を中心にしていたことに違和感を覚えていた。どちらも偶発的だといえる。ただ、とある要素が介入すれば、何かしらの反応が起こるほどに、ここのエリアは煮詰まっていた。


 それはエリアを統括する警らの報告書からもわかる。


 終末戦争の勃発後、主が戻り始めたかたほう、新しい宿主も居をかまえていた。


 わたしはその新しい宿主たちに用があった。


 ひまわりサンサン地蔵商店街


 ーー改め。


 関南リトル・チャイナタウン。


 女には向かない職業を洒落込むには持ってこいの場所だ。

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