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世界平和に不都合なぼくたち  作者: さんかく
第三話 独裁者さん、お断り
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第105回 世界平和と未完成な論文

 リンカの行動力はすさまじいのひとことだ。


 ぼくはメイが公安に身柄を拘束されていたことをはじめてしった。アイノースの事件、その被害者に日本人がいたというニュースも。


「もちろん、きちんと対応しますわ。逃げないと宣言しましたから。でも優先順位があります。メイのリソースをそちらに割くにはあまりに時間がありません」


 リンカはぼくをくるまに押し込むと、前島さんにアイノース本社へと向かうように指示を飛ばす。その一方で、ディスプレイ端末を複数操作を行う。英語、中国語を始め、いくつもの言語が眼前にひろがっている。


 建前上、リンカは日本にいないこととなっていた。


 アメリカのアイノース本社で、取り組まなければならない事案に対処している。それは国際組織に貢献をするもので、それを名目に、日本の公安への出頭の時間を稼いでいるらしい。


「もっとも」


 くるまのガラスに投影されたアメリカ高官との通話画面を切り替えながら、リンカはこともなしげにいう。


「ご招待を先伸ばしているのは結果であって、目的ではありません」


 メイ、とリンカがいうと、ぼくのとなりに座ったメイが電子画面をぼくのまえに差し出した。紙のように極薄のディスプレイには英語とふくざつな化学式が表示されている。


「マオウ熱のワクチンですわ」


「えっ!」


 おどろきの声をあげたぼくをみて、リンカは不快そうに鼻をならした。「世界を危機へおとしいれているウイルスです、対処を考えるのは企業のつとめです」


「お嬢さまは、アメリカ議会でこの薬品の承認をえるために行かれていました。そしていまも、そのために向こうにいる……というていです」


 メイがクスクスとわらう。


「議員たちの前でドレスアップして交渉をするというステップを飛ばしただけですわ」


 リンカもメイの笑顔を受けてイタズラをしかけた子どものようにわらった。「お父さまもふるいひとですから、交渉は相手の目を見据えてするべしが信条ですが、それは交渉力次第ですわ」


 きっとぼくの顔は間の抜けたものだったろう。


 そのとき、ああ、これがちからなんだだと思った。ひとつしか使い道のないものじゃなくて、いくつものちからを使って、じぶんの信念にそってものごとを押しすすめることができる、これがほんとうのちからなんだ。


「リンカ」


「はい? なんですの?」


「ありがとう、やっぱり、きみはすごいよ」


 リンカはとおくの書類に手をのばそうとしたままピタリと動きをとめた。じーっとなにかを考えるようにぎゅっとしばらく目をつむると、さもつまらなそうに、


「そうですか」


 とだけつぶやいて、座りなおした目のまえに巨大な電子ディスプレイをスライドさせた。


 ……あれ、なんか怒らせた?


 ぼくはちらりととなりのメイに視線をうつす。


 メイはまたひとりでクスクスと笑い出していた。「いまの、サイコーです」


※ ※ ※


「アイノースバイオテクノロジーは、すいぶん前からマオウ熱のワクチン開発をすすめていたんだね」


 メイから渡されたディスプレイ画面の英語と数字をゆびでなぞりながら、ぼくはいった。メイはぼくの指さしているポイントをながめながら「そこは別企業の論文の発表年の記載ですから、関係ございません」とつっこんだ。


 うーわ、はずかしい。


「でも、それは事実です。アイノースバイオテクノロジーは各国政府からモンスターの生体調査権を与えられています。技術開発は責務でございます」


「モンスターの生体調査……?」


「ええ」


 リンカはうなづいた。


「マオウ熱の原因はいくつか想定されていました。魔王の呪術、魔法なんて説も。ただ、いまはモンスター固有のウイルスが何かしらを媒介に人間に感染されたものというのが有力な候補です」


「そのモンスターが特定されたら、ワクチン開発がすすむ?」


「ウイルス自体はすでに罹患者から採取されていますので、関係ありません。ですが、未知のウイルスの発生源が特定されれば、あたらしい感染症予防にはつながりますわ」


「蚊とかで伝染するデング熱みたいにか」


「あら、ご慧眼。たしかにそれも一因として検討しますが……バイオテクノロジーの研究所は別の要因だと思っています。つまり、食べること」


 食べる。ぼくの脳みそにしまわれた記憶の台帳がぺらぺらとめくられる。モンスターの不正売買とその使用意図……鳥獣型(胸肉):2132ドル……。


「人間はあらゆるものを食べてきました。そのファーストタッチを否定しません。ですが、それで大きく害をこうむったことも事実ですわ。マオウ熱の発症観測時期、エリア、規模……おそらく」


 そういいかけて、リンカは首を振った。


 やめましょう、発症源はセンシティブなものです。確固たるものがあるまでは憶測はひかえましょう、とつづけた。


「気になるのが、その主任研究員であり、論文の執筆者です」


 ディスプレイの論文を冒頭までもどす。


 そこに書かれていたのは、


ーーTETSURO TAKESATO


 武里哲郎教授!


「そのワクチンの製造法は未完成です。ですが、わたしくは完成版が存在していると考えています。そして、火災で永久に失われたと思われている」


「思われている?」


 ええ、とリンカは声をおとした。


「これからアイノースの研究所で宝探しですわ。でも、きっとそこにもないでしょう。消されていると思います」


「消されているだって?」


「はい」


 リンカはすべてのディスプレイのスイッチを落とす。「ここから先はホームズとワトソンの出番ですわ」


 メイがきょとんと目をまるくしたのち、にっこり笑った。


「おまかせください、うるわしの依頼人さま」

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