第11回 世界平和と街の様変わり
結局、下校し始めたのは午後一時ごろだった。
ぼくらはすっかりおなかが空いていたけれど、英雄教の出来事があったあとだから、特対転あたりで昼飯を食べる、というプランは流れた。
あの辺りは教団員が熱心に練り歩くエリアでもあるし。
ぼくだけならいいけれど、今日のところはほのかが一緒ではちょっとごたごたが起きそうだ。
「ごめんね、あたしのせいで」
「そんなことないよ、ほのかはぼくをかばってくれたんだしさ」
「そうかなあ……あたし、単に自分が頭に来たから怒鳴ったようなもんだし」
あーあ、と大きくため息をつくと、ぐいっと伸びをして見せた。
「やっちゃったなあ、もう少し大人になっていたつもりだったのに。情けないなあ」
真壁先生に啖呵を切ってさっきまで満足げだったのに、一転、しょげ返っている。
普段はさっぱりした性格だけれど、こうなるとなかなか気持ちを切り替えられないのは変わっていないようだ。
「ま、とにかく出ようぜ。腹減ったし、いつまでも学校にいても仕様がない。駅のほうにいけば、どっか店、やってんだろう」
学校から駅までは直線だいたい2キロ。でも戦いの爪痕がそこら中に残っていて、ぼくらは大回りをしていかなければいけない。
街の真ん中を南北に走っている川の西側に学校、東側に駅と街の中心機能があるのだけれど、メインの橋は1年前のモンスターの襲撃で大破してしまい、いまでも通ることができない。
ぼくらはぐるりと北側に大きく回って、古い橋を渡らなければならないけれど、そこはいつも渋滞している。二車線と歩行者用の通路でぎりぎり。緊急車両が走るときは交通整理が入るけれど、きょうは少なくとも2回、パトカーの出動があったから、予想通り橋は大混雑だった。
大手のレストランチェーンや、ファストフード店は商品の供給がストップしているから廃墟も同然だったけれど、個人商店は活気を取り戻していた。
世界危機の前は暇つぶし程度に店を開けていた料理屋やいろんな店が、あちらこちらで熱心に商売をしている。やっぱり、最後は企業力よりも、ひとりひとりの力なんだと思う。
ぼくらは途中にある蕎麦屋に入ると、若い女のひとが注文を聞きにきた。この蕎麦屋はおじいさん、おばあさんと近所のパートのおばさんの3人でやっていたはずだったけれどな。
「あのひと、ここの店主さんのお孫さんだってさ」
「お前よく知ってんな」
藤村がそばをすする手を止めて、呆れたように言った。
ほのかはくちを尖らせて、
「なに、べつに詮索もしてないわよ」
と拗ねて見せた。
「そういう人が多いみたいだよ。地方に疎開していたひともこっちに戻ってきたけれど、住むところがなくて、親戚のところに住むって。ここら辺はまだ被害が少なかったところだしね」
たしかにこの街のひとは増えたような気がする。
街のぜんぶを知っているわけではもちろんないけれど、大都市圏に若いひとたちが引っ越し、高齢層が多くなった危機前に比べて、街を歩くひとたちの年齢層もずいぶんと様変わりした。新興住宅地ができたわけでもないのに、子供連れの若い夫婦をあっちこっちで見るし。
「でもさ、やっぱり知らないひとたちが増えるとよくないこともあるよね。最近泥棒とか暴力事件とか、殺人事件とかも起きているらしいし。戸籍とか住民票とか、そんなのもデータが吹っ飛んじゃったんでしょう? もうだれがだれやら、あとはみんなのつながりだけがたよりですってね」
きつねうどんの油揚げを熱心に冷ましながら、藤村が続けた。
「そうなると、いくらでも過去は書き換えられちゃうんじゃね?」
ほのかと藤村の言っていることは半分あっているし、半分間違っている。
政府が持っていた国民の情報はあらかた魔王の魔法でビルごと吹っ飛んでいったけれど、日本にある各市町村の住民記録は残っている。全部じゃないけれど。
だからいくらでも書き換えられるわけじゃないんだ。
そう、いくらでも、じゃない。




