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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第109回 世界平和と神をみた鳥

 ちょっと欲しいものがあるからまた後でね、ってとばかりにメイはひらひらと手を振って出ていった。あんまりにもさらっとしていて、政府と公安警察が手ぐすねひいているところへ出頭するようにはぜんぜん見えない。


 あっ、と前島さんのくるまに乗りかけたときに、こっちをくるりと向く。


「お嬢さま、佐倉ユウタ。けんかはだめですよー」


「……佐倉ユウタなんてドヘンタイ、わたくししりませんわ」


 リンカはさっきから、こっちをすこしも、ちっともみてくれない。


 メイ、ごめんよ、この調子じゃあ無理だ。


 ぼくがため息をついて、メイがおかしそうに目をほそめる。


 8月の太陽はきょうもフル稼働だ。雲にかくれて休む気配もない。


 メイの乗ったくるまが正面門を抜けると、とつぜん、リンカは視線をぎろっとぼくに向けて無言のままで威圧感をかもしだした。これが世界の女王の威圧感か……とおののくばかりだ。


「で?」


「で?」


 がんっ、と足をならす。さらにもう一度、こんどはどかんっと。コンクリートでもうがちそうな勢いだ。それといっしょに、ぼくの心臓がとびはねる。


「なにかいうことはありませんの? なにかいうことが?」


 リンカの表情は目まぐるしくかわる。怒っているようで、とつぜん恥ずかしそうに視線をそらしたり、でもやっぱりぼくのことを射殺さんとばかりだったり。


「……ごめんなさい」


「ぜったい、ゆるしませんわ」


 昨晩もおんなじこといわれた気がする。でも、世界の女王様からつぎのことばは続かなかった。威圧感がぐーんっと増す。


 ごめん、ともういちど繰り返すと、リンカはぼくの顔からなにかを読み取ろうとするようにのぞきこんだ。


「みましたの?」


 ばっちりみえました。


 とはいえない。いえるわけがない。


「その、遠かったし、夜だったし、湯気もたくさんだったし、ほら、あの」


 見えるもなにも、ないふくらみはみえないものでして……いや、ちがう、それをいったら、死亡フラグだ。ぼくの脳内会議はボキャブラリー崩壊をおこしかけていた。


「……背中はみまして?」


「背中?」


 ぼくは昨日のまっしろなはだを思い出した。背中を向けていて、そこにひと筋の裂傷があった。タテにくさび型にはしっていた。あの距離でもはっきりとみえるほど大きなものだった。


 ぼくの顔をみて察したんだろう、リンカの目がこんどは悲しそうにうつろいだ。かのじょのからだがふっと屋敷へとむきかけた。でも、そのかなしみの感情をため込んでしまうことをおそれたように、なにかをかたらなくちゃ、とくちをまずぽっかりとあけて、ことばをさがした。そして、しぼりだすように、


「台湾襲撃のときのキズですわ」


 魔王軍との最大戦線といわれる台湾襲撃。それは同時にアイノース航空隊にとっての最大の戦果でもある。イコールでむすばれていて、ニュースでもひんぱんに言及されている。でも、リンカがそのことをはなすことはほとんどなかった。わざとはなしをそらすようなこともあった。おもいだした。ロシアにいたぼくとかえでのもとに届いたのは、アイノース航空隊の活躍と勝利と、リンカが重傷をおったという知らせだった。それをきいて、ふだんまったく動揺をみせないかえでが野営で支給されたコーヒーカップをおとしたことをおもいだした。


 そのときの、キズ。


「みぐるしいでしょう? サムライの文化にもありますわね、背中のキズはサムライの恥と。たたかいに逃げたあかし」


「そんなことは」


「子どもをかばって、といえば聞こえはいいかしら。でも、ほんとうに逃げた結果に負ったキズですもの」


 ぼくは動揺していた。リンカはじぶんをかたるタイプじゃない。ましてや、逃げたとおもっているようなことをいうなんて、信じられなかった。まるでなにかの感情とことばをおしだされるようだった。


「リンカ、それはたたかったあかしだ。恥なんてわけあるもんか。それにモンスターとたたかえば、だれでも無事ではいられ……」


「モンスター?」


 そう、ことばをかぶせてきた。リンカは顔とからだをこちらに向け、全身から怒りのオーラをにじませた。


「あれはモンスターなんかではありませんでしたわ。そんなものじゃありません。その程度のものじゃ……。あれは竜でしたわ。あまりに巨大なドラゴンの姿をした……ああ」


 ちゅうちょするようにことばをつまらせた。まるでそのことばを発することにすら恐れがあるように。やがてしぼりだすように彼女はいった。


「あれは神でしたわ」


 恍惚とした表情がそこにあったのは勘違いだろうか。いや。怒りのオーラはこつぜんときえ、アイノースの、世界の女王のすがたもうたかたの泡のようにはじえてきえた。そこにはただただ、リンカ・アイノースというひとりの女の子がたっていた。神様と対峙したという、女の子が。


 脳裏にふたたびせなかの裂傷がうかんだ。


 うろこのかたちにも似ていた……かもしれない。


 はっと、リンカは正気を取り戻したように視点をあわせ、くるりと屋敷のなかへと戻っていった。「時間がありませんわ。取りかかりましょう」


「あ、ああ」


「……それから」


 リンカは肩ごしにくちごもるようにいった。「ゆ、許してなんてさし上げませんわ。あなたは生涯、わたくしへの負い目とおもいなさい。し、生涯ですわよっ!」

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